第十一隊の日々

来条恵夢

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一章

第十一隊のこと 4

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「あ、落ちこぼれ」
 一人がぽつりと漏らした声は、明らかに嘲りにまみれていた。視線の先を追えば、小柄な少年が、人込みを縫うように小走りに移動している。
 昼時で、一階は込み合っていた。妖異ヨウイに関する相談事などの窓口があることもあって一般人も多いが、隊服を身にまとったり、隊証だけを身につけた兵団ヘイダン員も多い。仕事中の者もいるだろうが、地下や最上階の食堂や街に食事に出かける者がほとんどではないか。
 ほんの一月ほど前にようやく職場の決まった三人は、真新しい、白に金銀の縫い取りのある隊服を身にまとっていた。
「あいつ、まだいたんだな」
「いるだけで迷惑なんだから、とっとと辞めればいいのになあ」
 優越感に満ちた言葉は、だが、抱える不満の裏返しでもある。第一隊に配属されたものの、くちばしの青いひよこ扱いで、隊内では完全な下っ端だ。
 それを学生時代の弱者に、自他共に落ちこぼれと見做みなしていた同期生にぶつけるのはただ醜いと、気付かないところが青い。いやそれは、もしかするとこの先に亘っても変わらないことなのかもしれない。
「スガさん、どうします?」
「いい気になってるようなら、あいつ、ちょっと絞めてやりますか?」
 彼らが、同じ同期生のスガに敬語を使うのは、家柄のせいだ。彼らも良家の出だが、何度となく国家元首を輩出し、軍の総長や兵団の総括をも輩出し続けるスガ家の三男となると別格らしい。学生時代から、半ば恐れられ、勝手にリーダーとまつりあげられていた。
 スガ自身は学年時代は「落ちこぼれ」に興味も感心もなかったが、取り巻きのように振る舞うこの二人は、度々たびたび突っかかっていた。要は、鬱憤晴らしだ。
 だが今スガは、それらの理由とは違ったことで、じっと少年を見据えた。
 それを同意と取った二人は、わざわざ少年の方へと歩いて行くようだった。それほど進まなくても、むしろ、少年の方から突っ込んでくるようにやって来て、二人に立ちはだかられる。
 少年は、戸惑ったような困ったようなかおをした。それに、二人が勢い付く。
「お前、やっぱりビリなんだってなあ?」
「十一隊なんて、ま、お前にはお似合いだろうけどなあ」
 第十一隊。兵団の中では、落ちこぼれや異端として扱われることが多い。その反面、困ったときの最終手段として持ち出されることもある。誰もが、触れたくないと思いつつも切り札として頭の片隅に置いている。
 それは、最年少で隊長になった彼女の功績が強いのだろう。
「ねえ、スガさん」
 どういった経緯で話をふられたのか、聞いていなかったからわからないが、つられるようにスガを見た少年は、今度ははっきりと戸惑ったかおをした。まるで、道標を失った迷子かのようだ。
「お前が…」
「は?」
 困惑した顔が、不安そうにかしげられる。ぎりと、スガの中に悔しさが込み上げた。
 白い隊服は、憧れの的なのだと言われた。一般市民では決してまとうことができないのだからと、総括だって第一隊から出るのが暗黙のうちの原則なのだと。だが、そんなもの、知ったことではない。スガがほしかったのは、白色ではなかった。
 しかしそれを、知る者はない。取り巻き気取りは今のこの二人以外にも大勢いたが、友人と呼べそうな者など、一人としていなかった。それどころか、血の繋がった家族ですら、ただの他人としか思えない。
 だからこそスガは、その場にいたかった。
「あの人の足は引っ張るな」
「え?」
 小さく放った声は、届いたらしい。不思議そうな声を上げた少年を置いてスガが歩き出すと、残された二人も、わざわざ少年を突き飛ばすようにしてスガを追いかけてきた。
 二人は何かと話しかけてきたが、スガの耳をひたすらに素通りしていった。
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