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尋ね人
しおりを挟む翌日、余雪は焼け野原の片隅にあった、荼毘の痕跡に拝礼した。一門で運良く生き残った者か、近隣の住民が弔ってくれたことに感謝をする。
その後、通い弟子や支援者へ、できる限り挨拶をして回った。
余雪は愛想も良くないし、特に親しくしている者もいなかったが、永芳ならきっとこうするだろうと考え、騒動について詫びた。皆、余雪が生きていたことに驚き、同情的であった。
永芳の消息を尋ねてみるものの、心当りのある者はおらず、余雪がこれから永芳を探す旅に出るのだと言うと、路銀を恵んでくれた。
「これでしばらくは、なんとかなりそうだ」
余雪はみなしごの頃に、盗みや掏摸、ひったくりの類は一通り経験済みで、それをすることに罪悪感もない。ただ、そんなことをしながら会いに来たとバレたら、永芳にこっぴどく叱られるだろうと思うと、今回は大人しく路銀でやりくりするつもりでいた。
「お前ともここでお別れだな。仲間のところにちゃんと帰るんだぞ」
人懐っこい鶴の頭を撫でて別れを告げたが、鶴は低く滑空して余雪についてくる。撒いたり追い返したりしても、離れる様子がないので、余雪は諦めて鶴と共に北へ向かった。
永芳を探すのに、まずは土地勘のある南方から始めるつもりだったが、北の方が鶴の繁殖地に近いと思ったからだ。
魔教の拠点はいくつかあり、おおよその位置は江湖(武術者の世界)で知られているものの、簡単に踏み込める場所でもない。
余雪はとある拠点の近くまで辿り着くと、情報収集のために、目についた酒家に入った。
「こんなところで会うとは、縁があるな」
内力のこもった声に視線を向けると、奥の卓に座る黄世楊と目が合った。
余雪は気まずさを覚えながら黄世楊の元へ行き、抱拳した。
「……先日は無礼をいたしました。何分体調が優れず──」
余雪は、口から出まかせの言い訳で、この場を去ろうとするが、黄世楊に腕を掴まれる。
黄世楊もまた、永芳を探しにきた一人だった。
正派の醜聞として数人の幹部しか事情を知る者はいないが、黄世楊は飛鶴派を破門された身である。
その幹部も既に死に絶え、この混乱を機に名門飛鶴派の総帥に君臨しようと野心に燃える黄世楊にとって、永芳だけが邪魔な存在であった。
本来であれば、前総帥の実子であり、脚が不自由であるとはいえ、剣の実力は江湖に知られている永芳が飛鶴派を継ぐのが筋であろう。
その永芳が魔教の教主、劉玲華に連れ去られてこの近くの拠点にいることは確認済みだ。
劉が因縁により永芳を殺してくれていれば万々歳、そうでなくても魔教に幽閉されて、自らが総帥の座に就く邪魔にならなければよい。
黄世楊は、劉と永芳が異父兄弟であることは知っているが、劉の方でも、黄世楊が劉の父母を間接的に不幸へ追いやった人物であると知っている可能性がある。
永芳の現状を知りたいが、迂闊に魔教に近づけない黄世楊にとって、余雪が現れたのは渡りに船であった。
「先日のことは水に流してやろう。お前も任永芳を探しにきたのだろう」
骨が軋むほど腕を捻りあげられ、余雪は無理やり黄世楊の前に座らされた。横柄な態度は気に食わなが、黄世楊が心強い実力者であることは間違いない。
「前に会った時、魔教に対抗するための剣譜があると教えただろう? 剣譜は奪われてしまったが、儂は中身をすっかり暗記しておる。特別に、お前に伝授してやっても良い」
「本当ですか!?」
もちろん、そんなものはない。
剣譜の話は、余雪を自分の弟子にしたい黄世楊の出鱈目である。
だが、早く永芳を救わなければと焦る余雪は、黄世楊の話を信じてしまった。
「二人で力を合わせて、任家杰の倅を救おうじゃないか。さあ、まずは飲め!」
早速稽古をつけてもらえるかと期待していた余雪は、目の前に杯を置かれて困惑した。
酒など飲んでいる場合ではないのだが、機嫌を損ねて秘技を伝授してもらえなくなっても困る。仕方なく一気に杯を呷った途端、喉が焼けるような痛みにウッとえずいた。
思わず吐き出しそうになった余雪の口元を、黄世楊の厚い手のひらが覆う。
「死にたくなければ、儂の弟子になれ」
余雪の顔には脂汗が滲み、体はガタガタ震え出した。異常な反応に毒を盛られたと気づくも、窒息しそうなくらい口を押さえられて、吐き出すこともできない。
──俺の師父は、永芳兄さんだけだ
震えておぼつかない手を剣に伸ばした時、おや、と声をかけられた。
「何の騒ぎかと思えば、黄世楊殿ではないですか」
霞み始めた目を声の方に向けた余雪は、毒の苦しさも忘れて黄世楊を振り払った。神速の勢いで剣を抜くや、声の主である面具の男へ刺突を繰り出す。
「任永芳師兄はどこにいる!」
最後に永芳を見た時、確かにこの面具の男と一緒にいた。
「飛鶴派の本山で見た時より、随分剣捌きが素速くなっているね……師父の剣筋とそっくりだ」
面具を付けた劉玲華は、余雪の剣を受けながら、もう一方の手で黄世楊へ剣を向けた。
「黄世楊殿は隠居されていたはずですが、なぜこんなところに?」
劉玲華から冷たい目を向けられ、黄世楊もまた剣を抜いた。
三人とも双剣を構え、三つ巴で剣先を交える様子に、周りの者は逃げ出してしまった。がらんとした店の中には三人の微かな息遣いだけが響く。
飛鶴派を憎む劉玲華にとって、黄世楊もまた復讐の対象だった。
だが、仇敵がいなくなった劉の心に残ったのは、虚しさだけだった。胸に巣食う憎しみは消え去ることなく、犯した罪の分だけ重みを増して、さらに劉を苦しめる。
「後輩いじめとは、相変わらず人が悪い。この辺りが、我が教の勢力圏であることはご存知のはずです。黄世楊殿が大人しく山へ帰り、今まで通り静かに暮らすのであれば、この場は剣を収めましょう」
かつては名門正派総帥の座を競い合うほどの実力者だった黄世楊である。いくら魔教教主とはいえ、若輩者に言われたくらいで尻尾を巻いて逃げ出すわけにはいかない。
劉の不遜な態度に、怒りで顔を赤くした黄世楊は剣を繰り出した。
余雪は本来であれば、同門の先輩である黄世楊の助太刀をすべきなのだろうが、味方をする気にはなれなかった。二人が剣を交える隙を見てこの場から逃げ出そうとするが、劉に剣先で行く手を阻まれる。
劉の剣の腕は確かに一流だが、敵わない相手ではないと思った。だが、毒のせいで思うように体が動かず、余雪は劉の剣に対抗できぬまま、二人の闘いを見つめた。
黄世楊は気合いを迸らせ、劉玲華に切り込んでいった。飛鶴派剣法の特徴である、内功を込めた重い剣で的確に急所を狙う。
だが劉は攻撃を軽くいなすと、刺突の合間を縫って剣先を突き出した。
胸元が切り裂かれて素肌が見えると、黄世楊はサッと顔を曇らせた。
「黄世楊殿とわたしの父母の因縁は存じておりますが、わたしの方からあなたに関わるつもりはありません。正派の黄世楊殿がここにいれば、また諍いを生みかねません。この場はどうか、お引き取りいただけますか」
黄世楊は羞恥と怒りの籠った目を劉に向けるものの、力の差は歴然としていた。
飛鶴派総帥の座を諦めるのは惜しいが、劉玲華の復讐が自分に及ばないことがわかっただけでも安心できる。
黄世楊は捨て台詞のような悪態をついて、店を出て行った。
劉は剣を収めると、青ざめて汗をダラダラと流す余雪へ目を向けた。
余雪は立っているのも苦しい状態だったが、剣を持ち上げて劉に向けた。
「任……永芳師兄は…………」
劉玲華は剣を収めたまま、余雪の手を取って脈を診た。
「これを」
劉は丸薬を取り出し、余雪に差し出す。
「黄世楊より僕の方が毒には詳しいよ」
余雪は意識が遠のく中、どうせこのまま死ぬのならと丸薬を掴み、やけくそで口の中に放った。
飲み込んだ瞬間、体がビクッと跳ねて卒倒する。
劉玲華は床に倒れた余雪のそばにしゃがみ込むと、口をこじ開けて舌を掴み、じっと観察する。
「任永芳を探して、一人でこんなところまで来たの?」
虚な視線を彷徨わせる余雪を見つめながら、劉玲華は異父弟を思い浮かべた。
決着をつけるべく、劉玲華と永芳は剣を交えた。
永芳はやつれた様子が嘘のように、素早く重い剣を繰り出した。
剣の腕はほぼ互角、互いの手の内もよくわかっている。あとはどれだけ集中が続くかの問題であったが、永芳は鬼気迫る勢いで、息つく暇も与えず劉を攻め立てた。
数百手もやり合い、永芳の脚の痛みはすでに限界を超えていたが、劉の剣先を掻い潜って気合いと共に胸元へ剣を突き立てる。
冷たい剣先が触れたのは、劉が余雪に向けて剣を放ったのと同じ場所だった。
薄く削がれた肌から、血が一筋流れ落ちる。
だが、剣先がそれ以上進むことはなく、永芳は剣を放った。
「……復讐を果たさなくて良いのですか」
永芳は俯き、自分の手をじっと見つめた。
「余雪の思い出を血塗れにしたくない」
永芳は目を閉じて、震える声で呟いた。
「……ここは、辛い思い出が多すぎる」
その時、店の中に一羽の鶴が入ってきた。
鶴は苦しげに喘ぐ余雪に寄り添うと、心配そうに何度も頭を擦りつける。その様子は、敵と戦う余雪を心配そうに見つめていた永芳の姿に重なった。
「任永芳が今どうしているか、教えてあげよう」
耳鳴りの中で聞こえた声に、余雪は劉玲華の手を必死に掴んだ。
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