分身鳥の恋番

小池 月

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Ⅱ章「幸せを運ぶコウノトリと小さな文鳥の幸せ番」

side:宮下徹①

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<根付いた認識>

 「仕方ないよね。分身鳥が小鳥じゃ、そこそこの人生だね」

小鳥の一般鳥を分身鳥に持つ人に向けられる差別的考え。小鳥は役に立たない。下層の存在。皆、何となくそれを受け入れている。

 「絶滅危惧種最高位なら幸せだよね」

分身鳥が絶滅危惧種高位以上の鳥だと、存在そのものが重宝され国家に保護される。
 誰もが自分の分身鳥が大切で大好きなのは変わらないのに。


<分身鳥のいる世界>
 この世界の人は生まれた時に卵を持って生まれる。卵はすぐに鳥に変化する。一生を共にする分身の鳥。どちらかが死ぬと後を追うように片方の寿命も終わる。生涯の運命を共にする。

分身鳥は人の肩に乗って過ごす。自分の鳥は、なぜか重くない。痛くない。

 分身鳥には様々な種類がいる。大きな鷹のような獰猛な肉食世界の頂点に立つ種族を持つと、人間も同じように社会の頂点に立つ。鳥が人を表す。そして、恋愛や結婚も鳥の相性が大事。分身鳥が惹かれ合うと、人生で数回しか鳴かないという鳴き声を出す。鳴き声をお互いに出すことを番鳥という。鳴かなくても、鳥がすり寄れば相性は大丈夫。そうして恋愛や結婚相手も決まっていく。

世の中に存在する鳥類と同じような割合といわれている分身鳥。絶滅危惧種の鳥を持つ人は、生存が保護される。人には個体管理のピアスと、分身鳥にはアンクレットが装着される。自分では外すことが出来ない。これは世界共通で、一目見て国家に保護管理された者だと分かる。絶滅危惧最高位は金のピアスが二つ付けられる。

保護対象は絶滅危惧種の中で、最高位と高位。最高位の被保護者は、日本で百人未満。高位の被保護者は金のピアスが一個で、三百から四百人程度と聞いている。一億を超える日本人口の中でこの人数しかいない。

絶滅危惧種の分身鳥の者が死ぬと野鳥も生息数を減らす。これが保護の理由。

 大型猛禽類の被保護者にはプラチナ製の銀色ピアス。これは、攻撃性が強く他の鳥類を襲ってしまうことがあるため、目印の意味もある。ごくまれに傷害事件が起きるが、分身鳥の衝動行為であった場合は犯罪にならない。世の中の暗黙のルール。衝動行為には暴力衝動と愛の衝動がある。

高校の時に愛の衝動行為を見た。死ぬ寸前まで追い込み、鳴き声をあげさせる大型が恐ろしかった。本人も分身鳥も普段はとても賢く、理性的だった。そんな人でも抑えられない衝動。本能って怖いと実感した。

絶滅危惧種を分身鳥に持つ被保護者にはめったに会わないが、俺の高校の友人に二人いる。色々な壁を乗り越え、卒業と同時に結婚した二人。元気にしているかな。ふと懐かしく思い出す。


<宮下 徹>
 俺の分身鳥は一般鳥である文鳥。体長十五センチのクリッとした目が可愛い鳥。赤い嘴と赤い足が目を引いて愛らしい。

 「宮下、レポートいっしょにやろう」
大学同期の友人三人から声をかけられる。

「オッケ。俺、三限のあとが空いている」
「俺たちも同じ」
「じゃ、三限後、フリースペースに場所確保しよ」

「じゃ、あとで」と別れる。

 俺は特定の仲良しは作らない。誘われれば角が立たないように対応して、嫌われることなく近づき過ぎないようにする。今誘われた友人たちとも程よい距離感を保っている。人と一定の距離が大切。

 俺の家は海外事業を手掛ける総合商社。一族経営で株主は全部親族。俺も自分の持ち株がある。そして、俺は一人息子であり、会社を継いでいく予定。

トラブル予防のため、幼いころから特別の友人をつくらないように教育されている。周りと常に一線を置きながら誰とも仲良く。文鳥を分身鳥にもつ俺にはとても向いていた。

 特別仲良くなったのは、絶滅危惧種最高位を分身鳥に持つ小坂涼だけ。

高校で出会ったが、家族も友人もいない絶滅危惧種被保護者の小坂は孤独だった。

哀れなほど心がむき出しで、心配で仕方なかった。小坂には、初めて親友と言ってもらった。それまでは周囲は皆友人という一括りだったのが、心がほっこりする存在だった。

俺と全然違うけれど、抱えている孤独の部分が少し似ていた、と思う。大学は違っても長期休みには必ず会っている。あの小動物のような黒い瞳を思い出すと、笑みがこぼれる。

 もう高校卒業から一年以上たったのか。

五月の晴れた空に懐かしい思いが駆け巡る。早いなぁ、とぼんやり考える。

 大学の一階にあるフリースペース。カフェの併設もされている。二百以上の席があり、勉強したり、食事をしたり、空き時間にレポートをしたり。一人で過ごすにも向いている。今の時期は入学したてのキラキラした生徒たちが多い。三限を終えて、開いている場所を探していた。混んでいる。

「宮下、こっち」
窓側で席を確保している友人が手を振っている。軽く手を振り、席に向かおうとした。その時。

ぐっと肩の鳥が力を込めた。なんだ? 俺の鳥を見る。

俺の文鳥は一方向をじっと見ている。斜め前のテーブル席に座っている学生。仏頂面。眉間にやや皺が寄っている。髪はぼさぼさ。清潔感のある感じではない。でも、何だろう。心が、目が惹きつけられて見つめてしまう。

机に広げた資料を見ている彼は、俺に気づいていない。彼の鳥が、こちらを見た。俺の鳥と目を合わせる。その瞬間に「ドクリ」と心臓が鳴った。

「ピピピピ……ピピピ……」
高く綺麗な澄んだ鳴き声。

周囲がシンと静まり返る。俺の文鳥が、鳴いた。驚きと不思議な高揚感で動けない。

「ギー、ギギーー」
大きな太い声。目線の先の鳥が羽を広げて鳴いた。

下を向いていた彼も、驚いて顔を上げる。目が合うと、ゾクリと全身に震えが走る。

「ちょっと、うそ~~」
「番の鳴き合い? 初めて聞いた」
「すご~~」
ざわざわと周囲が騒ぎ出す。

分身鳥同士が鳴いた。番鳥の鳴き合い。

視線の先の彼が立ち上がり、傍に来る。俺より身長が高い。彼の分身鳥は、コウノトリだ。コウノトリは成鳥になると鳴かない鳥。でも、鳴いた。絶滅危惧種高位の鳥。彼の耳に金のピアスが一つ。ニコリともしない彼を見上げる。

「お前、誰?」
不機嫌そうに聞かれる。

「……経済学部二年、宮下」
「ふうん」

彼の鳥が俺の鳥を周囲の視線から隠す。

コウノトリ、大きい。長い首を寄せて俺の文鳥と顔をすり寄せている。俺の文鳥の胸の高鳴りが心に伝わってくる。

すごい。番鳥への惹かれる気持ちが、こんなにキラキラしているなんて。心に流れ込む感動のままに、涙が流れた。

「オレ、四限目あるから」
え? 何? なんだって? 

さっさと立ち去る彼を目で追う。肩に乗るコウノトリが俺の文鳥を見つめていた。その場に俺と俺の鳥が残される。

「え? なんで?」

訳が分からず、声に出していた。驚きで涙が止まっていた。

「宮下、お前いいのか? 知り合いじゃないんだろ? 出会いの時間とったほうがいいんじゃないか?」
窓側の席を確保してくれていた友人に声をかけられる。

呆然としたまま、答えた。
「……俺も、そう思う」
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