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▼第7章 遠征の後始末
▼7-2 棍棒の重さ
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そこへ、将軍が落ち着いた口調で入り込んだ。
「デーヴァグプタは奸王と呼ばれているじゃないか。卑怯なことばかりしてきた男だぞ。そんな奴に忠誠を誓ったところで、単に便利に利用されるだけだったはずだ」
「だからうるせえよ。お前、肌の色からしたら俺と同じドラヴィダ系だろう。それなのに統王とか言って調子こいているプラバーカラの犬に尻尾振っているのかよ」
兵士が靴を履いた足の裏で、首謀者の鼻を正面から蹴りつけた。もう一人の兵士が首謀者の頭を後ろから両手で押さえていたので、後ろに倒れることによって力を逃がすことができず、蹴りの衝撃をまともに食らってしまった。左右の穴から仲良く鼻血が流れ出てきた。
「自分の現在置かれている立場を理解したらどうだ」
「言われなくても理解しているわ。俺は誇り高きラージプート戦士だ。ムンジャ草を口にくわえるようなことはしない」
戦士は、退かない者であることを証明するために、頭か或いは旗か武器かにムンジャ草を縛り付けて徴とする。ムンジャ草を口にくわえるということは、敵に降参するということだ。ハルシャもまた腰帯として三重に編んだムンジャ草を使用して出撃していた。本来は聖職者階級が使う腰帯である。
「もう捕まっているくせに偉そうにほざいてどうする。いい加減吐いた方が楽になれるぞ。さあ、他の仲間はどこに潜伏しているんだ。ここに居た連中だけが全てじゃないだろう」
首謀者は口を開けて笑った。二筋の鼻血が口の中に伝い入る。
「お前ら笑っていられるのも今のうちだぞ。プラバーカラの犬野郎も、その長男のラージャーも、デーヴァグプタ陛下の軍門に下ってみじめに野に屍をさらし、ハゲタカの餌になるのさ」
兵士が握り拳で殴りつけようとした時、待て、と将軍が制止した。
「ここは経験を積んでいただくために、ハルシャ王子のお力をお借りすることにしましょう」
ハルシャは太くて頑丈な木の棒を手渡された。片手でも持てるが、ずっしりとした重さがある棍棒だった。これで首謀者を殴るよう将軍から指示された。
「ただし守っていただきたい注意事項があります。あくまでも情報を引き出すための拷問ですので、今この時に相手を殺してしまっては意味が無いのでいけません。なので、首から上は殴らないでください。また、相手がしゃべれなくなるような攻撃も禁止です。その注意事項だけはしっかり守って、あとは相手を殺さない程度に殴りまくってください。日頃に抱いている不満や鬱憤をここで一気に吐き出すくらいの気持ちで思い切ってお願いします」
右手に重い棍棒を持って、ハルシャはその場に立ち尽くした。
よく考えてみれば、人間に対して明確に暴力をふるう場面は初めてかもしれない。
今まで、宮殿内で侍女が粗相をしたような場面でも、厳しい声で叱ることはあったが、肉体的に傷が残るような暴力はふるった経験は記憶に無い。
将軍も周囲の兵士たちも見ているので、逡巡している暇は無かった。
右手を高く掲げて斜めに振り下ろす。棍棒は首謀者の左肩の少し下の左腕に命中した。鎧は既に剥ぎ取っていて上半身裸なので、かなり痛いはずだ。腕ならば何本折れたとしても死にはしないだろうし、しゃべれなくなりもしないだろう。
首謀者は歯を食いしばって耐えたが呻き声が漏れるのは抑えられなかった。
この攻撃では駄目だ。相手に痛みは与えても、それに耐えられず情報を吐くように仕向けるには遠い。将軍も取り巻きの兵士も黙って眺めているが、無表情だ。ハルシャの攻撃に物足りなさを感じているのだろう。
再び右手を振り上げて、同じ場所を狙って棍棒を振り下ろす。黒い皮膚が破れて血が出てきたが、それでも首謀者は唸っただけだった。
重い棍棒を片手で持って振り下ろしただけでは打撃力が物足りないようだ。ハルシャは棍棒を両手で握りしめた。ほぼ真上に振り上げて、左肩を目がけて振り下ろす。ほんの一瞬風を切る音を残して肩の骨の部分に当たった。首謀者は強く目を瞑って短いながらも低い悲鳴が漏れた。
攻撃に夢中になって、ハルシャは首謀者の真正面の至近距離に位置してしまっていた。
首謀者が唾を吐きかけた。血の混じった唾はハルシャの右の太腿に付着した。
「無礼な」
傍観していた兵士がいきり立った。
「お前、そういえば王子とか呼ばれていたな。しょぼい攻撃しやがって。奴隷の妾腹か」
真っ直ぐな侮蔑の言葉は、ハルシャの胸の裡の自尊心を大きく傷つけた。
「俺は次男だけど、王妃の息子だ」
「ああそうかい。そんな王妃様のご次男様というエライ人が、わざわざこんな所までやって来て、残党狩りなんて下層階級みたいなことをやっているのかい。プラバーカラの犬野郎からも、いらない子ども扱いされているんじゃねえか。笑わせ」
一閃。
首謀者がかなり長い台詞を言い続けることができたのは、途中でハルシャが左回りに動いて首謀者の背後に回ったからだった。背後から、今度は首謀者の右腕に棍棒を振り下ろす。
一度ではなく幾度も幾度も打ち付ける。背後なので、今度は唾を吐きかけられることはない。が、相手の顔に苦悶の表情が浮かぶのを見ることができないのは口惜しかった。
「デーヴァグプタは奸王と呼ばれているじゃないか。卑怯なことばかりしてきた男だぞ。そんな奴に忠誠を誓ったところで、単に便利に利用されるだけだったはずだ」
「だからうるせえよ。お前、肌の色からしたら俺と同じドラヴィダ系だろう。それなのに統王とか言って調子こいているプラバーカラの犬に尻尾振っているのかよ」
兵士が靴を履いた足の裏で、首謀者の鼻を正面から蹴りつけた。もう一人の兵士が首謀者の頭を後ろから両手で押さえていたので、後ろに倒れることによって力を逃がすことができず、蹴りの衝撃をまともに食らってしまった。左右の穴から仲良く鼻血が流れ出てきた。
「自分の現在置かれている立場を理解したらどうだ」
「言われなくても理解しているわ。俺は誇り高きラージプート戦士だ。ムンジャ草を口にくわえるようなことはしない」
戦士は、退かない者であることを証明するために、頭か或いは旗か武器かにムンジャ草を縛り付けて徴とする。ムンジャ草を口にくわえるということは、敵に降参するということだ。ハルシャもまた腰帯として三重に編んだムンジャ草を使用して出撃していた。本来は聖職者階級が使う腰帯である。
「もう捕まっているくせに偉そうにほざいてどうする。いい加減吐いた方が楽になれるぞ。さあ、他の仲間はどこに潜伏しているんだ。ここに居た連中だけが全てじゃないだろう」
首謀者は口を開けて笑った。二筋の鼻血が口の中に伝い入る。
「お前ら笑っていられるのも今のうちだぞ。プラバーカラの犬野郎も、その長男のラージャーも、デーヴァグプタ陛下の軍門に下ってみじめに野に屍をさらし、ハゲタカの餌になるのさ」
兵士が握り拳で殴りつけようとした時、待て、と将軍が制止した。
「ここは経験を積んでいただくために、ハルシャ王子のお力をお借りすることにしましょう」
ハルシャは太くて頑丈な木の棒を手渡された。片手でも持てるが、ずっしりとした重さがある棍棒だった。これで首謀者を殴るよう将軍から指示された。
「ただし守っていただきたい注意事項があります。あくまでも情報を引き出すための拷問ですので、今この時に相手を殺してしまっては意味が無いのでいけません。なので、首から上は殴らないでください。また、相手がしゃべれなくなるような攻撃も禁止です。その注意事項だけはしっかり守って、あとは相手を殺さない程度に殴りまくってください。日頃に抱いている不満や鬱憤をここで一気に吐き出すくらいの気持ちで思い切ってお願いします」
右手に重い棍棒を持って、ハルシャはその場に立ち尽くした。
よく考えてみれば、人間に対して明確に暴力をふるう場面は初めてかもしれない。
今まで、宮殿内で侍女が粗相をしたような場面でも、厳しい声で叱ることはあったが、肉体的に傷が残るような暴力はふるった経験は記憶に無い。
将軍も周囲の兵士たちも見ているので、逡巡している暇は無かった。
右手を高く掲げて斜めに振り下ろす。棍棒は首謀者の左肩の少し下の左腕に命中した。鎧は既に剥ぎ取っていて上半身裸なので、かなり痛いはずだ。腕ならば何本折れたとしても死にはしないだろうし、しゃべれなくなりもしないだろう。
首謀者は歯を食いしばって耐えたが呻き声が漏れるのは抑えられなかった。
この攻撃では駄目だ。相手に痛みは与えても、それに耐えられず情報を吐くように仕向けるには遠い。将軍も取り巻きの兵士も黙って眺めているが、無表情だ。ハルシャの攻撃に物足りなさを感じているのだろう。
再び右手を振り上げて、同じ場所を狙って棍棒を振り下ろす。黒い皮膚が破れて血が出てきたが、それでも首謀者は唸っただけだった。
重い棍棒を片手で持って振り下ろしただけでは打撃力が物足りないようだ。ハルシャは棍棒を両手で握りしめた。ほぼ真上に振り上げて、左肩を目がけて振り下ろす。ほんの一瞬風を切る音を残して肩の骨の部分に当たった。首謀者は強く目を瞑って短いながらも低い悲鳴が漏れた。
攻撃に夢中になって、ハルシャは首謀者の真正面の至近距離に位置してしまっていた。
首謀者が唾を吐きかけた。血の混じった唾はハルシャの右の太腿に付着した。
「無礼な」
傍観していた兵士がいきり立った。
「お前、そういえば王子とか呼ばれていたな。しょぼい攻撃しやがって。奴隷の妾腹か」
真っ直ぐな侮蔑の言葉は、ハルシャの胸の裡の自尊心を大きく傷つけた。
「俺は次男だけど、王妃の息子だ」
「ああそうかい。そんな王妃様のご次男様というエライ人が、わざわざこんな所までやって来て、残党狩りなんて下層階級みたいなことをやっているのかい。プラバーカラの犬野郎からも、いらない子ども扱いされているんじゃねえか。笑わせ」
一閃。
首謀者がかなり長い台詞を言い続けることができたのは、途中でハルシャが左回りに動いて首謀者の背後に回ったからだった。背後から、今度は首謀者の右腕に棍棒を振り下ろす。
一度ではなく幾度も幾度も打ち付ける。背後なので、今度は唾を吐きかけられることはない。が、相手の顔に苦悶の表情が浮かぶのを見ることができないのは口惜しかった。
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