夜明けの晩

そうして、手がかりは語られる

6

「ありがとう。読書は進みました？」
「はい。名探偵、みなを集めてさてと言い、のあたりまで」
「いよいよというところで止めちゃいましたね」
「いえ、そこからが長い作家なので、ちょうどいいところでしたよ」

　そんなことを話している間に、ほとんど衝撃なしで走り出す。
　運転技術だけで言えば、響ヒビキよりも林ハヤシさんの方が上だろう。元タクシードライバーという経歴で、縁あって雇うことが決まった時、本人は運転手としてのことかと思ったらしい。
　それを、細やかなところに気付く上で余計な口を挟まないところを買って採用を決めたのは響だ。
　料理人の紅林クレバヤシさんにしても料理以外の家事担当の女性二人にしても、一応は私も面接に立ち会いはしたけど、ほぼ響の意見を呑んでのことで、その選択に裏切られたことはない。
　ぼんやりとそんなことを思い返しているうちに、家に到着していた。
　車を戻して帰宅するという林さんと別れ玄関に立つと、ドアノブに手を伸ばすよりも先に、内側から開かれた。優秀すぎる秘書に、つい苦笑がこぼれる。

「客間に。一人だ」
「ありがとう、ただいま。あ、携帯電話に登録のない番号から着信があったの。あの二人かもしれないから、連絡してみてくれる？」
「わかった」

　手を差し出されて、かばんとコートを預け、パーティー会場のときのようにショールを羽織る。
　客間の扉を開ける前に一度、深呼吸をした。再び、意識して笑顔をつくる。

「お待たせしました」

　客人は、不機嫌そのものといった顔をこちらに向けた。一瞬だけ私の格好に驚いたようだったけど、見間違いかと思うほどに速やかに消し去られた。
　怯ひるまず、笑みを浮かべたまま先に口を開く。

「もうお一方ひとかたはどうされたんですか？　二人一組の行動が原則ですよね？」
「関係ないだろう」
「よろしいんですか？　違法捜査だと訴えてしまいますよ？」

　舌打ちが返され、たしなめるように軽く顔をしかめて見せた。咎とがめるというよりは、からかう意味合いが強い。
　気付いたらしく、梨木ナシキ刑事は一層不機嫌そうになった。眉間に名刺くらいなら刺さりそうだ。
　断ることなく正面に腰を下ろす。ソファーの背もたれを挟んだすぐ後方に、いつものように響が控えるように立つ。

「そんなこと、しませんけどね。何の得にもならない。それどころか、みんなを見つける邪魔になりかねない。お気付きだと思いますけど、その一点に関しては少なくとも、私たちの意見は一致していると思っているんです」
「…まさか、お前が理事長だとはな」
「別に隠してはいないんですけどね、ちゃんと調べれば誰にもわかることで。あ。カップ空ですね。また珈琲でいいですか？　紅茶にします？」
「そんなこたどうでもいい」

　今にも噛みつきそうな梨木刑事に肩をすくめ、窓の外に目をやった。夕食時も過ぎて、空はとっぷりと闇に染まっている。
　冬至は去年のうちに終わり、日ごとに日没は遅くなっているはずだけど、この時間では実感のしようもない。それでも、思い返せば確かに、少しずつ日暮れは遅くなっているような気がする。
　行方の知れない友人たちは、この変化に気付ける状態にあるだろうか。