第十一隊の日々

来条恵夢

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五章

事件のこと 5

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「えっ、やったっ、飲みに行きましょう!」
 アラタが元の隊に戻ったと聞いた、スガの第一声がそれだった。
 ルカも驚いたし正直なところ助かった、と思ったが、スガほど正直に口には出せなかった。曲がりなりにも、ソウヤの兄でもある。
「なんだ、スガ君も一応何かしらは感じてたのね」
「ヒシカワ…僕をどう思ってるんだ」
 リツの目の前と自席とで睨み合う二人の視線を遮らないよう、ルカは慎重に自分の席にたどり着いた。巻き込まれたくはない。
 息を殺してため息をつく。何をやっているのか。
「おはよ…何、仲間割れ?」
「おはようございます、フワ副隊長」
「オハヨウゴザイマス、副隊長」
「おはようございます」
 あいさつをきっかけに、スガとヒシカワはぱっと目を逸らした。
 それよりも今は、リツが静かなのが気になる。アラタの件を告げたきり、黙り込んでしまっている。ソウヤも気になったのか、ルカたちに笑顔を返しながらも真っ直ぐに、リツへと向かう。
「リッさん?」
「ん? あ。あー。ソウヤ、聞いたか、フワ兄」
「フワ少将の出向が終わった件なら。で、あんたは何呆けてんです? まさか、元通りになって気が抜けたわけじゃないでしょう?」
 今や全員の訝しげな視線を受けているのだが、リツはぼんやりとしている。
「ちょっ…リッさん? 起きてますか?」
「んー。なあ、もしここがなくなったらどうする?」
「は?」
 今度もそろって、全員が目をむく。が、リツはやはり、どこかわからないところを見ている。
「十一隊の解体案が出てるらしーんだよなー。そりゃ、人数少ないし言ってみりゃ問題児ばっかだけどさー。なあソウヤ、ここなくなったらどうする?」
「俺はどうだってできます。ミヤビ君もサクラちゃんもルカ君も、リッさんだって、他でもやっていけますよ」
「でもさー」
「そんな話、今までだって出てたでしょう。曖昧なことを気にしてる閑があるなら、もうちょっとしゃきっとしてもらえませんか隊長。隊長がそんなじゃあ、上から解散させられるまでもなく、次の出動で潰れますよ」
 ぼんやりとしたリツの言葉に対して、ソウヤはいつも以上に淡々と返す。落ち着いていられないのは、まだ新人と呼ばれかねないルカたちだ。
「副隊長っ」
「やることがないなら書類の整理でもしなさい、ミヤビ君。練習室に行ってもいいよ。出動がかかったら呼ぶから。隊長は放っておきな」
「冷たいです副隊長!」
 いきり立つスガを見たソウヤの目は、一見、笑うように細められた。整った顔立ちにうっすらと冷たさが上乗せされ、やたらと冷酷そうに見える。
 ルカとヒシカワは、言葉もなく成り行きを見守るしかない。
「隊長に構っていられるほどの余裕はあるのかな、スガ準尉。それほど力があるとは思ってもみなかったね。かろうじて足を引っ張らずにいられる程度かと思っていたけど、それほどなら副長をやるかい?」
「そういう問題ではありません」
「それじゃあどういう問題なのかな。十一隊を支えているのは、実質、隊長一人だ。それを助けたいなら、せめて並ぶくらいの力がなければ役者不足だよ。さあ、どうする?」
「――練習室、行って来ます」
「行ってらっしゃい」
 出て行ったスガを見送ることもなく、ソウヤは隊長席の書類を手に取って自席に着く。いつもの光景だ。
 だがルカの知る限り第十一隊がこんな空気になったことはなく、ヒシカワを見ても、戸惑いと諦めの眼差しを返されるばかりだ。
「サクラちゃん」
「はい」
 呼ばれたのはヒシカワだが、つい一緒になってルカもソウヤを見る。そこには、苦笑いが浮かんでいた。
「ミヤビ君、追いかけてやってくれるかな。あのくらいなら放っておいてもいいから、できたら、でいいよ。頼める?」
「はい」
「あ、僕も」
「ルカ君はこっち手伝って。また書類ためてるよこの人。少将がいる間くらい大人しくデスクワークしてるかと思ったのに、はじめだけだったとはね」
 呆れたような声は、いつものソウヤのものだ。ほっとして、律儀に練習室へ行くと告げて立ち上がったヒシカワを見送る。
 後方で、ため息が聞こえた。
「悪いね、びっくりしただろう。こっちの山、サインがあるのとないのと、どこに出すやつかで分けてもらえる?」
「はい」
 まさか機密は混じっていないだろうなと、おそるおそる書類に手を伸ばす。リツは、変わらず応接用のソファーでぼうっとしている。
「ソウヤ先輩、隊長は…」
「参るね。十一隊の解体なんてうんざりするほど聞くけど、どこかよほど信頼している筋からでも打診があったんだろうね」
「え?」
「確実な情報として聞いたから、っていうなら、俺が全く知らないのが妙だし、そういうのならこの人は真正面から喰ってかかる。それをやらずに呆けてるんだから、厄介な」
 心底面倒そうに、ソウヤはため息をつく。が、その手はてきぱきと書類を仕分けているのだから凄い。
 ルカは、一枚一枚間違えないよう、ソウヤよりもずっと時間をかけながら書類を分け、合間にリツを見た。ぼんやりと座っているだけの姿に、どうも調子が狂う。いつものような、いるだけでも放っている眩しいような存在感が感じられない。
 ソウヤを見ると、こちらはルカを見ていたものか、目が合った。
「まあ今は、充電期間ってとこかな。そのときが来たらいつも以上に振り回されるから、覚悟しておいたほうがいいよ」
「…先輩は、隊長とは長いんですか?」
「え? いや、五年…六年に足りないくらいかな。それほどの付き合いでもないよ」
 それにしては随分とリツを理解しているような気がしたが、考えてみれば、リツが兵団で働き始めたこと自体が七年ほど前に過ぎない。リツとソウヤでは、学生時代も重ならないはずだ。
 まあ、何かと事細かに気づいて情報の収集も整理もお手の物のソウヤにしてみれば、人の言動把握も簡単なのかもしれない、とも思う。親しさの度合いは必ずしも時間ではなく、スガのように、一度の出会いで一直線に、という慕情だってあるくらいだ。
 ふと気づくと、ソウヤがいやに近くに立っていた。
「ルカ君、何か隠してるだろう」 
 囁きかけられ、咄嗟にリツを見てしまった。だがこんな言い方では、リツが話したわけではないだろうし、そもそも口止めもしていない。
 ソウヤは、ふうん、と一人頷いたようだった。
「リッさんは知ってるんだね。それならいい、と言いたいところだけど…俺の兄の噂は聞いてるかな? 過保護がすぎて、いっそ俺に危害を加えるほどの馬鹿でね。年明けの入院、どうもその兄のせいだったらしくて。それも、ルカ君と関わらせないためだったんじゃないかと思うんだ」
 ずっと声量を絞っているソウヤは、声にほとんど起伏はこめていない。だからルカには、ソウヤがどう思っているのかはわからなかった。
 ただ、すっと血が下がる。
「リッさんだけならすぐに逃げ出すと思ったのかな。それが、こうして居残ってくれた」
「何か――言われたんですか」
「いや、そういうわかりやすさは出してくれない人でね。ただ、君の隠し事は、君やリッさんが思っている以上に裏やしがらみのあるものなのかもしれない。気をつけな。前にも言ったけど、俺は君までは守れないだろうからね」
「何を隠しているかは、訊かないんですか」
「教えてくれるなら勿論もちろん知りたいよ。知ってるだけでも取れる手段が変わってくるからね」 
 ルカが迷ったのは一瞬だった。が、口を開く前に遮られた。元に戻した声量で、ソウヤが明るく告げる。
「その気があるなら、今日飲みに行こうか」
「え」
「リッさんがこの調子なら、大きな応援には出られないからどうせ定時上がりだよ。たまには付き合ってくれてもいいだろう?」
「はあ…?」
 出端でばなをくじかれた気分だが、話すことは決めたので、ルカに不都合があるわけではない。
 ソウヤは浮かれたように、止めていた書類の整理を再開させた。それにしても、数が多い。
「これを片付けたら、稽古をつけてあげるよ。ついでにあの二人も、練習してるのかどこかで青春してるのか知りたいところだしね」 
「…ソウヤ先輩って、性格悪いですよね…」
「そんなこと、はじめから知ってるだろう?」
 笑いながら、ソウヤはまた囁いた。
「今は、盗聴器が仕掛けられてておかしくない、くらいに思っておいたほうがいいよ」
 ぎくりと顔を強張らせるルカに、ソウヤは苦笑を混ぜる。
「ただの用心だけどね。――どこに行こうか。ルカ君、お酒強い? ご飯がおいしいところの方がいいかな?」
 リツを見ると、まだ気の抜けた様子のまま座っている。これが本当に、ソウヤの言う通りに嵐の前の静けさであれば――そしてその嵐が、ルカの、あるいは壊滅した第十隊のことで起こるのなら。
 逃げるわけにはいかないのだと、それだけは覚悟を決めた。知った後でも迎え入れてくれたリツにも胸を張れるよう、しっかりしなくては。
 そこで、はっと気づく。
「…先輩」
「うん?」
「僕、今朝はまだウタを迎えに行ってないんです、行って来ていいですか」
「あー。うん、行って来な。そのまま練習室に行っていいよ、俺も終わらせたら行くから」
「はいっ」
 怒ってるだろうなあ、と思いつつ、ルカは駆け出した。
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