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Main Story
黒髪のお姫様
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私が持っていた絵本の中のお姫様はみんな、ブロンドのふわふわの髪の女の子だった。
* * *
小学生の頃。三つ編みにして寝ると、翌朝、それに近いふわふわの髪型になっていることを発見し、よくやるようになった。でも──そうまでしても、理想には程遠い。私の理想はあくまで「ブロンド」の「ふわふわ」なのだ。三つ編みにして朝起きても、この黒髪がブロンドになっていることはなかった。
それならば、いっそ。
「髪染めたいだぁ!?」
ぎょっとした顔で私を見た後、ヒトシさんは持っていたタバコを落としそうになった。
「うん。綺麗なブロンドにしたいの」
「何言ってんだ小学生の分際でっ!」
ムッとした。ムッとしたと同時に、ちくちくと胸が痛む。小学生のくせに、とか、まだ子供だから、とか。もともと言われるの嫌いなのに、ヒトシさんに言われると、もっと嫌だった。埋まらない年の差を、痛感させられる。
ヒトシさんは私の王子様だから、少しでも王子様に見合うお姫様になりたいから、髪だってふわふわのブロンドにしたいと思うのに。ヒトシさんは全然わかっていないんだ。可愛くなりたいって、理想の姿になりたいって思う女の子の気持ちなんて!
「小学生だって髪の毛金色の子いるもん! 隣のクラスのクリスティちゃんとかローザちゃんとか!」
「それは生まれつきだろーが! お前とは違うの!」
「なによそれ! ずるい! 私だって金色に生まれたかった!」
「日本人の子供なんだからしゃーねーだろそんなの……」
ヒトシさんは頭をボリボリと掻きながら、煙草の灰をトントン、と灰皿に落とす。私がぶつくさとずるい、金色がいい、とつぶやいていると、煙を吐きながらヒトシさんは尋ねた。
「大体、何で染めたいと思うんだよ。そのナントカちゃんとナントカちゃんを見たからか?」
さっき聞いたばかりの名を覚えていないとは、よほど人の話を聞いていない。でも、私が髪を染めたいと思う理由には興味があるようだった。興味を持たれると、逆に言いづらい。もじもじしていると、なおもヒトシさんは私をじっと見て、答えを待っている。私はとうとう観念して、唇を尖らせたまま、聞こえるか否かの声量で呟いた。
「だって、お姫様はみんなブロンドでふわふわだから……」
語尾が弱くなったその言葉を、ヒトシさんはしっかり拾ったらしい。しばらくぽかんと口を開けていたけど、「あー、はいはい……」と納得したようにひとりごちた。納得した、ということは、染めることに賛成してくれたのだろうか。恐々とヒトシさんを見上げると、ヒトシさんはぐりぐりと煙草の先を灰皿に押し付けて火を消した。
「ちっと待ってろ」
ぽん、と私の頭を叩いて、そそくさと喫煙所を後にした。言われるがまま待っていると、1分もしないうちにヒトシさんが戻ってくる。その手には何やら本のようなものが。
「……何それ」
「絵本」
「何であるの、そんなもの」
「前田さんいるだろ。今朝、これ見せてきたの思い出したんだ。子供が最近動き回るから、持ち物にイタズラされて困るってさ」
デレデレしちゃってさ、と、ヒトシさんは付け足した。前田さんっていうのはヒトシさんの先輩にあたる人だ。小さいお子さんがいる、サワヤカな人。
明らかに子供向けのその本は、会社に持ってくるものではない。それを前田さんが今持っているということは、そのイタズラというのはたぶん、お子さんが勝手にそれを前田さんのカバンに入れたのだろう。
ホレ、と絵本を差し出され、訳が分からぬままそれを受け取る。表紙には、『かぐや姫』とある。見たことない童話だった。
「え、知らんの?」
「うん」
「まぁ、お前洋物好きだしな。わけわからんフリフリとかも」
ぎくっとする。今まで読んだ絵本は、みんな表紙で選んだものだ。可愛い女の子がドレスを着ている、王子様と手をつないでいる──そんな表紙の絵本ばかり読んでいた。もしかしたら『かぐや姫』も家にあったのかもしれないけど、あったとしてもおそらく読まなかったのだろう。だって、現に今持っている『かぐや姫』の表紙だって、ドレスを着ていない黒髪の女の人が月を見上げていて、その脇にいるのだって王子様じゃなく、おじいさんとおばあさんなんだもの。
「内容説明するのはめんどくさいからパスな」
「姫……なの? これ」
「姫って書いてあるんだから姫だろ」
衝撃だ。私が知っている『姫』とはまるで違う。麻呂眉だし、黒髪ストレートだし、服はフリフリしてないし!
「まぁ……つまり、なんだ。そういう姫様もいるんだから、髪を染める必要はないってことだよ」
「……でも」
いまいち煮え切らない。そういうお姫様がいたとしても、私が目指してるのは、ふわふわの、ブロンドの。
「こういう姫様だって、日本じゃ綺麗だって思われてたんだぞ」
「……そうなの?」
「そうそう。お前だって綺麗な黒髪してんだから、なりたいってんならこういう……」
「えっ!? き、キレイ!? 本当!?」
耳が、一つの単語を捉えて離さない。ヒトシさんが、私を褒めた。しかも、「可愛い」とかじゃなくって、「キレイ」って! なんだかそれだけで、ぐっと大人扱いされた気がして。さっきの子供扱いが帳消しになるくらい、嬉しい。
今まで嫌いだった、真っ黒い髪を触ってみる。ヒトシさんのその言葉だけで、この髪が魅力的なお姫様のそれなんじゃないかって思える。ブロンドじゃなくても、ふわふわじゃなくても!
「キレイ!? すっごいキレイ!? お姫様みたい!? キレイすぎてびっくりする!?」
「いや、そこまでは……」
「ヒ、ヒトシさんがそこまで言うなら、染めないでいてあげる! 仕方ないから! 感謝してよね!」
「……へーへー、アリガトーゴザイマス」
煙草をくわえたまま、棒読みで言ったヒトシさんは、やれやれ、という風にため息をついてから、二本目の煙草に火をつけたのだった。
* * *
テレビを見ながら毛先を指で弄っていると、ヒトシさんが唐突に「伸びたよな」と呟いた。目線が私の指先にあったので、それが私の髪の毛のことを指しているのはすぐに分かった。
「伸ばしてるもん」
「ふぅん」
相槌を打ちながら、目線をテレビに戻す。テレビに出てるのは、今人気のモデルタレントだ。ボブくらいの長さの金髪が印象的の、日本人タレント。歳は私より少し上くらい。
「やっぱりお前も、髪染めたいって思うん?」
小学生のころにあった出来事なんてすっかり忘れた様子のヒトシさんが、世間話程度に持ちかけた。答えはもちろん。
「……絶対染めない」
綺麗な黒髪を維持するのも、結構大変なんだから。心の中で、ヒトシさんにひっそりと恨み言を言った。
* * *
私の部屋に今でもある絵本の中のお姫様はみんな、ブロンドのふわふわの髪の女の子だった。でも今は──その中に一人だけ、長い黒髪のお姫様がいる。
* * *
小学生の頃。三つ編みにして寝ると、翌朝、それに近いふわふわの髪型になっていることを発見し、よくやるようになった。でも──そうまでしても、理想には程遠い。私の理想はあくまで「ブロンド」の「ふわふわ」なのだ。三つ編みにして朝起きても、この黒髪がブロンドになっていることはなかった。
それならば、いっそ。
「髪染めたいだぁ!?」
ぎょっとした顔で私を見た後、ヒトシさんは持っていたタバコを落としそうになった。
「うん。綺麗なブロンドにしたいの」
「何言ってんだ小学生の分際でっ!」
ムッとした。ムッとしたと同時に、ちくちくと胸が痛む。小学生のくせに、とか、まだ子供だから、とか。もともと言われるの嫌いなのに、ヒトシさんに言われると、もっと嫌だった。埋まらない年の差を、痛感させられる。
ヒトシさんは私の王子様だから、少しでも王子様に見合うお姫様になりたいから、髪だってふわふわのブロンドにしたいと思うのに。ヒトシさんは全然わかっていないんだ。可愛くなりたいって、理想の姿になりたいって思う女の子の気持ちなんて!
「小学生だって髪の毛金色の子いるもん! 隣のクラスのクリスティちゃんとかローザちゃんとか!」
「それは生まれつきだろーが! お前とは違うの!」
「なによそれ! ずるい! 私だって金色に生まれたかった!」
「日本人の子供なんだからしゃーねーだろそんなの……」
ヒトシさんは頭をボリボリと掻きながら、煙草の灰をトントン、と灰皿に落とす。私がぶつくさとずるい、金色がいい、とつぶやいていると、煙を吐きながらヒトシさんは尋ねた。
「大体、何で染めたいと思うんだよ。そのナントカちゃんとナントカちゃんを見たからか?」
さっき聞いたばかりの名を覚えていないとは、よほど人の話を聞いていない。でも、私が髪を染めたいと思う理由には興味があるようだった。興味を持たれると、逆に言いづらい。もじもじしていると、なおもヒトシさんは私をじっと見て、答えを待っている。私はとうとう観念して、唇を尖らせたまま、聞こえるか否かの声量で呟いた。
「だって、お姫様はみんなブロンドでふわふわだから……」
語尾が弱くなったその言葉を、ヒトシさんはしっかり拾ったらしい。しばらくぽかんと口を開けていたけど、「あー、はいはい……」と納得したようにひとりごちた。納得した、ということは、染めることに賛成してくれたのだろうか。恐々とヒトシさんを見上げると、ヒトシさんはぐりぐりと煙草の先を灰皿に押し付けて火を消した。
「ちっと待ってろ」
ぽん、と私の頭を叩いて、そそくさと喫煙所を後にした。言われるがまま待っていると、1分もしないうちにヒトシさんが戻ってくる。その手には何やら本のようなものが。
「……何それ」
「絵本」
「何であるの、そんなもの」
「前田さんいるだろ。今朝、これ見せてきたの思い出したんだ。子供が最近動き回るから、持ち物にイタズラされて困るってさ」
デレデレしちゃってさ、と、ヒトシさんは付け足した。前田さんっていうのはヒトシさんの先輩にあたる人だ。小さいお子さんがいる、サワヤカな人。
明らかに子供向けのその本は、会社に持ってくるものではない。それを前田さんが今持っているということは、そのイタズラというのはたぶん、お子さんが勝手にそれを前田さんのカバンに入れたのだろう。
ホレ、と絵本を差し出され、訳が分からぬままそれを受け取る。表紙には、『かぐや姫』とある。見たことない童話だった。
「え、知らんの?」
「うん」
「まぁ、お前洋物好きだしな。わけわからんフリフリとかも」
ぎくっとする。今まで読んだ絵本は、みんな表紙で選んだものだ。可愛い女の子がドレスを着ている、王子様と手をつないでいる──そんな表紙の絵本ばかり読んでいた。もしかしたら『かぐや姫』も家にあったのかもしれないけど、あったとしてもおそらく読まなかったのだろう。だって、現に今持っている『かぐや姫』の表紙だって、ドレスを着ていない黒髪の女の人が月を見上げていて、その脇にいるのだって王子様じゃなく、おじいさんとおばあさんなんだもの。
「内容説明するのはめんどくさいからパスな」
「姫……なの? これ」
「姫って書いてあるんだから姫だろ」
衝撃だ。私が知っている『姫』とはまるで違う。麻呂眉だし、黒髪ストレートだし、服はフリフリしてないし!
「まぁ……つまり、なんだ。そういう姫様もいるんだから、髪を染める必要はないってことだよ」
「……でも」
いまいち煮え切らない。そういうお姫様がいたとしても、私が目指してるのは、ふわふわの、ブロンドの。
「こういう姫様だって、日本じゃ綺麗だって思われてたんだぞ」
「……そうなの?」
「そうそう。お前だって綺麗な黒髪してんだから、なりたいってんならこういう……」
「えっ!? き、キレイ!? 本当!?」
耳が、一つの単語を捉えて離さない。ヒトシさんが、私を褒めた。しかも、「可愛い」とかじゃなくって、「キレイ」って! なんだかそれだけで、ぐっと大人扱いされた気がして。さっきの子供扱いが帳消しになるくらい、嬉しい。
今まで嫌いだった、真っ黒い髪を触ってみる。ヒトシさんのその言葉だけで、この髪が魅力的なお姫様のそれなんじゃないかって思える。ブロンドじゃなくても、ふわふわじゃなくても!
「キレイ!? すっごいキレイ!? お姫様みたい!? キレイすぎてびっくりする!?」
「いや、そこまでは……」
「ヒ、ヒトシさんがそこまで言うなら、染めないでいてあげる! 仕方ないから! 感謝してよね!」
「……へーへー、アリガトーゴザイマス」
煙草をくわえたまま、棒読みで言ったヒトシさんは、やれやれ、という風にため息をついてから、二本目の煙草に火をつけたのだった。
* * *
テレビを見ながら毛先を指で弄っていると、ヒトシさんが唐突に「伸びたよな」と呟いた。目線が私の指先にあったので、それが私の髪の毛のことを指しているのはすぐに分かった。
「伸ばしてるもん」
「ふぅん」
相槌を打ちながら、目線をテレビに戻す。テレビに出てるのは、今人気のモデルタレントだ。ボブくらいの長さの金髪が印象的の、日本人タレント。歳は私より少し上くらい。
「やっぱりお前も、髪染めたいって思うん?」
小学生のころにあった出来事なんてすっかり忘れた様子のヒトシさんが、世間話程度に持ちかけた。答えはもちろん。
「……絶対染めない」
綺麗な黒髪を維持するのも、結構大変なんだから。心の中で、ヒトシさんにひっそりと恨み言を言った。
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