秘剣 侶鶴雪香(ひけん りょかくせっこう)

冲令子

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通い弟子1

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 余雪は、同じ年頃の子供たちが暮らす大部屋に戻り、皆と一緒の稽古を再開した。そうなってしまうと、余雪と永芳の接点はほとんどなくなった。
 永芳は、以前から弟弟子の面倒をよく見ていたが、余雪のいざこざがあって以降は、自分の剣の修行はほとんどせず、主に通いの弟子に稽古をつけている。整った顔立ちで物腰の柔らかい永芳は、女子供に評判が良かった。

 ──情けなくないのかよ……

 卓越した剣の腕を持ちながら、脚の怪我と余雪のせいで自身は皆と同じ稽古すら許されない。余雪はもやもやとした気持ちを抱えながら、素人に剣術を指南する永芳へ目をやった。

「うん、筋がいいよ」

 笑顔でど素人をおだてる姿にイライラする。
 永芳が今そばについているのは、朱彪しゅひょうという余雪と同じ年頃の子供だった。
 この付近に住む裕福な商家の息子で、週に一回ほど稽古に来ている。通いの弟子の中では、確かに腕が立つ方で、内弟子の稽古に混ざることもあった。

 稽古が終わったのか、朱彪は永芳の腰に抱きついてじゃれている。内弟子があんな態度を取ろうものなら、永芳本人か周りの兄弟子から一喝されるだろうが、外弟子に対しては多少礼儀がおろそかでも、誰も何も言わない。朱彪の家は、飛鶴派に支援していると聞いたこともある。殊更大事に扱われているのだろう。
 穏やかな笑顔で朱彪の相手をする永芳を、余雪は苦々しく見つめた。





 その日の通い弟子の稽古には、初心者の娘子が多かったため、ある程度剣を振るうことのできる朱彪は、歳の近い内弟子に混ざって稽古をすることになった。

「おい、お前」

 余雪は朱彪の肩を掴んで向き合う。
 朱彪は、余雪の無礼な態度に嫌な顔もせず、ニコッと微笑んだ。
 金持ちで何不自由なく育ち、余雪のような相手にも寛大な心で接することができる。余雪が悪ふざけをすれば皆一斉に非難するのに、朱彪がおどけても笑って済ますだけで、窘める者もいない。余雪は、誰からも好かれる朱彪が嫌いだと思った。
 幸い、剣に関しては余雪の方が腕は上だ。

「お前、今日は俺と組んで稽古しろ」
「えっ? 君、強いだろう。でも、僕なんかでいいならぜひ相手をさせてくれ」

 こいつのことが大嫌いだ、と余雪ははっきり思った。

「なあ、せっかくだから勝負をしようぜ」
「勝手にそんなことをしたら叱られるだろう」
「黙ってたらわかるわけねえ」
「でも、君と僕とじゃ勝負にならないよ」

 余雪の提案に、朱彪は困った顔でチラッと永芳の方へ目をやった。無意識に永芳を頼る態度も気に食わない。

「じゃあ、俺は左手で相手をする。それなら文句ないだろう」

 朱彪はまだ悩む様子を見せていたが、余雪は利き手ではない左手で練習用の木剣を掴むと、有無を言わさず朱彪へ剣先を向けた。朱彪も仕方なく剣を握る。

  余雪は剣を合わせると、手加減せずに攻め込んだ。朱彪は余雪の勢いにたじろぎながら、なんとか食らいついてくる。
 一方的に攻めていた余雪だが、慣れない左手を使っているせいで、次第に剣が乱れてきた。朱彪はその隙を見逃さず、鋭い一撃を余雪に打ち込んだ。
 余雪は、朱彪の意外な力強さに内心焦った。朱彪は背丈はそこまで大きくないものの、相変わらず貧相な体つきの余雪と比べて、歳の割にがっしりとしている。太刀筋は単純だが、体重を乗せた剣を受けて、余雪は慌てて内功を巡らせた。
 利き手ではないせいで速さもない余雪に対して、最初は遠慮がちだった朱彪も次第に大胆な攻め方をしてくる。余雪は焦りのせいで防戦一方だ。

 追い詰められた余雪は、右脚で力任せに朱彪の両脚を払った。
 飛鶴派は正統な剣派としての誇りが高く、実戦でもこんな悪辣な手は使わない。ましてや稽古で、しかも幼年の外弟子相手に使うなど論外なのだが、余雪は尻餅をついて仰向けに倒れ込んだ朱彪の腹の上に跨り、上段に剣を構えた。
 もちろん当てるつもりはない。だが、怯える朱彪の表情にもやもやしていた胸のつかえがスッと下りる気がした。

「余雪!」

 大声で呼ばれた余雪は、振り返る間もなく内力の籠った平手で頬を張られて、一丈(約三メートル)ほども吹き飛んだ。
 地面に叩きつけられた余雪が頬を押さえて見上げると、険しい目つきで見下ろす永芳と目が合った。初めて見る永芳の怒りに、思わず泣き出しそうになった余雪は、グッと奥歯を噛み締めた。

 永芳は地面に倒れたままの朱彪に手を貸して起こすと、深々と頭を下げた。

「なっ……! やめろよ!」

 余雪がギョッとして叫ぶが、永芳は頭を下げたまま朱彪に詫びた。朱彪は慌てて永芳に顔を上げさせる。

「僕が悪いんです。僕が勝負しようって持ちかけてしまって......」

 永芳は呆然として朱彪を見た。混乱の後、ふつふつと怒りが沸いてくる。

「どんな理由であれ、あんな卑劣な手を使う余雪が悪いのです」

 永芳は遠巻きに成り行きを見ていた弟子に、余雪を屋敷へ連れて行くよう命じた。腕を掴まれて引きずられるように歩き出した余雪の背中に、朱彪の声が聞こえる。

「僕はなんともないから、彼に悪くしないであげてね」

 余雪はじっと唇を噛んで俯き、泣くのを我慢するのが精一杯だった。
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