夜明けの晩

来条恵夢

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そうして、手がかりは語られる

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「あー。帰りたーい」

 呟きつつ、妙に見えない程度に微笑を浮かべた。この先は、常に微笑んでいようと決める。

「ありがとう、ハヤシさん。帰るときには連絡するから、外に出ていていいですよ」
「ラウンジにおりますので、声をおかけください」

 ひょいと、読みかけだろう文庫本を手に笑い返された。それに、上辺うわべでない笑みがこぼれ落ちる。

「はい。ありがとう」

 林さんには、私たちの家で働いてもらっている。
 ハウスキーパーなのかお手伝いなのか使用人なのか、呼び方はよくわからないままに、そろそろ二年近い付き合いだ。たまに、ヒビキと別行動を取るときに車を回してもらったりもする。
 イメージとしては執事だけど、多分、色々と違う気がしている。

「行ってきます」

 雪原にいればまぎれてしまいそうな真っ白なコートの裾をあしらいながら、車を降りた。ホテルの入り口につけられていたため、降りればすぐにホテルの従業員が声をかけてくる。
 勉強と同じく短い時間で叩き込んだ礼儀作法に則り、典雅に目的を告げ、うやうやしく会場に案内される。
 コートを預けると、淡色のパーティードレスがあらわになった。髪は、ウィッグのふんわりとゆるふわカール。なるべく、学校や普段とは印象を変えておきたい。
 靴のヒールは決して高くはないのだけど、毛足の長い絨毯に埋もれて、ともすると足を取られそうになった。慣れていないのがばれるわねと、心のうちだけで顔をしかめる。口元にはあくまで、微笑を。

「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう」

 呟くように返して、受付に向かう。
 駆り出されたのだろう社員に招待状を渡すと、二十代半ばほどの女性が一瞬、はかるようにこちらに視線を投げかけた。何と判定したのか興味もわかず、上辺だけの礼儀正しさを振り撒いて通り過ぎる。
 問題なく会場に踏み込むものの、帰りたい帰りたいと、心の中では呪文めかして呟き続けていた。
 飾り立てないでいい家の中の気安さや、気兼ねしないでいい人たちといる安心感。慣れない化粧の息苦しさも手伝って、それらがいっそうに引き立つ。
 今回目玉の新作の鑑賞を適当に済ませると、平均年齢の高い人たちを眺めやった。未成年らしい人は少ないから、秋山アキヤマ先輩の方で見つけ出してくれるだろう。
 カクテルに未練を残しつつ葡萄ジュースのグラスをもらうと、壁際にたたずんだ。
 秋山先輩が声をかけてくるまで、不躾な視線(主に女性)と、数人の声をかけてきた人(男性ばかり)をやり過ごす羽目になった。
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