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第一章【再誕】
約束の日Ⅲ
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*
自覚と無自覚。意識と無意識。
確かな命を持ち、思考する事の出来る生物にはこれら相反する機能が備わる。しかし、これらの境界は曖昧至極。事、アリスに於いてはその限りでもなかった。
悠然とした足取りで異形の者共へと向かって行く小さな少女、アリス。彼女の後ろ姿からは普段の彼女らしさは微塵も感じ得られない。
育ての親であるメアリの人柄の良さが功を奏し、アリスという少女は純真無垢を絵に描いたような成長を見せた。嬉しい時には素直にその気持ちを発し、悲しい時には大粒の涙を以ってその情を表出させる。が、今のアリスには一向にそれが見られない。
表情は無。金色の瞳は薄く開けられる目の隙間から優美な輝きを放ち、そう力も入れられずに結ばれた口元は自然な一文字を描く。
一歩、そして一歩。異形の者共との距離が縮むに連れてアリスの表情は無から闘争へと変わり行く。目は鋭さを孕み出し、口元は僅かに綻ぶ。足取りが悠然さを排した直後、右手に剣の形を模った白光が出現する。
魔法の剣。そう難しくもない部類に当たる魔法であるが、アリスが手にする剣は激しく発光してからすぐに形状を安定させたばかりか、単調な直剣ではなく反りと峰とを持ち合わせた刀と呼ばれる一般的でない武器の似姿を取った。形状の安定化ですら高等技術であるに加え、刀と言った複雑な形状の具現など高位の魔法使いですら難しいとされる所業である。それをアリスは瞬く間にやってのけたのだ。
ここへ至り、異形の者共を先導していた他と比べて一回り大きい異形が駆け寄って来るアリスに気付く。
咆哮か号令か、ボスと思しき異形――ゴブリンが雄叫びを上げると、アリスの姿はそのすぐ眼前にあった。
「ひとつ」
駆けて来た勢いを保ったまま跳躍し、晴天へと向いていたボスゴブリンが視線を戻すのと同時にその首を刎ねた。推進力を得た剣の反りを、入刀した首の前部から後部へ流すのにそう力は必要としなかった。
黒血の噴水を撒き散らしながらボスゴブリンの身体が倒れるまでに、アリスはその取り巻きであるゴブリンを二、三体と処理し終えていた。しかし、アリスからしてみればこのペースでは我慢のならない程の遅速でしかなかったのだろう。
「付与」
元来、付与の魔法は所持している武器などに行う魔法であるのだが、この時アリスが付与した先は自分の身にだった。
途端、アリスを中心に小さな風の渦が生じる。古来より伝わる風神の伝承が如く、アリスが身に従える風らはその一陣ごとに命が宿っているかのように無形自在に舞い踊り、アリスの白銀髪を靡かせる。穏やかな微風はやがて強風へと移ろい、アリスの髪の靡き方が一層に激しさを増すと、突風がゴブリンたちの群れの中へと吹き抜ける。
粗暴な風の勢いに乗って舞い散って行く黒い血飛沫が、石張りと土が露出している部分で構成される地面を凄惨な色味へと染め上げて行く。かまいたちの所業へと化した突風が右往左往する度、ゴブリンが一体、また一体と自らの血で汚れた地へと伏せていく。
関所から入って来ていたゴブリンたちも、突風が一旦の休止を見せた頃には片手で数えられる程度に減っていた。残ったゴブリンたちも筋張った両腕や両足、胴体に至ってまで無数の切り傷を負い、満身創痍と言って相違ない様で呼気のひとつも乱す事なく自分たちを見やるアリスを、ただただ呆然と眺め見ることしか出来ていない。
排除すべき対象の戦意が完全に失われたのを感じ取ったアリスの周囲から風が離れ、それまで靡き続けていた髪はようやく元の姿を取り戻す。と、アリスが残党の片付けへと移ろうとした時、関所の入り口から二人の男が入ってくるのが見えた。
「ア、アリス……?」
*
目に見えるモノが信じられない。そのような体験をこれまでに幾つも経験してきたカインからしてみても、目の前の光景の信じ難さは特一級品だった。
「ア、アリス……?」
魔物に良く見られる独特の黒み帯びた返り血を全身の至る場所に浴びたアリスの姿に、カインは思わずそう尋ねなくては居られなかった。無数の死骸に混ざって未だ息のある数体のゴブリンが視界の内に収まるが、今はそれらに感けられる余裕などカインが持ち合わせていられる訳がなかった。
「未だ残党が――えっ」
カインに遅れてやって来たヒューイックもまた、唖然とするカインと同様に目の前の光景を信じられない、と言った表情でその場に立ち尽くす。
「ずいぶん……ううん。でも、カインはカインのままね」
イリーナだった。
この時カインは、自分の名を呼んだその少女をアリスではなく、完全にイリーナであると認識した。
既に予感はあった。が、その予感はあまりにも荒唐無稽な代物であり、カイン自身も信じるまでの確かな根拠を持てずにいた。故に、出来る限り考えようとしてしまう自分を戒めてきた。しかしながら今、確かな根拠――いや、確証を得てしまったのである。
「やっぱ、そうだったのか……」
全身から力が抜け落ち、僅かにでも自意識を手放してしまえば忽ちその場に崩れ落ちてしまいそうになる。
だが、それを阻止したのはカインの意思ではなく、傷だらけで尚も一矢を報おうと再起したゴブリンの残党だった。
雄叫びを上げながら棒立ちするカインとヒューイックの元へと向かってくる三体のゴブリン。しかし、カインの精神は本人が思っているよりも深刻なダメージを受けていたようで、咄嗟に応戦しようにも上手く力が入らなかった。
自らの不甲斐なさを感じるよりも早く、隣にいたヒューイックが剣を構え直すその所作よりも早く、走り来る三体のゴブリンの醜悪な表情を添えた頭部が宙を舞って落下した。頭部を排した身体は次々に前のめりに突っ伏すような形で沈み、やがて動かなくなる。
「こんな形で再会するなんてね……ムードもヘッタクレもない、わね」
煌々と白く発光する刀を力なく手放しながら、アリスの姿をしたイリーナは困ったような弱々しい笑みを浮かべて見せてきた。
*
ハットラックでの非常事態の一報が国防騎士団副団長のミラースの耳に届いたのは、魔物の群れが関所を破って間も無くの事だった。
ミラースはすぐに報せを伝えに来た団員を含め、その場に居た数人の団員を引き連れてハットラックよりも首都に近しい隣街のウェインドを出た。高位の魔法使いが側に居れば転移魔法ですぐさま駆けつけられたハズなのに、という歯痒さを心内に留めながら馬を駆るミラースの元に、その後すぐに吉報が届けられる。
――国内へと侵入してきた魔物の一団は一名の負傷者を出したものの、騎士団員一人と有志の三人とが共闘した結果、その全てを討伐した。
侵入して来た魔物の一団の詳細な数を知り得ないながらも、ミラースは同じく馬を駆る通信魔導師が嬉々として伝えて来た報告に耳を疑わずにはいられなかった。
やがてハットラックの外れに位置する関所前の閑散とした広場へと辿り着いたミラースは、他の団員と共に絶句していた。
「そんな、まさか……この数をたった四人で?」
惚け具合もそこそこにミラースが馬を降りながら呟きを漏らすと、それを耳にした広場で自分たちを待っていたのであろう四人の内の無造作の過ぎた長髪の男がくぐもった声で返してくる。
「いや、これをやったのは一人だ。オレたちは外の数体をやっただけだ」
男の口にした言葉に対しての怪訝さ以上に、ミラースは改めて眺め見た四人の様子に別の驚きを覚える。国の危機を救ったという多大な功績を遂げたにしては、この場の誰もが浮かない表情をしているのである。
一般人であろう三人は兎も角として、若い騎士団の男すらも表情が曇っている。それが気掛かりでならなかった。
「色々とあるのだろうが、そこの君、名は?」
「は、はいっ、ヒューイックですっ」
尋ねてみると、至って普通の反応が返ってきた。副団長として身を置いてから暫くになるミラースにとって、若い団員に妙に畏まられるのはもう慣れた事だった。
「そうか。ではヒューイック、なぜ君はそんな浮かない表情でいる。国防騎士団として国防の任を遂げた直後だろうに、君は先から心ここに非ず、と言った表情に見受けられるのだが」
「……も、申し訳ありませんでしたっ」
予想外の反応に、ミラースを始めとするその場の誰もが大小様々な驚きを見せた。が、その反応を気にも留めずにヒューイックは続けた。
「自分は騎士団員として在るまじき行いをしてしまいました……その結果として、今回のような事態を招いてしまいました」
深々と頭を下げるヒューイックの姿を受け、ミラースは凡その察しが付いた。
「そうか。君への処分は追って伝える。が、その前にひとつ良いかな?」
言うと、ミラースは座り込んで俯く長髪の男を見た。
「貴方たちは何者です? この数の魔物をこの少数で討伐するなど、どう考えてみても普通の一般人の行いには思えないのですが」
すると、長髪の男は顔だけを上げてこちらを見上げて告げる。
「元冒険者だよ」
ようやく交えた視線。その顔を見てようやくミラースは男の正体に気付いた。
「成る程、合点がいきました。貴方たちであれば、この数の魔物を討伐するなど造作もない事だったのでしょうね」
記憶にあった顔とは些か違うものの少数で魔物の群れを討伐した腕前、そしてここがハットラックである事を踏まえた結果、ミラースは男の素性を理解した。
十数年の時が経とうと言うのに未だその伝説は語り継がれ、多くの冒険者が尊敬の念を送り続ける正しく伝説的な冒険者パーティ『ワンス』のリーダーその人だ。今回のイレギュラー尽くめの事態も、こうした人物が絡んでいたともなれば不思議な事でもない、とミラースは小さく頷いた。
「可能な限り迅速に魔導師をこちらへ寄越すように通信を入れてくれ。防壁の修復が完了するまでの関所の監視、防衛は私が直々に指揮を執る」
各団員への指示を出し終えたミラースは、再び男の方へ視線を落とす。
「今回の事態収束への協力、深く感謝致します」
「礼ならオレじゃなくて、そっちのちっこいのに言ってくれ。今日の功労者は間違いなくアイツだ」
男の指差した先にいるのは、白銀髪の綺麗な髪をした少女だった。しかし、それを見たミラースは小首を傾げざるを得ない。
「彼女、ですか」
困惑した声音で尋ね返してみるも、「ああ」とぶっきらぼうな口調で男は告げてくる。俄かに、と再び少女の方を見直そうとした瞬間、ミラースは自分の目を疑い、二度三度と瞬きをしてしまう。
改めて見たその少女の顔つきは、先程まで感じ得なかった歳不相応の落ち着き払ったモノだった。醸し出す雰囲気とその幼さの残る見た目とのギャップに、ミラースは思わず息を呑む。
「一体、何者なのですか……」
「イリーナ、と言えば分かるかしら?」
少女の口から出た名前に、ミラースの中の困惑は一層に深まった。
自覚と無自覚。意識と無意識。
確かな命を持ち、思考する事の出来る生物にはこれら相反する機能が備わる。しかし、これらの境界は曖昧至極。事、アリスに於いてはその限りでもなかった。
悠然とした足取りで異形の者共へと向かって行く小さな少女、アリス。彼女の後ろ姿からは普段の彼女らしさは微塵も感じ得られない。
育ての親であるメアリの人柄の良さが功を奏し、アリスという少女は純真無垢を絵に描いたような成長を見せた。嬉しい時には素直にその気持ちを発し、悲しい時には大粒の涙を以ってその情を表出させる。が、今のアリスには一向にそれが見られない。
表情は無。金色の瞳は薄く開けられる目の隙間から優美な輝きを放ち、そう力も入れられずに結ばれた口元は自然な一文字を描く。
一歩、そして一歩。異形の者共との距離が縮むに連れてアリスの表情は無から闘争へと変わり行く。目は鋭さを孕み出し、口元は僅かに綻ぶ。足取りが悠然さを排した直後、右手に剣の形を模った白光が出現する。
魔法の剣。そう難しくもない部類に当たる魔法であるが、アリスが手にする剣は激しく発光してからすぐに形状を安定させたばかりか、単調な直剣ではなく反りと峰とを持ち合わせた刀と呼ばれる一般的でない武器の似姿を取った。形状の安定化ですら高等技術であるに加え、刀と言った複雑な形状の具現など高位の魔法使いですら難しいとされる所業である。それをアリスは瞬く間にやってのけたのだ。
ここへ至り、異形の者共を先導していた他と比べて一回り大きい異形が駆け寄って来るアリスに気付く。
咆哮か号令か、ボスと思しき異形――ゴブリンが雄叫びを上げると、アリスの姿はそのすぐ眼前にあった。
「ひとつ」
駆けて来た勢いを保ったまま跳躍し、晴天へと向いていたボスゴブリンが視線を戻すのと同時にその首を刎ねた。推進力を得た剣の反りを、入刀した首の前部から後部へ流すのにそう力は必要としなかった。
黒血の噴水を撒き散らしながらボスゴブリンの身体が倒れるまでに、アリスはその取り巻きであるゴブリンを二、三体と処理し終えていた。しかし、アリスからしてみればこのペースでは我慢のならない程の遅速でしかなかったのだろう。
「付与」
元来、付与の魔法は所持している武器などに行う魔法であるのだが、この時アリスが付与した先は自分の身にだった。
途端、アリスを中心に小さな風の渦が生じる。古来より伝わる風神の伝承が如く、アリスが身に従える風らはその一陣ごとに命が宿っているかのように無形自在に舞い踊り、アリスの白銀髪を靡かせる。穏やかな微風はやがて強風へと移ろい、アリスの髪の靡き方が一層に激しさを増すと、突風がゴブリンたちの群れの中へと吹き抜ける。
粗暴な風の勢いに乗って舞い散って行く黒い血飛沫が、石張りと土が露出している部分で構成される地面を凄惨な色味へと染め上げて行く。かまいたちの所業へと化した突風が右往左往する度、ゴブリンが一体、また一体と自らの血で汚れた地へと伏せていく。
関所から入って来ていたゴブリンたちも、突風が一旦の休止を見せた頃には片手で数えられる程度に減っていた。残ったゴブリンたちも筋張った両腕や両足、胴体に至ってまで無数の切り傷を負い、満身創痍と言って相違ない様で呼気のひとつも乱す事なく自分たちを見やるアリスを、ただただ呆然と眺め見ることしか出来ていない。
排除すべき対象の戦意が完全に失われたのを感じ取ったアリスの周囲から風が離れ、それまで靡き続けていた髪はようやく元の姿を取り戻す。と、アリスが残党の片付けへと移ろうとした時、関所の入り口から二人の男が入ってくるのが見えた。
「ア、アリス……?」
*
目に見えるモノが信じられない。そのような体験をこれまでに幾つも経験してきたカインからしてみても、目の前の光景の信じ難さは特一級品だった。
「ア、アリス……?」
魔物に良く見られる独特の黒み帯びた返り血を全身の至る場所に浴びたアリスの姿に、カインは思わずそう尋ねなくては居られなかった。無数の死骸に混ざって未だ息のある数体のゴブリンが視界の内に収まるが、今はそれらに感けられる余裕などカインが持ち合わせていられる訳がなかった。
「未だ残党が――えっ」
カインに遅れてやって来たヒューイックもまた、唖然とするカインと同様に目の前の光景を信じられない、と言った表情でその場に立ち尽くす。
「ずいぶん……ううん。でも、カインはカインのままね」
イリーナだった。
この時カインは、自分の名を呼んだその少女をアリスではなく、完全にイリーナであると認識した。
既に予感はあった。が、その予感はあまりにも荒唐無稽な代物であり、カイン自身も信じるまでの確かな根拠を持てずにいた。故に、出来る限り考えようとしてしまう自分を戒めてきた。しかしながら今、確かな根拠――いや、確証を得てしまったのである。
「やっぱ、そうだったのか……」
全身から力が抜け落ち、僅かにでも自意識を手放してしまえば忽ちその場に崩れ落ちてしまいそうになる。
だが、それを阻止したのはカインの意思ではなく、傷だらけで尚も一矢を報おうと再起したゴブリンの残党だった。
雄叫びを上げながら棒立ちするカインとヒューイックの元へと向かってくる三体のゴブリン。しかし、カインの精神は本人が思っているよりも深刻なダメージを受けていたようで、咄嗟に応戦しようにも上手く力が入らなかった。
自らの不甲斐なさを感じるよりも早く、隣にいたヒューイックが剣を構え直すその所作よりも早く、走り来る三体のゴブリンの醜悪な表情を添えた頭部が宙を舞って落下した。頭部を排した身体は次々に前のめりに突っ伏すような形で沈み、やがて動かなくなる。
「こんな形で再会するなんてね……ムードもヘッタクレもない、わね」
煌々と白く発光する刀を力なく手放しながら、アリスの姿をしたイリーナは困ったような弱々しい笑みを浮かべて見せてきた。
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ハットラックでの非常事態の一報が国防騎士団副団長のミラースの耳に届いたのは、魔物の群れが関所を破って間も無くの事だった。
ミラースはすぐに報せを伝えに来た団員を含め、その場に居た数人の団員を引き連れてハットラックよりも首都に近しい隣街のウェインドを出た。高位の魔法使いが側に居れば転移魔法ですぐさま駆けつけられたハズなのに、という歯痒さを心内に留めながら馬を駆るミラースの元に、その後すぐに吉報が届けられる。
――国内へと侵入してきた魔物の一団は一名の負傷者を出したものの、騎士団員一人と有志の三人とが共闘した結果、その全てを討伐した。
侵入して来た魔物の一団の詳細な数を知り得ないながらも、ミラースは同じく馬を駆る通信魔導師が嬉々として伝えて来た報告に耳を疑わずにはいられなかった。
やがてハットラックの外れに位置する関所前の閑散とした広場へと辿り着いたミラースは、他の団員と共に絶句していた。
「そんな、まさか……この数をたった四人で?」
惚け具合もそこそこにミラースが馬を降りながら呟きを漏らすと、それを耳にした広場で自分たちを待っていたのであろう四人の内の無造作の過ぎた長髪の男がくぐもった声で返してくる。
「いや、これをやったのは一人だ。オレたちは外の数体をやっただけだ」
男の口にした言葉に対しての怪訝さ以上に、ミラースは改めて眺め見た四人の様子に別の驚きを覚える。国の危機を救ったという多大な功績を遂げたにしては、この場の誰もが浮かない表情をしているのである。
一般人であろう三人は兎も角として、若い騎士団の男すらも表情が曇っている。それが気掛かりでならなかった。
「色々とあるのだろうが、そこの君、名は?」
「は、はいっ、ヒューイックですっ」
尋ねてみると、至って普通の反応が返ってきた。副団長として身を置いてから暫くになるミラースにとって、若い団員に妙に畏まられるのはもう慣れた事だった。
「そうか。ではヒューイック、なぜ君はそんな浮かない表情でいる。国防騎士団として国防の任を遂げた直後だろうに、君は先から心ここに非ず、と言った表情に見受けられるのだが」
「……も、申し訳ありませんでしたっ」
予想外の反応に、ミラースを始めとするその場の誰もが大小様々な驚きを見せた。が、その反応を気にも留めずにヒューイックは続けた。
「自分は騎士団員として在るまじき行いをしてしまいました……その結果として、今回のような事態を招いてしまいました」
深々と頭を下げるヒューイックの姿を受け、ミラースは凡その察しが付いた。
「そうか。君への処分は追って伝える。が、その前にひとつ良いかな?」
言うと、ミラースは座り込んで俯く長髪の男を見た。
「貴方たちは何者です? この数の魔物をこの少数で討伐するなど、どう考えてみても普通の一般人の行いには思えないのですが」
すると、長髪の男は顔だけを上げてこちらを見上げて告げる。
「元冒険者だよ」
ようやく交えた視線。その顔を見てようやくミラースは男の正体に気付いた。
「成る程、合点がいきました。貴方たちであれば、この数の魔物を討伐するなど造作もない事だったのでしょうね」
記憶にあった顔とは些か違うものの少数で魔物の群れを討伐した腕前、そしてここがハットラックである事を踏まえた結果、ミラースは男の素性を理解した。
十数年の時が経とうと言うのに未だその伝説は語り継がれ、多くの冒険者が尊敬の念を送り続ける正しく伝説的な冒険者パーティ『ワンス』のリーダーその人だ。今回のイレギュラー尽くめの事態も、こうした人物が絡んでいたともなれば不思議な事でもない、とミラースは小さく頷いた。
「可能な限り迅速に魔導師をこちらへ寄越すように通信を入れてくれ。防壁の修復が完了するまでの関所の監視、防衛は私が直々に指揮を執る」
各団員への指示を出し終えたミラースは、再び男の方へ視線を落とす。
「今回の事態収束への協力、深く感謝致します」
「礼ならオレじゃなくて、そっちのちっこいのに言ってくれ。今日の功労者は間違いなくアイツだ」
男の指差した先にいるのは、白銀髪の綺麗な髪をした少女だった。しかし、それを見たミラースは小首を傾げざるを得ない。
「彼女、ですか」
困惑した声音で尋ね返してみるも、「ああ」とぶっきらぼうな口調で男は告げてくる。俄かに、と再び少女の方を見直そうとした瞬間、ミラースは自分の目を疑い、二度三度と瞬きをしてしまう。
改めて見たその少女の顔つきは、先程まで感じ得なかった歳不相応の落ち着き払ったモノだった。醸し出す雰囲気とその幼さの残る見た目とのギャップに、ミラースは思わず息を呑む。
「一体、何者なのですか……」
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