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芍薬の香り2
しおりを挟むそれ以来、余雪は恥ずかしさから永芳に対してますます無愛想になったが、永芳は全く気にするそぶりを見せなかった。
余雪は永芳のことを意識してもどかしさや情けなさを感じているのに、永芳にとって余雪はただの弟弟子でしかない。精通に立ち会ったことすら、ぐずる子どもをあやした程度にしか思っていないだろう。永芳に何とも思われていないことも、余雪が素直になれない一因だった。
余雪は、隣で眠る永芳へ目を向けた。
廃廟には月明かりが差し込み、目を閉じる永芳を白い光が照らしていた。
視線が合わないのをいいことに、余雪はまじまじと永芳の寝顔を見つめた。伏せた睫毛が長い影を頬まで落としている。その顔を見つめていると、初めて精を放った時のことを思い出して、余雪は居た堪れずに起き上がった。
庭に降りて、所在なげに辺りを見渡す。
精通した時からずっと、達する瞬間に余雪の胸に浮かぶのは、いつも永芳のことだった。
兄弟子であり師父でもある永芳に対する裏切りのようで、射精した後はいつも後味の悪い思い気持ちになるのに、永芳のことを思い出す暇もなく、何の前触れもなくうっかり達したときは、物足りなさでもやもやした。
今まで、なるべく意識しないように距離をとってきたのに、二人きりで夜を過ごしていると思うと、途端にやましい気持ちが湧いてくる。永芳のことをそんな目で見たくはないのに、どうしてもみだりがわしい妄想をしてしまうのだ。
ため息を吐いた余雪は、不意にほのかな芳香を嗅いで視線を彷徨わせた。
──兄さんの匂いだ
庭の片隅に、たくさんの花弁が重なり合った白い花が咲いていた。華やかで美しいのに、誰にも顧みられることなく一輪だけぽつんと咲く様が永芳のようだと思った。
余雪は膝をついて花弁に鼻先を寄せた。幾重にも重なる花びらの奥の、淡い紅色が滲む花芯から甘い匂いが漂い、余雪の胸を満たした。
花の香りは控えめなのに、同じ匂いに包まれながら経験した、初めての快感が思い起こされて、むせかえるような体の疼きを覚えた。
無意識に褲(ズボン)へ手を伸ばした余雪は、背後からの物音にハッと振り向いた。
「何かあったのか」
月明かりに照らされた永芳が、心配そうな顔で余雪を見つめていた。内功に優れた永芳は、眠っていても微かな物音に反応できる。
慎ましい二人だけの旅とはいえ、魔教に襲われる可能性がないわけではない。夜中、急に寝床からいなくなった余雪を追って起きてきたのだろう。
「眠れなかったので、散策していました。起こしてしまってごめんなさい」
「何もないならいい」
永芳はひっそりと咲く花に気づくと、余雪の隣にしゃがんだ。
「芍薬か」
花の名前などわからない余雪は、初めて聞く『芍薬』という名前を口の中で反芻した。
「根の部分は薬になるんだ。疼痛や手足のひきつれによく効く」
「……兄さんも飲んでるの?」
余雪が訊くと、永芳は曖昧に微笑んだ。
年々、永芳の脚の痛みは酷くなるようで、以前はあまり目立たなかった右脚を引きずる癖も、最近は目につくようになっていた。
永芳は芍薬を見つめたまま、雪児、と小さく呟いた。
「……雪児は、わたしと一緒に眠るのは嫌だろうか?」
驚いた余雪が隣を見ると、永芳は唇をギュッと引き結んで俯いている。
「雪児がまだ幼い頃、その……吐精したことがあっただろう。あの時、お前が不安そうにしていたから、そばにいた方がいいと思ってああしたが、お前は『嫌だ』と言っていたから──」
「そ……、そんなこと、ない!」
余雪が言葉を遮ると、永芳は顔を上げた。その目は、しっとりと潤んでいた。
「あの時は……兄さんがいてくれてよかった」
余雪が呟くと、永芳はハッと驚いた表情になった後、まだ疑うように余雪の顔を覗き込んだ。
「わたしは、お前を傷つけたわけじゃなかったのか?」
「……兄さんにされて、嫌なことなんてないよ……」
顔に血が昇るのを感じる。夜でよかったと思ったが、月明かりは真っ赤になった余雪の表情を隠してはくれなかった。
永芳はためらうように、余雪へ手を伸ばした。
「じゃあ、触れてもいいか?」
余雪が不貞腐れたような顔で頷くと、月明かりに煌めく黒髪を、永芳の手がそっと撫でた。
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