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そうして、犯人は決まる
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「バイクの免許でも、取ろうかな」
「そんな時間があったか」
「そこはどうにか。会社関係は響が回してくれてるし、部活の時間でも減らせばなんとかならないかな。いつも林さんや響に車を出してもらうのも悪いし」
今のところ、私が乗れるのは自転車と多分三輪車くらいのもの。あまり機会はないけれど、響と別行動をとる場合、距離を走れる足がないのは不便だ。
滑らかな手つきでギアチェンジを行う響の動作を見て、そんなことを考える。
「やめておけ」
「どうして?」
「事故をもみ消すのは面倒だ」
「勝手に運転が下手な前提で話を進めないでよ。…あれ?」
シートベルトに引っ張られながら上体を起こし、響の横顔をまじまじと見つめる。
隣で危うげなくハンドルを操る青年は、顔の作りがいくらか整いすぎていること、虹彩が混じり気のない漆黒ということくらいしか、一般的な日本人との区別はつかないだろう。
けれど、先刻の跳躍力や人の体を簡単に引き裂くほどの力を忘れられるはずもなく、人でないのは明らかだ。もしかすると知られていないだけでホモ=サピエンスやそれに類した一種なのかもしれないけど、自他ともに表すのに丁度いい言葉がある。
名井響と名乗る男は、悪魔だ。
「普通悪魔って、いかに契約相手を早く殺すかに頭をひねってない? いいの?」
黙ってしまった運転手の隣で、腕組みをして首を傾げる。
「死にたいわけじゃないから私はいいけど、響、実は損してない?」
物語に出てくる悪魔と違うと感じるのは今までにも何度もあったが、それでいいのだろうか。命を担保にしている張本人が気にするのもおかしなものだが、気になるものは気になる。
待っても、返答はなかった。
「他を知らないから気にしないようにしてたけど、響ってもしかして、悪魔の中でも変わり者なの?」
「晧も十分に変わっている」
「も、ってことは、認めるんだ。まあおかげで、私は大助かりだけど」
「…そこまで恐れないのは、問題があると思うが。俺は、メフィストのようになるつもりはないぞ」
「うん、ちゃんと最後まで私を捕まえていてね。二度と独りぼっちにならないと思うと、こわいものなんてないとさえ言えそうだもの」
生まれるときと死ぬときは誰しも一人だと、言う。それでも紅子は、一人きりでこの世から消え去ってしまうことを、実は恐れていた。両親や祖父母が迎えに来てくれるとでも思えればよかったのだけれど、そうは思えなかった。
だから、恐れていた。
今は、そんなことはない。私が死ねば響がその魂を手にするというのなら、独りきりになることは、ないのだから。
再び黙り込んでしまった響を視界の隅にとどめ、車のヘッドライトに照らし出される路面を見るともなく見ていた。見慣れた景色に、もう五分もすれば家に着くだろうと気付く。
「ところで響、悪魔との約束ってどの程度信用ができると思う?」
「誘拐魔のことか」
「そう。誘拐が目的というわけではないようだったけど」
「同じような事態が起こることを心配しているなら、おそらくはないだろう」
「でも、暇潰しじゃない用事とかただ出没するだけだったら、ある?」
「だろうな」
あの男が約束してくれたことへの解釈は、間違ってはいないようだ。嬉しくない。
「もうそれは、出てきた時にどうするか考えるしかないかなあ。ええと明日は、学校の後にさぁちゃんと会うのよね。そろそろ、立原ねじの報告書も上がって来て…刑事さんの方はもっと地固めにかかるのかな。夜は何か、視察や商談、入ってた?」
「一件。あとは梅ヶ谷小夜子に会う前に、部活があるだろう」
「あー、そっか。明日もいろいろあるなあ」
我ながら緊張感のないことを言って、あくびをひとつ。眠い。
人工灯と天然光に照らし出された自宅が、正面に見えていた。
「そんな時間があったか」
「そこはどうにか。会社関係は響が回してくれてるし、部活の時間でも減らせばなんとかならないかな。いつも林さんや響に車を出してもらうのも悪いし」
今のところ、私が乗れるのは自転車と多分三輪車くらいのもの。あまり機会はないけれど、響と別行動をとる場合、距離を走れる足がないのは不便だ。
滑らかな手つきでギアチェンジを行う響の動作を見て、そんなことを考える。
「やめておけ」
「どうして?」
「事故をもみ消すのは面倒だ」
「勝手に運転が下手な前提で話を進めないでよ。…あれ?」
シートベルトに引っ張られながら上体を起こし、響の横顔をまじまじと見つめる。
隣で危うげなくハンドルを操る青年は、顔の作りがいくらか整いすぎていること、虹彩が混じり気のない漆黒ということくらいしか、一般的な日本人との区別はつかないだろう。
けれど、先刻の跳躍力や人の体を簡単に引き裂くほどの力を忘れられるはずもなく、人でないのは明らかだ。もしかすると知られていないだけでホモ=サピエンスやそれに類した一種なのかもしれないけど、自他ともに表すのに丁度いい言葉がある。
名井響と名乗る男は、悪魔だ。
「普通悪魔って、いかに契約相手を早く殺すかに頭をひねってない? いいの?」
黙ってしまった運転手の隣で、腕組みをして首を傾げる。
「死にたいわけじゃないから私はいいけど、響、実は損してない?」
物語に出てくる悪魔と違うと感じるのは今までにも何度もあったが、それでいいのだろうか。命を担保にしている張本人が気にするのもおかしなものだが、気になるものは気になる。
待っても、返答はなかった。
「他を知らないから気にしないようにしてたけど、響ってもしかして、悪魔の中でも変わり者なの?」
「晧も十分に変わっている」
「も、ってことは、認めるんだ。まあおかげで、私は大助かりだけど」
「…そこまで恐れないのは、問題があると思うが。俺は、メフィストのようになるつもりはないぞ」
「うん、ちゃんと最後まで私を捕まえていてね。二度と独りぼっちにならないと思うと、こわいものなんてないとさえ言えそうだもの」
生まれるときと死ぬときは誰しも一人だと、言う。それでも紅子は、一人きりでこの世から消え去ってしまうことを、実は恐れていた。両親や祖父母が迎えに来てくれるとでも思えればよかったのだけれど、そうは思えなかった。
だから、恐れていた。
今は、そんなことはない。私が死ねば響がその魂を手にするというのなら、独りきりになることは、ないのだから。
再び黙り込んでしまった響を視界の隅にとどめ、車のヘッドライトに照らし出される路面を見るともなく見ていた。見慣れた景色に、もう五分もすれば家に着くだろうと気付く。
「ところで響、悪魔との約束ってどの程度信用ができると思う?」
「誘拐魔のことか」
「そう。誘拐が目的というわけではないようだったけど」
「同じような事態が起こることを心配しているなら、おそらくはないだろう」
「でも、暇潰しじゃない用事とかただ出没するだけだったら、ある?」
「だろうな」
あの男が約束してくれたことへの解釈は、間違ってはいないようだ。嬉しくない。
「もうそれは、出てきた時にどうするか考えるしかないかなあ。ええと明日は、学校の後にさぁちゃんと会うのよね。そろそろ、立原ねじの報告書も上がって来て…刑事さんの方はもっと地固めにかかるのかな。夜は何か、視察や商談、入ってた?」
「一件。あとは梅ヶ谷小夜子に会う前に、部活があるだろう」
「あー、そっか。明日もいろいろあるなあ」
我ながら緊張感のないことを言って、あくびをひとつ。眠い。
人工灯と天然光に照らし出された自宅が、正面に見えていた。
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