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Ⅰ 時代に取り残された者
①
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日雇い仕事を終えたウルイ・ハンクは帰路を急いでいる。オアシス街から少し離れた岩陰を見れば、小屋からわずかに灯りが漏れている。その灯りに向けてウルイは足を進めた。
(今日は、少し遅くなったな。お店、忙しかったな)
砂漠の砂がザッザと音をたてる。すでに足元の砂は冷たい。昼間の暑さが嘘のようだ。
砂漠の冷たい夜風を肌に感じ、冷えるなぁとウルイは肌をさすった。その時、砂風がひゅうっと通り抜けた。
思わずウルイは足を止めた。風から顔を背けて背後を見れば、まばゆい光を放つオアシス街が目に入る。
つい、背後に輝くオアシスとウルイの向かう小屋の灯りを見比べた。豊かさと貧しさの対比そのものに見えて、胸がギュッと苦しくなる。見たくなかった現実だ。
経済力豊かなオアシスに行った後は、いつも自宅が侘しく見える。ウルイは小さくため息をこぼした。
自宅のボロ小屋のドアを開ければ、ギイッと不気味な音が鳴る。
「母さん、ただいま」
「ウルイ、おかえり。お金もらえた?」
「うん。いつもと同じ。あと、お店で残り物もらえた」
「助かるわ。やっぱりオアシスに働きに出るほうがいいのよね。こればっかりは仕方ないわね」
小さく息を吐く母に、日雇い仕事で貰ったお金を渡した。
お金を見て安堵した母の顔を見ればウルイの心が温まる。この瞬間は仕事を頑張って良かったと思える。
母はウルイが持ち帰った総菜を隣家に配るために分け始めた。いつものことだ。小さな集落では助け合い精神が無いと生きて行けない。
ウルイは母の邪魔をしないように小屋の外に出た。砂漠の暗闇に輝く月が目に入る。夜の砂漠は冷えるため身体がブルリと震えた。何となく、美しく光る月に見入った。
月の輝きが妙に心に突き刺さる。その輝きがまるで幸せ自慢をしている様に見えて、ウルイは段々腹が立ってきた。
視線を暗い砂漠に移し、月でさえ憎らしく思う自分の心に呆れて、ウルイは小さくため息をついた。
ウルイの集落では、陽が落ちると室内を携帯照明器具やランタンで照らす。ボロ小屋の中には灯エネルギーが供給されていない。
エネルギー技術の進化で光熱系統が充実しているオアシスとはかけ離れている生活だ。
この暗い集落から見ると、砂漠地帯に光り輝くオアシスが闇に浮いて見える。暗闇に浮かび上がる輝く巨大な天国を眺めていると、何とも言えない苦い感情が沸き上がる。
目の奥が熱くなりそうになり、慌ててオアシスに背を向けた。薄暗い数軒のボロ屋集落を見て、ウルイは唇を噛みしめた。
ウルイたちはもともと遊牧民であった者の集まりだ。貧しくても遊牧をしていた昔の暮らしの方が今よりましであったはず。
このアドレア国は、乾燥が強く植物が育ちにくい。何とか人々が生き抜いてきたが、あまりの過酷な環境に人も動物も悲鳴を上げていた。
それがここ数十年、科学技術の進化で飢えることが無くなり裕福な国に生まれ変わった。
だけど、そんな文明の発展についていける国民ばかりではなかった。
ウルイの先祖のように家業の遊牧で生活することを望み、ささやかでも自然と暮らしたいと願う人たちもいた。そんな人々と、家業を捨て豊かな生活にのめり込む人々との貧富格差が生まれた。
今ではウルイたち残された元遊牧民たちはオアシスの仲間に入れず、遊牧する家畜を失い、ただ貧しさを乗り越えるのに必死な日々となった。
この現状に、どうしていいのか分からず集落の皆が行き詰まっている。
歳が多くなった父たちはプライドがありオアシスに出入りすることを嫌がる。貧しさゆえに卑屈になってしまっている。
お金が無くて移住も出来ない。今更ウルイ達がオアシス周辺から離れれば、皆で野垂れ死ぬであろう。
考えだすと先の見えない辛さが恐怖となってウルイを苦しめる。
この集落には三軒のボロ小屋だけ。一軒には老夫婦が住む。もうひとつは五十歳代の兄弟がいる。
そしてウルイの家族は五十歳の父と四十五歳の母、二十歳のウルイに年の離れた五歳の妹の四人だ。
ウルイと母はオアシスに日雇い仕事に出かける。お隣兄弟は土木作業系の仕事に行くことがある。どれも不定期の仕事だ。それでも何とか力を合わせて食いつないでいる。
老夫婦と父は小さな畑を作り作物を育てている。品種改良で育ちやすい野菜も増えているから少しは助けになる。
しかし、いつまでこんなギリギリ生活を続ければいいのだろうか。そんな疑問が常に頭に張り付いている。
ウルイはオアシスで働いて分かったことがある。
教育を受けられなかった知識差からの侮蔑の目線と憐みの言葉。街に出て貧しいとは恥ずかしいことだと知った。心に圧し掛かる差別という目に見えないもの。
きっとこの全てに耐えられなくなって、父や老夫婦はオアシスを嫌うのだ。
(この苦しさも、悲しさも、空腹も、恥ずかしさも、全てが貧しいからだ。だけど、きっと僕は、生涯この貧しさから、抜けられない……)
絶望がウルイの心を重くする。ふと街で見かける人々の、幸福そうな笑顔がウルイの頭を過った。オアシスにありふれた、恵まれた生活が羨ましくて悲しくなる。
最近はオアシスの夜景を眺めるだけでウルイの頬に涙が伝う。
(生きるって、疲れるな)
逃げ出すことが出来ない現実を考えて、ウルイは大きく息を吐きだした。空に輝く星を見つめて涙が止まるのを待った。
惨めさは息が苦しくなる。喉が詰まったような苦しさを誤魔化して、ウルイは心に蓋をする。全部、見ない振りをする。
それがウルイに出来る精一杯だった。
(今日は、少し遅くなったな。お店、忙しかったな)
砂漠の砂がザッザと音をたてる。すでに足元の砂は冷たい。昼間の暑さが嘘のようだ。
砂漠の冷たい夜風を肌に感じ、冷えるなぁとウルイは肌をさすった。その時、砂風がひゅうっと通り抜けた。
思わずウルイは足を止めた。風から顔を背けて背後を見れば、まばゆい光を放つオアシス街が目に入る。
つい、背後に輝くオアシスとウルイの向かう小屋の灯りを見比べた。豊かさと貧しさの対比そのものに見えて、胸がギュッと苦しくなる。見たくなかった現実だ。
経済力豊かなオアシスに行った後は、いつも自宅が侘しく見える。ウルイは小さくため息をこぼした。
自宅のボロ小屋のドアを開ければ、ギイッと不気味な音が鳴る。
「母さん、ただいま」
「ウルイ、おかえり。お金もらえた?」
「うん。いつもと同じ。あと、お店で残り物もらえた」
「助かるわ。やっぱりオアシスに働きに出るほうがいいのよね。こればっかりは仕方ないわね」
小さく息を吐く母に、日雇い仕事で貰ったお金を渡した。
お金を見て安堵した母の顔を見ればウルイの心が温まる。この瞬間は仕事を頑張って良かったと思える。
母はウルイが持ち帰った総菜を隣家に配るために分け始めた。いつものことだ。小さな集落では助け合い精神が無いと生きて行けない。
ウルイは母の邪魔をしないように小屋の外に出た。砂漠の暗闇に輝く月が目に入る。夜の砂漠は冷えるため身体がブルリと震えた。何となく、美しく光る月に見入った。
月の輝きが妙に心に突き刺さる。その輝きがまるで幸せ自慢をしている様に見えて、ウルイは段々腹が立ってきた。
視線を暗い砂漠に移し、月でさえ憎らしく思う自分の心に呆れて、ウルイは小さくため息をついた。
ウルイの集落では、陽が落ちると室内を携帯照明器具やランタンで照らす。ボロ小屋の中には灯エネルギーが供給されていない。
エネルギー技術の進化で光熱系統が充実しているオアシスとはかけ離れている生活だ。
この暗い集落から見ると、砂漠地帯に光り輝くオアシスが闇に浮いて見える。暗闇に浮かび上がる輝く巨大な天国を眺めていると、何とも言えない苦い感情が沸き上がる。
目の奥が熱くなりそうになり、慌ててオアシスに背を向けた。薄暗い数軒のボロ屋集落を見て、ウルイは唇を噛みしめた。
ウルイたちはもともと遊牧民であった者の集まりだ。貧しくても遊牧をしていた昔の暮らしの方が今よりましであったはず。
このアドレア国は、乾燥が強く植物が育ちにくい。何とか人々が生き抜いてきたが、あまりの過酷な環境に人も動物も悲鳴を上げていた。
それがここ数十年、科学技術の進化で飢えることが無くなり裕福な国に生まれ変わった。
だけど、そんな文明の発展についていける国民ばかりではなかった。
ウルイの先祖のように家業の遊牧で生活することを望み、ささやかでも自然と暮らしたいと願う人たちもいた。そんな人々と、家業を捨て豊かな生活にのめり込む人々との貧富格差が生まれた。
今ではウルイたち残された元遊牧民たちはオアシスの仲間に入れず、遊牧する家畜を失い、ただ貧しさを乗り越えるのに必死な日々となった。
この現状に、どうしていいのか分からず集落の皆が行き詰まっている。
歳が多くなった父たちはプライドがありオアシスに出入りすることを嫌がる。貧しさゆえに卑屈になってしまっている。
お金が無くて移住も出来ない。今更ウルイ達がオアシス周辺から離れれば、皆で野垂れ死ぬであろう。
考えだすと先の見えない辛さが恐怖となってウルイを苦しめる。
この集落には三軒のボロ小屋だけ。一軒には老夫婦が住む。もうひとつは五十歳代の兄弟がいる。
そしてウルイの家族は五十歳の父と四十五歳の母、二十歳のウルイに年の離れた五歳の妹の四人だ。
ウルイと母はオアシスに日雇い仕事に出かける。お隣兄弟は土木作業系の仕事に行くことがある。どれも不定期の仕事だ。それでも何とか力を合わせて食いつないでいる。
老夫婦と父は小さな畑を作り作物を育てている。品種改良で育ちやすい野菜も増えているから少しは助けになる。
しかし、いつまでこんなギリギリ生活を続ければいいのだろうか。そんな疑問が常に頭に張り付いている。
ウルイはオアシスで働いて分かったことがある。
教育を受けられなかった知識差からの侮蔑の目線と憐みの言葉。街に出て貧しいとは恥ずかしいことだと知った。心に圧し掛かる差別という目に見えないもの。
きっとこの全てに耐えられなくなって、父や老夫婦はオアシスを嫌うのだ。
(この苦しさも、悲しさも、空腹も、恥ずかしさも、全てが貧しいからだ。だけど、きっと僕は、生涯この貧しさから、抜けられない……)
絶望がウルイの心を重くする。ふと街で見かける人々の、幸福そうな笑顔がウルイの頭を過った。オアシスにありふれた、恵まれた生活が羨ましくて悲しくなる。
最近はオアシスの夜景を眺めるだけでウルイの頬に涙が伝う。
(生きるって、疲れるな)
逃げ出すことが出来ない現実を考えて、ウルイは大きく息を吐きだした。空に輝く星を見つめて涙が止まるのを待った。
惨めさは息が苦しくなる。喉が詰まったような苦しさを誤魔化して、ウルイは心に蓋をする。全部、見ない振りをする。
それがウルイに出来る精一杯だった。
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