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Ⅵ② 玲央の心<SIDE:玲央(猫)>
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「レオ、具合はどう?」
「駅前のプリン買ってきたよ」
病室に毎日見舞いに来る牛と虎。時間をずらして鼠も毎日来ている。ありがとう、と礼を伝えてベッドから上半身を起こす。
玲央は歩道橋から転げ落ちて右腕の骨折をしていた。頭も打っていてそのまま入院となり三日目。どういうわけか広い個室病室を与えられて、一週間の入院予定。そんなに入院しなくて良さそうだけれど、きっと牛や虎あたりが何か根回ししたように思える。十二支の権威を使えばこのくらいの事は簡単にできるだろう。
少し日常から離れて休めることが今の玲央にはありがたかった。
「プリン貰うな。ここの旨いよな。なぁ、お前ら毎日来なくてもいいぞ。俺がしばらく行けない分、バイトも頑張ってもらわないとだしな」
右手を骨折しているからプリンのふたが取れない。すぐに牛がプリンのふたを開けてスプーンも袋から出してくれる。一口食べてみるが、味が良く分からなくて首をかしげる。
「げ、レオが居ないのにバイトしなきゃダメなのぉ?」
牛が明るく冗談じみた声を出す。
「牛田、働かずして食うべからず、だ」
あはは、と弱く笑うとあちこちが痛んで顔をしかめる。
「レオ無理しなくていい。今の猫は、ただ休んでいればいい。俺たちに気を遣うな」
心配そうに虎が玲央の背中を支える。
「レオ、心配させてよ。レオは僕たちの仲間の猫なんだよ。様子も見に来たいよ」
悲しい顔の牛。二人の優しさは分かっているよ。だけど今のレオにはそれがズシリと心に圧し掛かる。プリンを食べる手を止めて、どう伝えていいのか困り果てる。こんな些細な状況に心が疲れる。
「食べないの? ほら、レオが前にここのプリンは何個でも食べられるなって言っていたじゃんか」
心配そうな牛の声。手元のプリンを見つめてどうしても食欲がわかなくて溜息をつく。
「じゃ、あとで沢山食べることにするよ。ごめんだけどコレ冷蔵庫に入れて置いてくれる?」
プリンを牛に渡して身体を横にする。布団をかぶり二人に背中を向ける。
なんで死ねなかったのだろう。死んでいれば楽になれたのに。
しばらく静かに傍に居る二人の気配を感じながらウトウトと眠りについた。
そっと背中を撫でる手。少し冷たい手。
「猫、ゴメン。守れなくて、ゴメン。もう二度と痛い思いも苦しい思いもさせたくなかったのに、ゴメン」
弱弱しく落ちてくる、知っている声に心底嫌気がさした。
「そうか。猫に悪いと思うなら、いますぐ俺を殺してくれよ」
目を閉じたまま本音をぶつける。
「お前が全ての元凶だろう。なぁ、鼠。謝るなよ。謝られたら許すにしても許さないにしても俺の苦しみが増えるだけだ。これ以上苦しませたくないって言うなら、俺を殺せ」
刺すような言葉が玲央の口から零れる。背中を撫でている手がビクリと震える。だけど一度溢れると止まることが出来なかった。
「お前は! 苦労もせずに十二支になって、満足だろうな! 俺がどんな辛辣を経験したか分かるか?! 狂っていく恐怖なんて知らないだろう! もう全てから解放されて、ただの人間になっているのに、何で思い出させるんだよ! 全てお前の罪だろうが!」
ベッドから飛び起きて怒鳴り散らしていた。涙が止められなかった。喚き散らして枕や飲み物を鼠に投げつけた。真っ青になっている鼠の驚いた顔だけが印象的だった。
目の前がグラグラして、もう動く気力もなく全身の痛みに息が上がったころ、鼠に抱きしめられている状況に気が付いた。玲央を包む鼠が泣いている。ただ苦しそうに泣き声を上げている。玲央は何かを言う体力もなくて、ただ荒い息を続けた。病室が、とても静かだった。
「おい、離せ」
玲央の方が先に息が整い、涙も止まった。優しく抱きしめている鼠の方がまだグズグズ泣いている。ひと暴れしたら玲央の心の疲れが少し楽になっていた。抜け出ようとしても泣き続ける鼠屋の腕から出られない。あまりに長く泣くから段々と玲央は冷静になった。
「鼠屋! 離せって。いい加減に泣き止め」
オイオイと情けなく泣き続ける鼠屋の胸を左手でタップする。
「……いや、だ。俺、猫を、レオを、殺せない。無理だ……」
「あぁ、分かっているよ。言い過ぎた」
もう一度トントンと厚い胸を叩く。(全く、慰めて欲しいのは俺だろ)と玲央は心で呟く。
「大丈夫だから、離せ」
「猫、レオ、死なないで。俺が代われるなら直ぐにでも猫と入れ替わりたい。でも、神様にも無理だって言われている。だから、猫には全身全霊の償いをしていきたい。そしてレオを愛することを許して欲しい」
抱き締める鼠屋から降り注ぐ言葉に、玲央の心臓がドキリと音を立てる。
「はぁ? 何?」
「愛している。レオが、好きだ。猫に申し訳ない事をして、こんなことを伝えていいのか分からないけれど、レオを失いたくない」
心臓がドクドクと鳴る。鼠は、神獣である猫でなく玲央に告白をしている。欠けていたような心の隙間にストンと入り込む言葉。
「鼠屋、俺は人間だぞ? 猫じゃない。ただの、人だ」
「それでいい。俺は猫の記憶が戻る前からレオが好きだ。レオを、愛している」
鼠屋の言葉を温かく感じる。鼠屋は玲央を見ている。もちろん猫への想いもあるだろう。だけど、玲央の存在を認めてくれている。
厚い胸に顔を埋めて玲央は泣いた。猫の魂が拒絶している存在の鼠屋が、人間の玲央の心を満たしてくれる。不思議な感覚だった。
「ねぇ、本当に鼠屋のマンションに行くの? 僕たちの家の方が広いし使用人もいるよ?」
牛の不満そうな膨らんだ頬。ははっと笑って玲央はその頬を左手でツンツンする。これくらいのことが出来る程度に玲央の心が回復している。
「そうだぞ。俺たち二人で玲央の世話をする方が効率いいぞ」
虎の声にも玲央は微笑みを返す。
「いいよ。鼠屋は悪い奴じゃない。俺、猫の頃に大迷惑かけられたから、その分、面倒見てもらうよ」
軽く笑って牛と虎に伝える。
今日で退院するが、右手が不自由で生活に困るため、完治まで世話をすると言う鼠屋に任せることにした。猫が苦手である鼠が、玲央にとって最適の居場所に思えている。
荷物を持つ鼠屋は顔を真っ赤にして「何でもする。レオのためなら」と呟いている。そんな不器用そうなデッカイ鼠屋が少し可愛い。鼠屋が居ることで玲央の心が軽くなっているのは事実だ。
今の玲央は鼠に世話になるのではない。同級生の鼠屋に世話になるのだ、と玲央の中の猫の魂に言い聞かせる。
「駅前のプリン買ってきたよ」
病室に毎日見舞いに来る牛と虎。時間をずらして鼠も毎日来ている。ありがとう、と礼を伝えてベッドから上半身を起こす。
玲央は歩道橋から転げ落ちて右腕の骨折をしていた。頭も打っていてそのまま入院となり三日目。どういうわけか広い個室病室を与えられて、一週間の入院予定。そんなに入院しなくて良さそうだけれど、きっと牛や虎あたりが何か根回ししたように思える。十二支の権威を使えばこのくらいの事は簡単にできるだろう。
少し日常から離れて休めることが今の玲央にはありがたかった。
「プリン貰うな。ここの旨いよな。なぁ、お前ら毎日来なくてもいいぞ。俺がしばらく行けない分、バイトも頑張ってもらわないとだしな」
右手を骨折しているからプリンのふたが取れない。すぐに牛がプリンのふたを開けてスプーンも袋から出してくれる。一口食べてみるが、味が良く分からなくて首をかしげる。
「げ、レオが居ないのにバイトしなきゃダメなのぉ?」
牛が明るく冗談じみた声を出す。
「牛田、働かずして食うべからず、だ」
あはは、と弱く笑うとあちこちが痛んで顔をしかめる。
「レオ無理しなくていい。今の猫は、ただ休んでいればいい。俺たちに気を遣うな」
心配そうに虎が玲央の背中を支える。
「レオ、心配させてよ。レオは僕たちの仲間の猫なんだよ。様子も見に来たいよ」
悲しい顔の牛。二人の優しさは分かっているよ。だけど今のレオにはそれがズシリと心に圧し掛かる。プリンを食べる手を止めて、どう伝えていいのか困り果てる。こんな些細な状況に心が疲れる。
「食べないの? ほら、レオが前にここのプリンは何個でも食べられるなって言っていたじゃんか」
心配そうな牛の声。手元のプリンを見つめてどうしても食欲がわかなくて溜息をつく。
「じゃ、あとで沢山食べることにするよ。ごめんだけどコレ冷蔵庫に入れて置いてくれる?」
プリンを牛に渡して身体を横にする。布団をかぶり二人に背中を向ける。
なんで死ねなかったのだろう。死んでいれば楽になれたのに。
しばらく静かに傍に居る二人の気配を感じながらウトウトと眠りについた。
そっと背中を撫でる手。少し冷たい手。
「猫、ゴメン。守れなくて、ゴメン。もう二度と痛い思いも苦しい思いもさせたくなかったのに、ゴメン」
弱弱しく落ちてくる、知っている声に心底嫌気がさした。
「そうか。猫に悪いと思うなら、いますぐ俺を殺してくれよ」
目を閉じたまま本音をぶつける。
「お前が全ての元凶だろう。なぁ、鼠。謝るなよ。謝られたら許すにしても許さないにしても俺の苦しみが増えるだけだ。これ以上苦しませたくないって言うなら、俺を殺せ」
刺すような言葉が玲央の口から零れる。背中を撫でている手がビクリと震える。だけど一度溢れると止まることが出来なかった。
「お前は! 苦労もせずに十二支になって、満足だろうな! 俺がどんな辛辣を経験したか分かるか?! 狂っていく恐怖なんて知らないだろう! もう全てから解放されて、ただの人間になっているのに、何で思い出させるんだよ! 全てお前の罪だろうが!」
ベッドから飛び起きて怒鳴り散らしていた。涙が止められなかった。喚き散らして枕や飲み物を鼠に投げつけた。真っ青になっている鼠の驚いた顔だけが印象的だった。
目の前がグラグラして、もう動く気力もなく全身の痛みに息が上がったころ、鼠に抱きしめられている状況に気が付いた。玲央を包む鼠が泣いている。ただ苦しそうに泣き声を上げている。玲央は何かを言う体力もなくて、ただ荒い息を続けた。病室が、とても静かだった。
「おい、離せ」
玲央の方が先に息が整い、涙も止まった。優しく抱きしめている鼠の方がまだグズグズ泣いている。ひと暴れしたら玲央の心の疲れが少し楽になっていた。抜け出ようとしても泣き続ける鼠屋の腕から出られない。あまりに長く泣くから段々と玲央は冷静になった。
「鼠屋! 離せって。いい加減に泣き止め」
オイオイと情けなく泣き続ける鼠屋の胸を左手でタップする。
「……いや、だ。俺、猫を、レオを、殺せない。無理だ……」
「あぁ、分かっているよ。言い過ぎた」
もう一度トントンと厚い胸を叩く。(全く、慰めて欲しいのは俺だろ)と玲央は心で呟く。
「大丈夫だから、離せ」
「猫、レオ、死なないで。俺が代われるなら直ぐにでも猫と入れ替わりたい。でも、神様にも無理だって言われている。だから、猫には全身全霊の償いをしていきたい。そしてレオを愛することを許して欲しい」
抱き締める鼠屋から降り注ぐ言葉に、玲央の心臓がドキリと音を立てる。
「はぁ? 何?」
「愛している。レオが、好きだ。猫に申し訳ない事をして、こんなことを伝えていいのか分からないけれど、レオを失いたくない」
心臓がドクドクと鳴る。鼠は、神獣である猫でなく玲央に告白をしている。欠けていたような心の隙間にストンと入り込む言葉。
「鼠屋、俺は人間だぞ? 猫じゃない。ただの、人だ」
「それでいい。俺は猫の記憶が戻る前からレオが好きだ。レオを、愛している」
鼠屋の言葉を温かく感じる。鼠屋は玲央を見ている。もちろん猫への想いもあるだろう。だけど、玲央の存在を認めてくれている。
厚い胸に顔を埋めて玲央は泣いた。猫の魂が拒絶している存在の鼠屋が、人間の玲央の心を満たしてくれる。不思議な感覚だった。
「ねぇ、本当に鼠屋のマンションに行くの? 僕たちの家の方が広いし使用人もいるよ?」
牛の不満そうな膨らんだ頬。ははっと笑って玲央はその頬を左手でツンツンする。これくらいのことが出来る程度に玲央の心が回復している。
「そうだぞ。俺たち二人で玲央の世話をする方が効率いいぞ」
虎の声にも玲央は微笑みを返す。
「いいよ。鼠屋は悪い奴じゃない。俺、猫の頃に大迷惑かけられたから、その分、面倒見てもらうよ」
軽く笑って牛と虎に伝える。
今日で退院するが、右手が不自由で生活に困るため、完治まで世話をすると言う鼠屋に任せることにした。猫が苦手である鼠が、玲央にとって最適の居場所に思えている。
荷物を持つ鼠屋は顔を真っ赤にして「何でもする。レオのためなら」と呟いている。そんな不器用そうなデッカイ鼠屋が少し可愛い。鼠屋が居ることで玲央の心が軽くなっているのは事実だ。
今の玲央は鼠に世話になるのではない。同級生の鼠屋に世話になるのだ、と玲央の中の猫の魂に言い聞かせる。
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