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Main Story
ドレスアップと休日出勤(1)
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そろそろ俺は休日出勤手当をもらってもいいんじゃないか、と思う。無論、そんなこと言い出せるわけもないが。
「ぼーっとしてないでシャキシャキ歩く!」
「へーい……」
せっかくの日曜日。なぜ俺はこんなところにいるのだろうか。こんなところ、というのは、市内のちょっとお高い店が並ぶ百貨店。普段全く関わりのない場所だが、俺はこのお嬢様に引きずられてここまでやってきている。何度も言うがせっかくの日曜日に、だ。
二度寝をしようとしたところを叩き起こされ、日曜だというのにスーツを着せられ(私服はだらしないから、だと)、車を出し、人で賑わう自分とは縁遠い店内を歩かされる。こんな苦行が仕事じゃないならなんだというんだ。
「で、何買うんだ」
あくび交じりに聞くと、妃芽は俺をキッと睨んだ。俺の睡眠を妨害したのはお前だろ、とは思うが、慌てて手で口元を隠す。
「今度クラスの友達がバイオリンの演奏会をするらしくてね。それにふさわしいよそ行きのドレスを新調しようと思って」
「ほー。その子の家でか?」
「は? 何言ってんのよ。演奏会って言ったらコンサートホールに決まってんでしょ」
「……高校生だろ?」
「そうよ? その子のお父様がその為に貸し切ったんだって」
「ひえー……」
金持ちの思考はわからん。高校生の演奏会だなんてそんな仰々しいものではないだろうに、さすがお嬢様学校のクラスメイトだ。やることのスケールがでかい。でかすぎる。その演奏会とやらの為に服……というかドレスを新調しようっていう妃芽の思考もようわからんが。そもそもドレス的なものなんて何着も持ってただろうに。
「だったらそのお友達と来ればよかったろ……。それこそ高い買い物なら社長とか夫人とか……」
そう言うと、妃芽は眉をしかめて口を尖らせた。これはまずい、不機嫌スイッチを押したかもしれない、と身構える。案の定、妃芽はずいっとこちらに詰め寄った。
「だって! みんなには当日までのお楽しみってことにしておきたいし! パパとママは用事あるって言うし、バスで来るのは不安だったし! そうなったらヒトシさんくらいしか頼れる人いないじゃない! それに、たまにはデ──」
「あーわかったわかった、大役を仰せ仕り光栄でございます妃芽おじょーさま。だから耳元でがなるなって……」
「……もう! バカ!」
へーへー、どうせバカですよ。反射的にそう思ったが、反論してもろくなことにならないことは分かっている。ずんずんと先を行く妃芽の後を、せめてはぐれないようについていった。
* * *
女物のドレスが売っているコーナーに妃芽が吸い込まれてからしばらく。待っていればそのうち自分で気に入ったものを買ってくるだろうと、店の入り口付近の柱に寄りかかって、携帯を片手にぼんやりと妃芽を待っていた俺に声がかかった。
「長内様のお連れ様ですね?」
「え? あー、はい?」
顔を上げると、ピシッとした制服に身を包んだ店員が俺をにこやかに見ている。長内……言うまでもなく妃芽のことだが、ここに来て店員に声をかけられるいわれは無いぞ? なんかトラブルか? 財布忘れたとかだったら俺には対処できないんだけど……。
「長内様が中でお呼びです。どうぞこちらへ」
俺のちょっとした動揺なんか御構い無しで、店員はスタスタと歩き出した。慌ててポケットに携帯をしまってその背中を追う。頼むから財布忘れただけはやめてくれよ、と思っていると、連れてこられたのは試着室の前だった。頭上にハテナを浮かべる俺に、試着室のカーテンの向こうから「ヒトシさん?」と声がかけられる。「ごゆっくりどうぞ」と言い残して店員は去っていった。ますますわけがわからず首を傾げる。
「なんだよ?」
「今試着してるドレスね、今まで持ってない感じのやつにしたから、変じゃ無いか不安で。自分じゃ似合ってるかどうかなんてわかんないし、人の目から見てもらおうと思って」
「待て待て、何で俺に。ここの店員の方がよっぽどいい指摘くれるだろ?」
俺は服に興味もこだわりもない。他人の服も同じくだ。そんな俺が人の服に何か言うなんてできるはずがない。適材適所という言葉をこいつは知らないのか?
「そりゃ聞いたわよ、もちろん! でも、お店の人なんか褒めてくるに決まってるじゃない、買わせたいんだから。だからイマイチ信じがたいし。それに店員さんは普段の私の服とか知らないし、そういうのも合わせて変じゃないか考えたいの!」
「……っつってもな。ろくなこと言えんぞ。何言っても怒るなよ」
カーテンの中の気配がもぞりと動いた。「……内容による」と小さく呟かれたのが聞き取れて、ますます余計なことは言えない、と背筋が伸びた。
にしても、そんな真剣に悩むなんて、どんなドレスを買おうとしているのか。今までと違う感じ、とは言ってたが。妃芽は普段の服もピンクとかヒラヒラしたのとかリボンとか、いかにもな感じの服を着ている。大きくなるにつれ布のヒラヒラの面積は年々減ってはいるが、根底は変わらない。昔から、海外の童話に出てくるような姫様みたいなものが好きだし、思考は昔から変わらないのだろう。ドレスも同じようなバリエーションたったよな、確か。
シャッ! と勢いよく開かれたカーテン。恐る恐る妃芽を見ると──。
「ぼーっとしてないでシャキシャキ歩く!」
「へーい……」
せっかくの日曜日。なぜ俺はこんなところにいるのだろうか。こんなところ、というのは、市内のちょっとお高い店が並ぶ百貨店。普段全く関わりのない場所だが、俺はこのお嬢様に引きずられてここまでやってきている。何度も言うがせっかくの日曜日に、だ。
二度寝をしようとしたところを叩き起こされ、日曜だというのにスーツを着せられ(私服はだらしないから、だと)、車を出し、人で賑わう自分とは縁遠い店内を歩かされる。こんな苦行が仕事じゃないならなんだというんだ。
「で、何買うんだ」
あくび交じりに聞くと、妃芽は俺をキッと睨んだ。俺の睡眠を妨害したのはお前だろ、とは思うが、慌てて手で口元を隠す。
「今度クラスの友達がバイオリンの演奏会をするらしくてね。それにふさわしいよそ行きのドレスを新調しようと思って」
「ほー。その子の家でか?」
「は? 何言ってんのよ。演奏会って言ったらコンサートホールに決まってんでしょ」
「……高校生だろ?」
「そうよ? その子のお父様がその為に貸し切ったんだって」
「ひえー……」
金持ちの思考はわからん。高校生の演奏会だなんてそんな仰々しいものではないだろうに、さすがお嬢様学校のクラスメイトだ。やることのスケールがでかい。でかすぎる。その演奏会とやらの為に服……というかドレスを新調しようっていう妃芽の思考もようわからんが。そもそもドレス的なものなんて何着も持ってただろうに。
「だったらそのお友達と来ればよかったろ……。それこそ高い買い物なら社長とか夫人とか……」
そう言うと、妃芽は眉をしかめて口を尖らせた。これはまずい、不機嫌スイッチを押したかもしれない、と身構える。案の定、妃芽はずいっとこちらに詰め寄った。
「だって! みんなには当日までのお楽しみってことにしておきたいし! パパとママは用事あるって言うし、バスで来るのは不安だったし! そうなったらヒトシさんくらいしか頼れる人いないじゃない! それに、たまにはデ──」
「あーわかったわかった、大役を仰せ仕り光栄でございます妃芽おじょーさま。だから耳元でがなるなって……」
「……もう! バカ!」
へーへー、どうせバカですよ。反射的にそう思ったが、反論してもろくなことにならないことは分かっている。ずんずんと先を行く妃芽の後を、せめてはぐれないようについていった。
* * *
女物のドレスが売っているコーナーに妃芽が吸い込まれてからしばらく。待っていればそのうち自分で気に入ったものを買ってくるだろうと、店の入り口付近の柱に寄りかかって、携帯を片手にぼんやりと妃芽を待っていた俺に声がかかった。
「長内様のお連れ様ですね?」
「え? あー、はい?」
顔を上げると、ピシッとした制服に身を包んだ店員が俺をにこやかに見ている。長内……言うまでもなく妃芽のことだが、ここに来て店員に声をかけられるいわれは無いぞ? なんかトラブルか? 財布忘れたとかだったら俺には対処できないんだけど……。
「長内様が中でお呼びです。どうぞこちらへ」
俺のちょっとした動揺なんか御構い無しで、店員はスタスタと歩き出した。慌ててポケットに携帯をしまってその背中を追う。頼むから財布忘れただけはやめてくれよ、と思っていると、連れてこられたのは試着室の前だった。頭上にハテナを浮かべる俺に、試着室のカーテンの向こうから「ヒトシさん?」と声がかけられる。「ごゆっくりどうぞ」と言い残して店員は去っていった。ますますわけがわからず首を傾げる。
「なんだよ?」
「今試着してるドレスね、今まで持ってない感じのやつにしたから、変じゃ無いか不安で。自分じゃ似合ってるかどうかなんてわかんないし、人の目から見てもらおうと思って」
「待て待て、何で俺に。ここの店員の方がよっぽどいい指摘くれるだろ?」
俺は服に興味もこだわりもない。他人の服も同じくだ。そんな俺が人の服に何か言うなんてできるはずがない。適材適所という言葉をこいつは知らないのか?
「そりゃ聞いたわよ、もちろん! でも、お店の人なんか褒めてくるに決まってるじゃない、買わせたいんだから。だからイマイチ信じがたいし。それに店員さんは普段の私の服とか知らないし、そういうのも合わせて変じゃないか考えたいの!」
「……っつってもな。ろくなこと言えんぞ。何言っても怒るなよ」
カーテンの中の気配がもぞりと動いた。「……内容による」と小さく呟かれたのが聞き取れて、ますます余計なことは言えない、と背筋が伸びた。
にしても、そんな真剣に悩むなんて、どんなドレスを買おうとしているのか。今までと違う感じ、とは言ってたが。妃芽は普段の服もピンクとかヒラヒラしたのとかリボンとか、いかにもな感じの服を着ている。大きくなるにつれ布のヒラヒラの面積は年々減ってはいるが、根底は変わらない。昔から、海外の童話に出てくるような姫様みたいなものが好きだし、思考は昔から変わらないのだろう。ドレスも同じようなバリエーションたったよな、確か。
シャッ! と勢いよく開かれたカーテン。恐る恐る妃芽を見ると──。
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