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03 生き続ける
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──もう死んじゃおうかなぁ……。
生気のない瞳で降り続く雨を眺めながら、僕は思った。生きていたってしょうがない。だって僕は何も持ってない。
何も思い出せなかった。何故、自分がこんな雨の日に汚いシャツ一枚で、地べたに寝転がっているのかも。名前も、今いる場所さえも。記憶がなくなっちゃったんだろうなぁ。何故か他人事みたいに、僕は思った。
お腹もすいたし。もう何時間もこうして寝転がっているけど、誰一人として僕を迎えにこないのは、やっぱり僕が必要とされてないからかな。
──もう死んだほうが楽だろうなぁ……。
光の差し込まない空を見てまた思う。舌を噛みきれば死ねるかな。痛いだろうなぁ。痛いのは嫌だなぁ。このまま何も食べなければ死ねるかな。そうしようかなぁ。痛いのはやだしなぁ。
だんだん目が霞んできて、力も入らなくなってきた。このまま寝たら死ねるかな? 僕はゆっくり、目を閉じようとする。そこで、ふっと目の前が暗くなった。
意識がなくなったからじゃない。僕の顔を覗き込むようにして誰かが立ったからだった。
「……おにいさん、だれ?」
僕が尋ねると、その茶髪に眼鏡のお兄さんは柔らかく笑った。僕の質問には答えず、お兄さんは言う。
「君、死にたいの?」
初対面なのに、よくこんなことを聞くなぁって思った。
「……うん」
僕は答えた。
「だってぼくは何ももってない。からっぽだよ。からっぽがなくなったって、何もかわらない。だから、しんじゃいたいよ」
からっぽ。自分で言って、悲しくなる。そう、僕はからっぽで。いなくなっても、だれも困らなくて。
──だれの心にも残らず、消えて行くだけで。
僕は小さく歯を食いしばった。
「……そっか」
するとお兄さんは、ポケットから小さな小瓶を取り出した。その中には、透明な液体が入っていて、キラキラと輝いている。
「これを飲めば、楽になれるよ」
「……ほんとうに?」
「君はもう苦しまなくていいんだ」
そう言って、お兄さんは僕の手をとってその小瓶を握らせた。楽になれる、とお兄さんは言った。きっとこれは、一瞬で死ねる毒なのだろう。
──ほんとうに?
──もう、苦しまなくていいの?
──冷たい雨に打たれることも、もうないの?
僕の心の言葉に答えるように、お兄さんは小さく頷いた。僕は震える手で、小瓶の蓋をとって。ゆっくりゆっくり、その液体を飲み込んだ。これで、僕は死ねる──。そう思って目を閉じると、それに逆らうように、僕の肺は空気を求めて大きく膨らんだ。
「……?」
もう一度。もう一度。僕は深呼吸を繰り返す。空気が巡って、意識がはっきりとしてくる。胸に手を当てると、確かに僕の心臓は脈を打っていて。
──生きたい。
僕の身体は確かにそう叫んだ。
「君は今日からコロットだ」
お兄さんは、そう言って立ち上がった。コロット──それは、僕の名?
「私の名はシーザ。おいでコロット、冷えた身体を温めよう」
お兄さん──シーザさんは、僕に手を差し出した。死にたかったはずの僕は、その手を取った。迷うことなく。
この人と行きたい。この人と生きたい。この人と──、僕は。
「──はい……!」
頬の筋肉が上に引き上げられる。嬉しくて、楽しくて、笑顔がこぼれた。僕が飲んだのは──。
* * *
コロットは、パチリと目を覚ました。どうやら夢を見ていたらしい。眠たい目をこすると、ベッドから起き上がってシーザの元へと向かう。
「シーザさぁん……」
「あぁ、おはようコロット。着替えてきなさい。みっともないよ」
シーザは寝巻き姿のコロットを見るなり言った。コロットはその言葉を聞き流しながら、シーザに尋ねる。
「夢を、見たんです。僕がシーザさんに拾われた日の」
少しだけ、シーザの動きが止まる。
「あの日──“しにたい”と言った僕に飲ませたのは、『生きる頑張り』だったんですよね」
「……うん。正確には、『生き続ける頑張り』だけどね」
「なぜ、ですか?」
コロットがくりくりとした瞳でシーザを見る。シーザはふぅとため息をつくと、コロットの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「君に必要だったからさ。私には、“生きたい”と確かに聞こえたし、そう見えた。それだけ」
シーザには、その人が必要としている『頑張り』がすぐにわかる。あの日のコロットが本当に望んでいたのは──。
「……シーザさんのおかげで、僕はこうしてるんですねぇ」
「なんだい、急に」
「えへへ。着替えてきます」
コロットははにかみながら、自分の部屋まで戻って行った。
“君はもう苦しまなくていいんだ”
あの日、シーザはそう言った。シーザと暮らすようになってから、目標も出来て、たまに怒られるけれど毎日が楽しくて。あの日飲んだ頑張りは、数年経った今もしっかりコロットの心に残って、キラキラと輝いて。コロットは今日も、『生き続ける』のだ。
生気のない瞳で降り続く雨を眺めながら、僕は思った。生きていたってしょうがない。だって僕は何も持ってない。
何も思い出せなかった。何故、自分がこんな雨の日に汚いシャツ一枚で、地べたに寝転がっているのかも。名前も、今いる場所さえも。記憶がなくなっちゃったんだろうなぁ。何故か他人事みたいに、僕は思った。
お腹もすいたし。もう何時間もこうして寝転がっているけど、誰一人として僕を迎えにこないのは、やっぱり僕が必要とされてないからかな。
──もう死んだほうが楽だろうなぁ……。
光の差し込まない空を見てまた思う。舌を噛みきれば死ねるかな。痛いだろうなぁ。痛いのは嫌だなぁ。このまま何も食べなければ死ねるかな。そうしようかなぁ。痛いのはやだしなぁ。
だんだん目が霞んできて、力も入らなくなってきた。このまま寝たら死ねるかな? 僕はゆっくり、目を閉じようとする。そこで、ふっと目の前が暗くなった。
意識がなくなったからじゃない。僕の顔を覗き込むようにして誰かが立ったからだった。
「……おにいさん、だれ?」
僕が尋ねると、その茶髪に眼鏡のお兄さんは柔らかく笑った。僕の質問には答えず、お兄さんは言う。
「君、死にたいの?」
初対面なのに、よくこんなことを聞くなぁって思った。
「……うん」
僕は答えた。
「だってぼくは何ももってない。からっぽだよ。からっぽがなくなったって、何もかわらない。だから、しんじゃいたいよ」
からっぽ。自分で言って、悲しくなる。そう、僕はからっぽで。いなくなっても、だれも困らなくて。
──だれの心にも残らず、消えて行くだけで。
僕は小さく歯を食いしばった。
「……そっか」
するとお兄さんは、ポケットから小さな小瓶を取り出した。その中には、透明な液体が入っていて、キラキラと輝いている。
「これを飲めば、楽になれるよ」
「……ほんとうに?」
「君はもう苦しまなくていいんだ」
そう言って、お兄さんは僕の手をとってその小瓶を握らせた。楽になれる、とお兄さんは言った。きっとこれは、一瞬で死ねる毒なのだろう。
──ほんとうに?
──もう、苦しまなくていいの?
──冷たい雨に打たれることも、もうないの?
僕の心の言葉に答えるように、お兄さんは小さく頷いた。僕は震える手で、小瓶の蓋をとって。ゆっくりゆっくり、その液体を飲み込んだ。これで、僕は死ねる──。そう思って目を閉じると、それに逆らうように、僕の肺は空気を求めて大きく膨らんだ。
「……?」
もう一度。もう一度。僕は深呼吸を繰り返す。空気が巡って、意識がはっきりとしてくる。胸に手を当てると、確かに僕の心臓は脈を打っていて。
──生きたい。
僕の身体は確かにそう叫んだ。
「君は今日からコロットだ」
お兄さんは、そう言って立ち上がった。コロット──それは、僕の名?
「私の名はシーザ。おいでコロット、冷えた身体を温めよう」
お兄さん──シーザさんは、僕に手を差し出した。死にたかったはずの僕は、その手を取った。迷うことなく。
この人と行きたい。この人と生きたい。この人と──、僕は。
「──はい……!」
頬の筋肉が上に引き上げられる。嬉しくて、楽しくて、笑顔がこぼれた。僕が飲んだのは──。
* * *
コロットは、パチリと目を覚ました。どうやら夢を見ていたらしい。眠たい目をこすると、ベッドから起き上がってシーザの元へと向かう。
「シーザさぁん……」
「あぁ、おはようコロット。着替えてきなさい。みっともないよ」
シーザは寝巻き姿のコロットを見るなり言った。コロットはその言葉を聞き流しながら、シーザに尋ねる。
「夢を、見たんです。僕がシーザさんに拾われた日の」
少しだけ、シーザの動きが止まる。
「あの日──“しにたい”と言った僕に飲ませたのは、『生きる頑張り』だったんですよね」
「……うん。正確には、『生き続ける頑張り』だけどね」
「なぜ、ですか?」
コロットがくりくりとした瞳でシーザを見る。シーザはふぅとため息をつくと、コロットの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「君に必要だったからさ。私には、“生きたい”と確かに聞こえたし、そう見えた。それだけ」
シーザには、その人が必要としている『頑張り』がすぐにわかる。あの日のコロットが本当に望んでいたのは──。
「……シーザさんのおかげで、僕はこうしてるんですねぇ」
「なんだい、急に」
「えへへ。着替えてきます」
コロットははにかみながら、自分の部屋まで戻って行った。
“君はもう苦しまなくていいんだ”
あの日、シーザはそう言った。シーザと暮らすようになってから、目標も出来て、たまに怒られるけれど毎日が楽しくて。あの日飲んだ頑張りは、数年経った今もしっかりコロットの心に残って、キラキラと輝いて。コロットは今日も、『生き続ける』のだ。
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