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二人旅
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永芳は、総帥であり実の父でもある任家杰から告げられた内容に一瞬言葉を失ったが、すぐにいつも通りの表情で、
「承知しました」
と答えた。
一緒に話を聞いていた余雪は、ぽかんとした間抜けづらで任家杰を見るが、総帥は用件だけ告げるとすぐに永芳と余雪に部屋から出るよう手を払った。
「明日の朝には出発するから、準備を急ごう」
自室に戻る永芳を追いかけながら、余雪は、あの……と声をかけた。
「どういうことでしょうか……?」
「なんだ、ちゃんと聞いてなかったのか」
「いえ……」
余雪は口籠って、困ったような目で永芳を見下ろした。入門してから十年が経ち、出会った頃は永芳の腰のあたりまでしかなかった身長も、今では拳一つ分超えてしまった。
見下ろした永芳の顔は、いつも通りだった。
総帥の話はわかっている。
南方で魔教の動きが活発化しているため、現地の剣派と協力して状況を確認し、場合によっては征伐せよ、という内容だ。
でも、なぜ自分と永芳が……と問いかける前に気がついて、余雪は口を閉じた。
一月後に、正派の代表が飛鶴派の本山に集まって会合を開く予定だった。三年に一度、各派が持ち回りで開催するその会合は、武林の情勢についての話し合いや、武芸の披露会を行う一大行事だ。
各派を代表して長老や実力者が参加するのだが、飛鶴派の中で、永芳と余雪は微妙な立場にいた。
永芳は総帥の実子ではあるものの、後継者となるのは絶望的だった。
飛鶴派は世襲制ではないが、永芳は剣の技も弟子の中で一番上だ。実力からしても永芳が継ぐことは順当なのだが、問題は脚の怪我だった。
日常生活や稽古には影響ないとはいえ、実戦となると致命的な欠陥である。何より、魔教に敗れた──正確には相打ちなのだが──という悪印象がどうしてもついてまわる。
一方、余雪は永芳に次ぐ実力の持ち主だったが、生意気で調子のよい性格や、孤児であるという出自から、これも重要な立場にするのは難しい状況だ。
結局、対外的には長年総帥に仕えている最年長の者を一番弟子としており、今回の会合にもその者が次期総帥候補として出席するのだろう。
急ぎの用事ではないから、南方へは馬を大事に使ってゆっくり向かえと言われている。
目的地までは、軽功(気を操ることよって身軽になり、空を飛ぶように跳ねたり速く走ったりする技)を使えば、一日で到着するだろうが、指示の通りのんびり行けば、一月くらいかかるだろう。
要は、当分の間帰ってくるなということだ。
永芳と余雪が会合の間にこの地にいると、後継者問題がややこしくなると考えた任家杰が、体良く追い出したに過ぎない。
普段と変わらない表情で淡々と旅の指示を出す永芳を、余雪は気遣わしげに見つめた。
翌朝、まだ日も昇らない時間に、二人は旅立った。見送りもない寂しい出立だった。
薄暗い中、二頭の蹄の音だけが響く。
朝靄を掻き分けるようにして、誰もいない道を進むうちに、朝日が辺りを照らし始めた。
「いい朝だな」
永芳が目を眇めて、うっすらと朱色が差し込む空を見上げた。
陽の光を反射した靄の煌めきは、まるで永芳自身が輝いているように見えた。
侘しい旅立ちではあったが、普段とは違う空気に、余雪の胸はいつになく高揚していた。
夕刻になり、荒れた廃廟を見つけた二人は馬を降りた。
急げば、暗くなる前に宿場にたどり着くことも出来たが、そんな旅でもない。
余雪が馬の世話から戻ると、永芳が食事の準備をしていた。
「俺がやりますから、兄さんはゆっくりしていてください」
慌てて永芳の手から籠を奪うが、永芳は淡々と準備を続ける。
「二人だけなんだから、こういうことは分担しないと、この先やっていけないよ。お前も疲れただろうから、ゆっくりしていなさい」
余雪は仕方なく永芳に任せて、出来上がった簡易な食事を摂った。普段に比べれば侘しい夕飯だったが、永芳と二人きりだと思うと、余雪はそれだけで胸がいっぱいになった。
「お前は会合に出たかっただろう」
永芳がぽつりと溢した言葉に、余雪は顔を上げた。
祭りのような雰囲気や、各派の実力者と手合わせできるのは楽しみだったが、会合に出られないからといって、どうということもない。余雪にしてみれば、永芳と二人で旅に出られる方がよっぽど嬉しかった。
むしろ、永芳の方が気落ちしているはずだ。
後継者として華々しく紹介されることはなくとも、門派きっての実力者として演武に出ることくらいは期待していたのではなかっただろうか。
「お前まで、こんなことに付き合わせてすまないね。二人旅なんて、気が進まなかっただろう……わたしは、お前に嫌われているから」
俯いて自嘲気味に呟く永芳に、余雪は思わず目を見張った。
「え、……ち、違ッ……!」
慌てて否定するが、動揺で顔が赤く染まる。
「そ、そんなこと……ない……」
思わず子どもの頃のような言葉遣いで否定した余雪を、永芳は目を丸くして見つめた。
「承知しました」
と答えた。
一緒に話を聞いていた余雪は、ぽかんとした間抜けづらで任家杰を見るが、総帥は用件だけ告げるとすぐに永芳と余雪に部屋から出るよう手を払った。
「明日の朝には出発するから、準備を急ごう」
自室に戻る永芳を追いかけながら、余雪は、あの……と声をかけた。
「どういうことでしょうか……?」
「なんだ、ちゃんと聞いてなかったのか」
「いえ……」
余雪は口籠って、困ったような目で永芳を見下ろした。入門してから十年が経ち、出会った頃は永芳の腰のあたりまでしかなかった身長も、今では拳一つ分超えてしまった。
見下ろした永芳の顔は、いつも通りだった。
総帥の話はわかっている。
南方で魔教の動きが活発化しているため、現地の剣派と協力して状況を確認し、場合によっては征伐せよ、という内容だ。
でも、なぜ自分と永芳が……と問いかける前に気がついて、余雪は口を閉じた。
一月後に、正派の代表が飛鶴派の本山に集まって会合を開く予定だった。三年に一度、各派が持ち回りで開催するその会合は、武林の情勢についての話し合いや、武芸の披露会を行う一大行事だ。
各派を代表して長老や実力者が参加するのだが、飛鶴派の中で、永芳と余雪は微妙な立場にいた。
永芳は総帥の実子ではあるものの、後継者となるのは絶望的だった。
飛鶴派は世襲制ではないが、永芳は剣の技も弟子の中で一番上だ。実力からしても永芳が継ぐことは順当なのだが、問題は脚の怪我だった。
日常生活や稽古には影響ないとはいえ、実戦となると致命的な欠陥である。何より、魔教に敗れた──正確には相打ちなのだが──という悪印象がどうしてもついてまわる。
一方、余雪は永芳に次ぐ実力の持ち主だったが、生意気で調子のよい性格や、孤児であるという出自から、これも重要な立場にするのは難しい状況だ。
結局、対外的には長年総帥に仕えている最年長の者を一番弟子としており、今回の会合にもその者が次期総帥候補として出席するのだろう。
急ぎの用事ではないから、南方へは馬を大事に使ってゆっくり向かえと言われている。
目的地までは、軽功(気を操ることよって身軽になり、空を飛ぶように跳ねたり速く走ったりする技)を使えば、一日で到着するだろうが、指示の通りのんびり行けば、一月くらいかかるだろう。
要は、当分の間帰ってくるなということだ。
永芳と余雪が会合の間にこの地にいると、後継者問題がややこしくなると考えた任家杰が、体良く追い出したに過ぎない。
普段と変わらない表情で淡々と旅の指示を出す永芳を、余雪は気遣わしげに見つめた。
翌朝、まだ日も昇らない時間に、二人は旅立った。見送りもない寂しい出立だった。
薄暗い中、二頭の蹄の音だけが響く。
朝靄を掻き分けるようにして、誰もいない道を進むうちに、朝日が辺りを照らし始めた。
「いい朝だな」
永芳が目を眇めて、うっすらと朱色が差し込む空を見上げた。
陽の光を反射した靄の煌めきは、まるで永芳自身が輝いているように見えた。
侘しい旅立ちではあったが、普段とは違う空気に、余雪の胸はいつになく高揚していた。
夕刻になり、荒れた廃廟を見つけた二人は馬を降りた。
急げば、暗くなる前に宿場にたどり着くことも出来たが、そんな旅でもない。
余雪が馬の世話から戻ると、永芳が食事の準備をしていた。
「俺がやりますから、兄さんはゆっくりしていてください」
慌てて永芳の手から籠を奪うが、永芳は淡々と準備を続ける。
「二人だけなんだから、こういうことは分担しないと、この先やっていけないよ。お前も疲れただろうから、ゆっくりしていなさい」
余雪は仕方なく永芳に任せて、出来上がった簡易な食事を摂った。普段に比べれば侘しい夕飯だったが、永芳と二人きりだと思うと、余雪はそれだけで胸がいっぱいになった。
「お前は会合に出たかっただろう」
永芳がぽつりと溢した言葉に、余雪は顔を上げた。
祭りのような雰囲気や、各派の実力者と手合わせできるのは楽しみだったが、会合に出られないからといって、どうということもない。余雪にしてみれば、永芳と二人で旅に出られる方がよっぽど嬉しかった。
むしろ、永芳の方が気落ちしているはずだ。
後継者として華々しく紹介されることはなくとも、門派きっての実力者として演武に出ることくらいは期待していたのではなかっただろうか。
「お前まで、こんなことに付き合わせてすまないね。二人旅なんて、気が進まなかっただろう……わたしは、お前に嫌われているから」
俯いて自嘲気味に呟く永芳に、余雪は思わず目を見張った。
「え、……ち、違ッ……!」
慌てて否定するが、動揺で顔が赤く染まる。
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