回りくどい帰結

来条恵夢

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雪季セッキ君から女子会誘ってくれるなんて何かあるだろうとは思ったけど、まさかそんなことになってたとはねえ」
「もう、変に探り入れ始める前に全部ぶっちゃけてもたら? 訴える気とかないんやろ?」

 あくまで他人事として話す笹倉と葉月ハヅキに取り皿を渡し、雪季は軽く首をかしげる。
 いつものローテーブルで、アキラは今夜は帰りが遅くなるはずだ。そんな状態で女性二人を招くことに抵抗がないでもないが、既に何度となく宴会を繰り広げられているので、今更だ。
 そしてもう、雪季が混じっているのに女子会とは、という突っ込みは入れたところで無駄だと悟っている。

 今日の夕飯は、葉月のリクエストでトマト鍋。笹倉から聞いて食べてみたかったらしく、雪季も初めてだ。
 無難に市販のスープを買ってきたが、一応、追加用にトマト缶とコンソメキューブも用意してみた。余れば、スープなりミート―ソースなりに使えばいい。

「ぶっちゃけるってどっちに? 三浦さん? 真紀マキちゃん?」
「三浦さん」
「でも、自分のことが話題に出たって知ったんだから、三浦さんの方だけどうにかしても山本さんも気にするんじゃないかな」
「あー。書いてるん知ってるってわかったらめかねへんから、できればそっちはそっとしといてほしいんやけどなー」
「最悪、辞表置いて逃げるかもね」
「…そこまでですか?」

 赤が鮮やかで見た目はやや毒々しい鍋からそれぞれ具材をすくい取りながら、所詮しょせんは他人事だからか、どこか軽い調子で会話は続く。葉月がジャガイモを取り落とし、箸をお玉に替えた。

「前の転職理由も人間関係らしいし。まあ、結局はほとんどがそれだと思うけどね。逆に言えば、人間関係さえよければ、仕事内容って案外どうでもよかったりもするから」
「へー」「へぇ」

 葉月と雪季の声が重なる。それぞれ、転職ゼロと色々な職場を転々としていたと両極端ではあるが、そういったことを考えたことはなかった、という点では同じだろう。
 笹倉は、どこかうらやむような視線を雪季に投げた。赤く染まった鶏肉をつまみ上げる。

「雪季君、今までいろんな職場転々としてたって聞いたけど、そういうのなかった?」
「…アルバイトばかりだったので」
「アルバイトでも…雪季君そういうの上手くやれる感じかな。とにかく、人によっては、隠してた趣味がばれたっていうのも逃げ出したくなる理由になったりするのよ。たとえ、それが悪い反応ばかりじゃなくても」

 なんとなく、葉月と雪季は顔を見合わせた。そういうものらしい、と、実感はなくとも納得はした。

「最終的には、真紀ちゃんがどうするかしかないわね。周りが少しくらいは口を出せても、結局ただの部外者だし」
「えー」
「首突っ込みたいなら止めないけど、それなりに責任は取りなさいよ」
「ええー」
「雪季君、これ、締めはご飯? パスタ? 麺?」
「どれでもできますよ。チーズもあります」

 さすが完璧、と笹倉が笑う。
 今日は笹倉家の夫は遅番ではあるが帰宅するということなので、酒は控え目だ。そうはいっても、英の飲み仲間だけあってそれなりには飲んでいるが。ちなみに、二人を駅まで送り届けなければならないので、雪季は飲んでいない。
 しばし、締めをどれにするかを鍋をつつきながら話し合う。結局、ご飯で落ち着いた。

「ところでさあ。…実際のところ、アキラ君との同居ってどうなの?」
「…どうというのは?」

 粗方あらかた具材を食べたので、ご飯投入の前にいろどり用にとパセリを刻んでいると、背中に声をかけられた。思わず振り向くと、何故か葉月も身を乗り出していた。

「ほら、他人と暮らすのって結構ストレスたまらない? それも、あのアキラ君でしょ。どうなのかなーと思って」
「機嫌悪くって、怒鳴り散らすとかはないけど笑顔で威圧してくるとかない? あれが一番嫌やった」

 他人との生活に関しては、比較的短期間ではあるが施設にも居たし、今では伯父と知った秦野ハタノも身内感はなかった。そもそも、存在すら知らなかったのだから、血縁があったところで見知らぬ他人だ。
 そういう意味では、慣れているとも言える。
 使わなければ冷凍に回そうと思っていた炊き立てのご飯とパセリ、チーズを持ってローテーブルに戻る。鍋が煮詰まりかけていて、少し水をす。

「変な出方でかたしただけで、葉月さんに対しては、さすがに気をつかってたのもあるんじゃない?」
「え。いや。社長にそれはない」
「…葉月さんって、なんで河東カトウに付き合ってるの?」

 あまりにきっぱりとした断言に、一瞬雪季の手が止まる。それなりに慕っているのだと思っていたのだが、違ったのだろうか。

「だって便利やもん。気ぃ遣わんでいいし、色々片付けてくれるし。その分、こっちだってやれることはやるし。お互い様な感じかなぁ」 
「ちょっと意外」
「俺も」
「完全ビジネスライクな関係やもん。人としては色々とどうかと思う。うちも人のこと言えんけど」

 めた口調だが、これは本音なのか照れ隠しのようなものなのかと考えていると、笹倉と眼が合った。こちらも、多少戸惑っているようだ。

「そりゃまあ、感謝してないわけじゃないし別に嫌いでもないけど。でも、部屋に泊めてくれた時に、うっかり間違って手ぇ出したら社会的にヤバいからとっとと部屋借りて、って言われたら引くやろ。全然好みじゃないけど勢いとかノリで手ぇ出したら俺が悪者になるからイヤ、とか、いやそうやろうけど何それ、ってならん?」
「その前にそんなのの部屋に泊まるような危ないことするんじゃないわよ」
「仕方ないやん泊まるとこなかったんやもん!」

 当時、それこそ体目当てで宿の提供を申し出るような男のところに転がり込むくらいしか選択肢を考えられなかったのかも知れない。それくらいに、今のこの社会では親のいない子どもにはハンデがある。

「会ったのがあいつで良かったよ」

 手を差し伸べたのが利用価値があるからだったとしても、その価値にすら気付かない人間に傷つけられるよりはいい。雪季の勝手な想いではあるが。
 米を入れて軽く煮立ったところにチーズとパセリを散らして、一旦蓋をして火を止める。ふと顔を上げると、鍋から漏れ出る湯気の向こうで、葉月が何故か目をうるませていた。目が合う。

「え」
「トイレ行ってくるっ」

 何も言えずに見送って、恐る恐る、笹倉を見る。怒っている気配はなく、こちらも意表を突かれたような様子だ。

「…何か駄目なこと、言いました…?」
「わからない。色々一気に来てパンクしそうなのもあるけど」

 なんとなく、そろってため息を落として黙り込んでしまう。
 唐突に、まだ半分ほど赤ワインの入ったグラスを干し、笹倉は雪季をこうからとらえた。

「ごめん。あたしが変なこと訊いたせいで」
「…何でしたっけ」
「アキラ君と一緒に暮らすのってどうなのかなって」
「ああ。…お互い、それほど干渉するわけじゃないので、少し鬱陶しいくらいです」

 葉月がいない間に話題にするのも悪いかと、気まずさから目をらして口にする。変に気を遣う必要がないだけ、英との生活は今までの共同生活の中でも楽な方かもしれない、と改めて思いながら。
 笹倉が、手酌でワインを追加する。

「…ほんっとーに、雪季君ってアキラ君とはいい友達なのね」
「は?」
「変に邪推してごめん。真紀ちゃんの小説と混同してたってわけじゃないけど、何て言うか…あのアキラ君に普通に友達がいるっていうのが信じられなかったっていうか」

 普通の友達、というのがどういうものかは曖昧だが、果たしてそれはこの場合当てはまるものだろうか。

「下手したら、弱み握られててこき使われてるんじゃないかとか…あーそうだあたし、リナの時も最初そう思ったんだった。ああもう成長してない…」
「…それ以前に、あいつ、友人は多いと思いますけど。笹倉さんだって、三浦さんも少し違うかもしれないけど似たようなものですよね?」
「それはそうなんだけど、何て言えばいいかなあ…。アキラ君って、外面いいじゃない? しかも、それが何パターンもある感じで。人ごとに対応変えるっていうのは普通と言えば普通なんだけど、アキラ君のは全部余所よそ行きなんじゃないかなって思ってたのよね。単にあたしが部外者っていうだけかとも思ったけど、付き合ってる相手と一緒にいても一分いちぶの隙もないってどうなのかなって。そんな人間に本当に友達や恋人なんているのかな、って」

 そんな失礼なこと考えてたのよね、と、笹倉は薄く笑う。

「アキラ君にとって友達も恋人も取引先のお客さんもお店の店員も、そのへんの通りすがりの人だって、実は同じくらいの重みしかないんじゃないかなって思った時もあったな。付き合ってて楽しいんだけど、ちょっと見透かされてるっていうか、おもてなしされてるみたいなところがあって」

 雪季に話しているのか、単に考えをまとめようとしているのか、どちらともつかない。ただ少し、意外には感じた。英を過大評価はしていないとしても、笹倉は、結構買っているのだと思っていた。
 言葉にはしなかったが、何かしら表面に出たのかもしれない。笹倉は、雪季を見て微苦笑した。

「嫌ってるわけじゃないのよ。面白い人だとは思ってるし、魅力的だとも思ってる。正直、旦那がいなかったら少し遊ぶくらいはいいかなって思ったかも」
「旦那さん、いて良かったですね」

 不意を突かれたような顔をして、笹倉は、グラスをたたきつけるように置いて笑った。

「たしかに! そもそも旦那がいなかったらアキラ君と会うこともなかったとは思うけど、うっかり溺れてひどいことになってたかもねー。雪季君はそういうの、ないの? それなりに付き合い長いんでしょ、高校からだった? 十年くらい?」

 十年と言っても最近まで付き合いはなかった、と会社の面々には何度か言っているはずなのだが、するりと忘れられてしまう。英が、時折無駄に嘘を織り込むせいかもしれない。
 面倒になって、雪季はゆるりと首を振った。果たしてどれへの否定なのか、雪季自身にもよくわからない。

「…まあ、だから、ちゃんと友達やれてるんでしょうね。雪季君相手だと結構本気のわがままとか、感情ぶつけてる感じするものねー」

 それはどうだろう、と雪季が口を開く前に、ちょっとリナの様子見て来るわね、と、酔いを感じさせない足取りで立って行ってしまう。
 結局何一つ解決しなかった上に、一体自分は葉月に何をしたのだろうと、雪季は頭を抱えたくなった。鍋の中のリゾットが、暢気のんきに食欲をそそるにおいを漂わせていた。
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