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04 逃げ出さない
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「シーザさぁん! 緊急事態なんですよぅ! ほらっ、この人っ」
やれやれという風にコロットの指の先──つまりは俺に目を向けると、シーザさんと呼ばれたその人も、少し顔を強張らせたのがわかった。
「……なるほど、時間が……」
「あのぉ、すみません。俺、ちっとも状況がわからないんすけど」
空気を読まず発した俺の言葉に、シーザさんは取り繕ったような笑顔を浮かべて、俺に向き直った。
「すみません。申し遅れましたね。私たちは『頑張り屋』。さまざまな『もうひと頑張り』をお客様に提供しています……まぁ、説明はこれくらいにして」
──『もうひと頑張り』?
なんのことだか分からない。提供しているってことは……ここは店か何かなのか? 戸惑っていると、シーザさんがカウンターから出てきた。カウンターの奥から出てきたシーザさんからは笑顔が消えていた。そして、やっぱり何処か焦ったような様子で、俺の手を両手で掴んだ。
「あなたには、今、やらねばいけないことがありますね?」
「え?」
ドキリ、とした。やらねばいけないこと──ある。でも、そんなこと、コロットにも、シーザさんにも、言ってない。
「そして、時間はあまり残されていないはずです」
「……っ!」
もって一週間と言われてから、3日がすぎた。もう幾日かしか……。顔が青ざめてくのがわかった。なんだ……なんなんだこの人たち!?
「なんっ、なん、で……」
「私たちは『頑張り屋』。お客様が必要としている頑張りがわかります。あなたの場合は、『逃げ出さない頑張り』」
「!!」
俺に必要なのは、逃げ出さない頑張り。じいちゃんの病室を目前に、逃げ出したから。行かなくちゃってわかってるのに、逃げ出したから。思わず目を見開いた俺に、シーザさんは悲痛な面持ちで頷いた。
「……お聞きしてもいいですか? あなたが何から逃げ出してしまったのか」
「……お、れは」
行かなくちゃいけない。でも、足が動かなくて。あの時の光景が、はっきりと脳裏に浮かぶ。病院の廊下。何かが割れる音。すくんだ足。
「……じいちゃんから……逃げ出したんだ……」
口からその言葉が出てしまうと、まるで懺悔でもするかのように、ポロポロと言葉が零れた。頭に浮かんだものがそのまま出て行ってしまうような。
「行った、けど、入れなかった……。行かなきゃ、いけないって、分かってん、のに」
焦れば焦るほど、足は動かなくて。
「……どうして、気持ちとは裏腹に、病室に入れなかったのでしょう?」
「それは……」
どうして。そう尋ねられるとうまい言葉が見つからない。でも、あの時から俺は確かに、恐怖心を抱いていた。それは時間が空けば空くほど、むくむくと大きく育っていって。
──怖かったんだ。すごく。
「怖かったんだ。暴れたじいちゃん、何するかわかんねーし……」
ははっ、と笑って見せた。横目でシーザさんの顔を窺うと、真剣な顔を崩すことなく、俺をただじぃっと眺めていた。
「……っ、」
ばれた、と思った。なんでも見透かしてしまうようなシーザさんの翡翠色の瞳に見つめられて、一人で勝手に焦った。確かに怖かった。でも、高校生の男が、70すぎのじいちゃんに力で負けることなんてまずない。そうやって、適当な理由をつけているだけで。俺は、本当は──。
「……ウソ、つきました」
「ウソ?」
「……俺が怖かったのは、そこじゃない……」
最後にじいちゃんとまともに会ったのはいつだったろう。思い出せないくらいには、記憶も曖昧で。俺でさえそんな風に曖昧になってる記憶が、呆けたじいちゃんに残ってるだろうか。
昔は、よく会いにいった。じいちゃんが大好きだった。自宅からそう遠くないじいちゃんちに、学校から帰ったらすぐ、チャリを飛ばして会いにいった。学校での話をして、じいちゃんの小学校のころの武勇伝を聞いて。そうするといつの間にか日は傾いていて、帰りはじいちゃんが俺の自転車を片手で押しながら、手を繋いで帰ったんだ。
でも、それも時が経つにつれて減っていって、中学に上がるころにはお盆と正月くらいしか顔を出さなくなって。高校生にもなると、バイトを理由にそれさえ行かなくなった。
気づいたら、じいちゃんは『遠い人』になってたんだ。
「……怖かったんだよ、シーザさん」
「……何がですか?」
「怖かったんだ。じいちゃんに面と向かって“誰だお前は”って、“お前なんか知らない”って言われるのが。じいちゃんに忘れられるのが。怖かったんだよっ……!」
実の娘のことさえ、忘れてしまうのに。俺のことなんか、覚えてるわけがない。これは、俺のわがままなんだろう。忘れられるのが怖い。優しかったあの頃のじいちゃんで居て欲しい。そう思うと、現実を見れなかった。
「……っ、でもっ! このまま会わなかったら、後悔する……!」
公園のブランコで考えていたのは、じいちゃんの葬式に参加する自分。でも、棺桶の中で眠るじいちゃんの顔が、どうしても浮かんでこなくて。
「シーザさん! あんたなら、どうにかできるのか!? なぁ!?」
「お兄さん……」
「なんなら、じいちゃんにその『頑張り』とやらをくれよ! 俺を忘れないように! そしたら俺は──!」
「落ち着いてください」
シーザさんの肩を掴む俺の手を、シーザさんはやんわりと制した。冷静に、静かにそう言われて、恥ずかしくなる。
やれやれという風にコロットの指の先──つまりは俺に目を向けると、シーザさんと呼ばれたその人も、少し顔を強張らせたのがわかった。
「……なるほど、時間が……」
「あのぉ、すみません。俺、ちっとも状況がわからないんすけど」
空気を読まず発した俺の言葉に、シーザさんは取り繕ったような笑顔を浮かべて、俺に向き直った。
「すみません。申し遅れましたね。私たちは『頑張り屋』。さまざまな『もうひと頑張り』をお客様に提供しています……まぁ、説明はこれくらいにして」
──『もうひと頑張り』?
なんのことだか分からない。提供しているってことは……ここは店か何かなのか? 戸惑っていると、シーザさんがカウンターから出てきた。カウンターの奥から出てきたシーザさんからは笑顔が消えていた。そして、やっぱり何処か焦ったような様子で、俺の手を両手で掴んだ。
「あなたには、今、やらねばいけないことがありますね?」
「え?」
ドキリ、とした。やらねばいけないこと──ある。でも、そんなこと、コロットにも、シーザさんにも、言ってない。
「そして、時間はあまり残されていないはずです」
「……っ!」
もって一週間と言われてから、3日がすぎた。もう幾日かしか……。顔が青ざめてくのがわかった。なんだ……なんなんだこの人たち!?
「なんっ、なん、で……」
「私たちは『頑張り屋』。お客様が必要としている頑張りがわかります。あなたの場合は、『逃げ出さない頑張り』」
「!!」
俺に必要なのは、逃げ出さない頑張り。じいちゃんの病室を目前に、逃げ出したから。行かなくちゃってわかってるのに、逃げ出したから。思わず目を見開いた俺に、シーザさんは悲痛な面持ちで頷いた。
「……お聞きしてもいいですか? あなたが何から逃げ出してしまったのか」
「……お、れは」
行かなくちゃいけない。でも、足が動かなくて。あの時の光景が、はっきりと脳裏に浮かぶ。病院の廊下。何かが割れる音。すくんだ足。
「……じいちゃんから……逃げ出したんだ……」
口からその言葉が出てしまうと、まるで懺悔でもするかのように、ポロポロと言葉が零れた。頭に浮かんだものがそのまま出て行ってしまうような。
「行った、けど、入れなかった……。行かなきゃ、いけないって、分かってん、のに」
焦れば焦るほど、足は動かなくて。
「……どうして、気持ちとは裏腹に、病室に入れなかったのでしょう?」
「それは……」
どうして。そう尋ねられるとうまい言葉が見つからない。でも、あの時から俺は確かに、恐怖心を抱いていた。それは時間が空けば空くほど、むくむくと大きく育っていって。
──怖かったんだ。すごく。
「怖かったんだ。暴れたじいちゃん、何するかわかんねーし……」
ははっ、と笑って見せた。横目でシーザさんの顔を窺うと、真剣な顔を崩すことなく、俺をただじぃっと眺めていた。
「……っ、」
ばれた、と思った。なんでも見透かしてしまうようなシーザさんの翡翠色の瞳に見つめられて、一人で勝手に焦った。確かに怖かった。でも、高校生の男が、70すぎのじいちゃんに力で負けることなんてまずない。そうやって、適当な理由をつけているだけで。俺は、本当は──。
「……ウソ、つきました」
「ウソ?」
「……俺が怖かったのは、そこじゃない……」
最後にじいちゃんとまともに会ったのはいつだったろう。思い出せないくらいには、記憶も曖昧で。俺でさえそんな風に曖昧になってる記憶が、呆けたじいちゃんに残ってるだろうか。
昔は、よく会いにいった。じいちゃんが大好きだった。自宅からそう遠くないじいちゃんちに、学校から帰ったらすぐ、チャリを飛ばして会いにいった。学校での話をして、じいちゃんの小学校のころの武勇伝を聞いて。そうするといつの間にか日は傾いていて、帰りはじいちゃんが俺の自転車を片手で押しながら、手を繋いで帰ったんだ。
でも、それも時が経つにつれて減っていって、中学に上がるころにはお盆と正月くらいしか顔を出さなくなって。高校生にもなると、バイトを理由にそれさえ行かなくなった。
気づいたら、じいちゃんは『遠い人』になってたんだ。
「……怖かったんだよ、シーザさん」
「……何がですか?」
「怖かったんだ。じいちゃんに面と向かって“誰だお前は”って、“お前なんか知らない”って言われるのが。じいちゃんに忘れられるのが。怖かったんだよっ……!」
実の娘のことさえ、忘れてしまうのに。俺のことなんか、覚えてるわけがない。これは、俺のわがままなんだろう。忘れられるのが怖い。優しかったあの頃のじいちゃんで居て欲しい。そう思うと、現実を見れなかった。
「……っ、でもっ! このまま会わなかったら、後悔する……!」
公園のブランコで考えていたのは、じいちゃんの葬式に参加する自分。でも、棺桶の中で眠るじいちゃんの顔が、どうしても浮かんでこなくて。
「シーザさん! あんたなら、どうにかできるのか!? なぁ!?」
「お兄さん……」
「なんなら、じいちゃんにその『頑張り』とやらをくれよ! 俺を忘れないように! そしたら俺は──!」
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