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Ⅵ①
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壱兎は早起きをした。もう一度、弘夢に向き合いたいから。
駅前のパン屋に並んだ。七時半の開店前に来たのに壱兎の前に二人の客がいた。生ハムアボガドサンドがゲットできますように、そう願って壱兎は開店を待った。
その内に壱兎の後ろに三名が並ぶ。人気店だなぁと嬉しくなった。
開店と共に店内に入り、念願の生ハムアボガドサンドを二つゲットできた。そしてクロワッサンとフォカッチャも買う。以前フォカッチャを食べた弘夢が「美味しい」と言っていたから。
今日は朝から大奮発だ。朝食代で千円を越している。普段なら有り得ない出費だけれど、弘夢の驚く顔を想像すると頬が緩んだ。
それから飲み物を買いたい。壱兎は駅前のコンビニで限定の炭酸水を買った。弘夢がよく飲んでいる無糖の炭酸水だ。
壱兎は人のための買い物など初めてだけれど、心がウキウキして楽しい。(弘夢、喜ぶかな。どうやって渡そうかな)そんなことを考えると心臓がドキドキした。
時間はまだ八時前。大学校舎は開いていない。壱兎はどこかで時間を潰そうと思っていた、が。
「壱兎!」
急な呼び声に驚いて壱兎は振り向いた。そこには息を切らした弘夢がいた。
「壱兎! なんでこんな早いんだ? どうかしたか? 何があった?」
矢継ぎ早に弘夢に質問されて壱兎は答えに困る。
「何って、弘夢こそなんで?」
「だって、お前のGPSが……」
弘夢の声に壱兎の心がスッと冷える。
「はぁ? GPS?」
「あ、いや、何でもない。いや、あの朝早いなぁって……」
「弘夢、正直に言え。もしかして僕に発信機でもつけた?」
「あ……。その、ごめん」
目の前でしょげる弘夢を見て壱兎は吹きだす。
連絡が途絶えたと思ったら、弘夢は壱兎のことをGPSで追っていたのだ。怒るべきなのだろうけれど、弘夢が壱兎のことを見放しているワケじゃなかったと知って安堵する。荒れていた壱兎の心が凪ぐ。
「あはは。久しぶりに弘夢って感じ」
「はぁ? 壱兎の中で俺ってどんなよ?」
「僕に執着するアルファかな」
「痛いとこ突いてくるなぁ」
ここ数日の距離感が嘘のように会話が弾む。
「今日は、弘夢に僕から何かしてあげられないか考えたんだよ。だから、ほら」
買い物袋の中身を見せる。
「あ、生ハムアボガド。お、フォカッチャじゃん。これ、並んだ?」
「もちろん。取り置きしておいてほしくて店に電話したけどやっていないって。弘夢、本当はどうやってゲットしたのかよ」
「実は、並んでいました。カッコ悪くて言えなかったのに、壱兎のバカ!」
「バカってガキか!」
買い物袋を覗いて二人で笑い合う。早朝で人が少ない駅前。壱兎と弘夢の声が響く。
「俺ら目立つな。どっか行くか?」
「だな。駅周辺で時間潰そうと思っていたけど」
「じゃ、まだ七時台だし一回帰る? 俺んち来るか?」
「ん。お邪魔しよっかな」
「まじ? やった。車で来て良かった」
「弘夢、車持っていたのか。さすがおぼっちゃま」
「親が準備していたんだよ。おぼっちゃまにも悩みがあるんです」
「金持ちの悩みか。全国の貧困大学生の代表として成敗してやる」
「おいおい、勘弁してくれ」
殴り掛かる真似をして笑い合った。壱兎はそのまま駅のロータリーに停めてある弘夢の車に向かった。
弘夢の車は有名な外車だった。
弘夢は「見せたくなかった」と恥ずかしそうにしていた。「隠すものではないだろう」と言うと「親のスネカジリだから」と笑っていた。
弘夢が通学に電車を使っていたことを思い出す。金持ちも大変なのだと感じた。でも自慢しないところが弘夢らしいと思い、壱兎の胸が温かくなった。
駅前のパン屋に並んだ。七時半の開店前に来たのに壱兎の前に二人の客がいた。生ハムアボガドサンドがゲットできますように、そう願って壱兎は開店を待った。
その内に壱兎の後ろに三名が並ぶ。人気店だなぁと嬉しくなった。
開店と共に店内に入り、念願の生ハムアボガドサンドを二つゲットできた。そしてクロワッサンとフォカッチャも買う。以前フォカッチャを食べた弘夢が「美味しい」と言っていたから。
今日は朝から大奮発だ。朝食代で千円を越している。普段なら有り得ない出費だけれど、弘夢の驚く顔を想像すると頬が緩んだ。
それから飲み物を買いたい。壱兎は駅前のコンビニで限定の炭酸水を買った。弘夢がよく飲んでいる無糖の炭酸水だ。
壱兎は人のための買い物など初めてだけれど、心がウキウキして楽しい。(弘夢、喜ぶかな。どうやって渡そうかな)そんなことを考えると心臓がドキドキした。
時間はまだ八時前。大学校舎は開いていない。壱兎はどこかで時間を潰そうと思っていた、が。
「壱兎!」
急な呼び声に驚いて壱兎は振り向いた。そこには息を切らした弘夢がいた。
「壱兎! なんでこんな早いんだ? どうかしたか? 何があった?」
矢継ぎ早に弘夢に質問されて壱兎は答えに困る。
「何って、弘夢こそなんで?」
「だって、お前のGPSが……」
弘夢の声に壱兎の心がスッと冷える。
「はぁ? GPS?」
「あ、いや、何でもない。いや、あの朝早いなぁって……」
「弘夢、正直に言え。もしかして僕に発信機でもつけた?」
「あ……。その、ごめん」
目の前でしょげる弘夢を見て壱兎は吹きだす。
連絡が途絶えたと思ったら、弘夢は壱兎のことをGPSで追っていたのだ。怒るべきなのだろうけれど、弘夢が壱兎のことを見放しているワケじゃなかったと知って安堵する。荒れていた壱兎の心が凪ぐ。
「あはは。久しぶりに弘夢って感じ」
「はぁ? 壱兎の中で俺ってどんなよ?」
「僕に執着するアルファかな」
「痛いとこ突いてくるなぁ」
ここ数日の距離感が嘘のように会話が弾む。
「今日は、弘夢に僕から何かしてあげられないか考えたんだよ。だから、ほら」
買い物袋の中身を見せる。
「あ、生ハムアボガド。お、フォカッチャじゃん。これ、並んだ?」
「もちろん。取り置きしておいてほしくて店に電話したけどやっていないって。弘夢、本当はどうやってゲットしたのかよ」
「実は、並んでいました。カッコ悪くて言えなかったのに、壱兎のバカ!」
「バカってガキか!」
買い物袋を覗いて二人で笑い合う。早朝で人が少ない駅前。壱兎と弘夢の声が響く。
「俺ら目立つな。どっか行くか?」
「だな。駅周辺で時間潰そうと思っていたけど」
「じゃ、まだ七時台だし一回帰る? 俺んち来るか?」
「ん。お邪魔しよっかな」
「まじ? やった。車で来て良かった」
「弘夢、車持っていたのか。さすがおぼっちゃま」
「親が準備していたんだよ。おぼっちゃまにも悩みがあるんです」
「金持ちの悩みか。全国の貧困大学生の代表として成敗してやる」
「おいおい、勘弁してくれ」
殴り掛かる真似をして笑い合った。壱兎はそのまま駅のロータリーに停めてある弘夢の車に向かった。
弘夢の車は有名な外車だった。
弘夢は「見せたくなかった」と恥ずかしそうにしていた。「隠すものではないだろう」と言うと「親のスネカジリだから」と笑っていた。
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