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異世界千夜一夜オアダイ
部屋を訪れたファルハドへ、アフラミールは気怠げな視線を向けた。正直なところ、今は誰の相手をする気力もなかったが、面会を断ればきっと落ち込むだろうと、ぎこちない笑顔で迎える。
「ここ数日、何も口にされていないと伺っています。少しでも召し上がってください」
女官が運び込んできた色とりどりの料理に、吐き気が込み上げる。だが、ファルハドの言う通り、食事は摂ったほうがいいだろう。王たるもの、こんなことで倒れるわけにはいかない。
「オカユなら食べる」
ファルハドは安堵の表情を浮かべると、食事の準備をしていた女官を追い払った。自ら粥の入った椀を掲げて、アフラミールの足元に跪く。
「そう仰ると思っていました」
ファルハドの手から、アフラミールへ金の匙が差し出される。淡く透ける重湯を口に含むと、米の甘みが喉を流れ落ちていった。
ファルハドがアフラミールの口から匙を引き抜くと、唾液が銀の糸を引いた。その濡れた匙で、白く霞む米粒を再び掬う。
白濁したとろみが、匙の先から肌を撫でるように滴り落ちた。赤い舌の上にその一滴が垂れ、アフラミールが味わうようにゆっくりと嚥下する。
「お前のオカユは、やはり旨いな」
実際に作っているのは宮殿の料理人だが、アフラミールの体調が悪い時は、ファルハドの『故郷』の料理である粥を食べるのが定番となっていた。
「来週、調停官が来ることが決まったようです」
しばらく無言で粥を差し出していたファルハドが、目を伏せたまま告げた。
アフラミールは小さく溜息をつくと、手を振って向けられた匙を払った。
「面倒なことになったものだな。たかだか不貞ごときで調停官のお出ましか」
「転移者が関わっていることですから……それに、『不貞ごとき』と言いながら、ラミーン様だってこんなに落ち込んでいるじゃないですか」
ファルハドが子どもっぽく突き出した唇を、アフラミールは苦笑しながら指先で摘んだ。
「おいで」
アフラミールが両手を広げると、不貞腐れた表情のまま、ファルハドはぼすんとその胸に体を預けた。床座に寝そべっていたアフラミールが、ファルハドの重みでクッションの山に埋もれる。
もう背丈もアフラミールより高くなったファルハドだが、未だに幼さが抜けない。まるで自分の体格や加害性に気付かないまま、無邪気に飛びついてくる大型犬のようだった。
――出会ったばかりの頃はこちらを警戒して、こんなふうに甘えてくることなどなかったのにな……
アフラミールがファルハドに出会ったのは十ニ年前、まだファルハドが六歳の時だった。
戦争奴隷としてアフラミールに献上されたファルハドは、痩せぎすで貧相な体つきをしていたが、深い森のような瞳には燃えたぎる激情が潜んでいた。
その反面、髪と同じ金色の長い睫毛がわずかに影を落とすと、途端に瞳の奥にある孤独が滲み出す。
天使のように無垢で儚げでありながら、どこか獰猛さが滲む容貌は、見る者の心をざわつかせる何かがあった。
労働力にもならない子どもの奴隷など興味もなかったが、放っておくには余りにもファルハドは美しすぎた。このまま下衆な金持ちにでも売られれば、酷く嬲られた挙句、死よりも辛い目に遭うだろう。
アフラミールが同情心からファルハドを引き取ったのは、彼がまだ十六歳、若き王となった直後のことだった。
敗戦国の王族であったファルハドは、幼いながらに礼儀作法や教養が身についており、頭の回転が速く、機転のきく子どもであった。
そして、整いすぎて気難しそうに見える外見とは裏腹に、アフラミールに対しては人懐っこく甘えてきた。
聡明で、素直で、自分を信じて疑わないファルハドに、アフラミールが庇護欲を覚えるのは仕方のないことだった。
度を越した寵愛だと陰口を叩く者もいたが、アフラミールには少年性愛の趣味はなく(そもそも、アフラミール自身がまだ少年と言っていい年頃だった)、妃を娶りハレムを築いてからは、口さがない連中も鳴りを潜めた。
もっとも、噂話などアフラミールは気にも留めていなかった。ファルハドのことは大事に思っていたが、所詮は奴隷である。アフラミール自身は、超えてはならない一線を引いているつもりだった。
「……デュッリーの不貞のせいで落ち込んでいるわけではない」
ファルハドの淡い金髪を梳きながら呟くと、アフラミールの脳裏には、数日前に目撃した場面が甦った。
薄暗い寝室の中、色とりどりの敷物が乱れる中心で、妃のデュッリーが他バースからの転移者に組み敷かれていた。
ただの不貞であれば、その場で二人とも斬って捨てても問題はないが、今回は相手がまずかった。転移者が絡むトラブルには、バース間の仲裁者である調停官を必ず召喚しなければならない。
「面倒に巻き込まれたのが嫌なのですか?」
ファルハドの問いに、アフラミールは溜息をつきながら頷いた。
「あの転移者はエロ漫画バースから来たんだったか? また『向こうの世界では常識だから』とか言われてうやむやにされるのだろうな。まったく、いつもいつも碌でもない目に巻き込まれる」
ここアラブハーレムバースには、エロ漫画バース、TLバース、シークものロマンス小説バース(エロ多め)、平成BLバースなどから定期的に転移者が訪れる。
外の熱風を遮断する寒いくらいの冷房、煌々と照らされるLEDライト、オフロードでも滑るように走行するレクサスLXのある暮らしが、他バースからの転移者が現れた途端、年代地域不詳のアラビアン世界に変わってしまうのだ。
転移の理由については、ハレムと親和性があるからなどと説明されるが、そんな世界と同系統と思われるのは、正直なところ迷惑でしかなかった。
アフラミールのための女の園とはいえ、ハレムは単に後継者を産み育てる場所でしかない。
百人を超える女官を統制するのは容易なことではなく、気ままな乱行パーティなど開かれるはずもないのだ。
「デュッリーには失望したが、不貞自体はショックではない。種馬のように女たちの相手をするのも骨が折れるからな。子さえ作らず、うまくやっている分には誰も文句は言わない」
「じゃあなぜ……?」
ファルハドの質問も尤もだ。
妃の不貞は確かに前代未聞だが、転移者絡みのトラブルには慣れているはずのアフラミールがここまで気落ちするのには、別の理由があった。
「ヨシオ」
アフラミールがそう呼ぶと、ファルハドは上体を起こして姿勢を正した。
──ぼくの本当の名前は、ヨシオと言うんです。
声変わり前の澄んだ声が、アフラミールの脳裏に甦った。
── アフラミール様にだけ教えます。もしぼくがこの名前をいつか忘れてしまっても、アフラミール様は覚えていてくれますか?
奴隷になると同時に、ファルハドは元の名前を失っている。
奴隷の元の名前など覚える義理がないどころか、過去の身分に固執するような態度を咎められてもおかしくはない発言であった。だがアフラミールはそれ以来、大事な話がある時は、ファルハドをこの名前で呼んだ。
「……これから話すことを口外すれば、たとえヨシオでも殺す」
アフラミールの真剣な表情に、ファルハドは息を呑んで頷いた。
「デュッリーと転移者がまぐわっているのを見た時、本来であれば、たとえ転移者であろうと権威のために二人をその場で殺してしまわなければならなかった。でも、わたしはそうしなかった。頭ではわかっていたのに、できなかった。わたしは……二人のまぐわいを止めたくなかったのだ」
ファルハドはじっとアフラミールを見つめて、話の続きを待った。
「つまり、わたしは…………デュッリーが他の男に抱かれている姿に興奮してしまったのだ」
「なるほど、主従逆転寝取られ萌えってことですね」
苦渋の表情で告白したアフラミールは、ファルハドの言葉に顔を上げた。
「シュジュ…………なに?」
「主従逆転、つまり、支配と服従の関係が逆転することに興奮する性癖です。この場合、下克上の方が近いのかな?」
こともなげに言うファルハドを、アフラミールはぽかんと見つめた。
ファルハドは心配そうな表情で、アフラミールの手を握る。
「ご自身が普通ではないのではと悩んでおられたのですね。主従逆転はまあ……メジャーではないかもしれませんが、寝取られは超人気コンテンツですよ」
ファルハドは床に置いてあったタブレットを手に取ると、素早く操作して画面をアフラミールへ向けた。
「19,973タイトル!?」
動画配信サイトのジャンル検索で表示された件数に、アフラミールは絶句した。
「ね? ラミーン様が気に止むようなことじゃないんです」
「しかし……」
アフラミールは額に手を当てて俯いた。
確かに、妻の不貞現場に興奮したことは、自分が気にしているほど異常ではないのかもしれない。しかし──
「……なぜお前はそんなことに詳しいんだ?」
疑いの目を向けるアフラミールに、ファルハドはもじもじと躊躇った後、重い口を開いた。
「ラミーン様は、ぼくの過去の名前をずっと覚えていてくれましたよね? でも、奴隷になる前の本当の名前は、『ナナイー』でした。ヨシオ── 汀嘉生という名前は、転生前……このバースに生まれ変わる前の名前なのです」
ファルハドの告白に、アフラミールはただ目を見開くことしかできなかった。
ずっと隠し事をしていたことを叱られると思っているのか、ファルハドは大きな体をしゅんと縮こませて、上目遣いにアフラミールを見つめる。
「……ちなみに、以前のバースとは?」
「受けがメス堕ちする同人BLバースです」
「そんな細かいジャンル分けがあるか?! おかしいだろ!!!!」
思わず出してしまった大声に、ファルハドがビクッと肩を竦める。
「……そうですよね、ラミーン様はエロ系のバースは大嫌いですよね……」
ファルハドがぐすんと鼻を啜って、涙の滲んだ目をゴシゴシと擦る。
「いや、そういうわけでは……驚いただけだ。すまない、大きな声を出してしまった」
アフラミールに非があるわけではないのでは? と思いつつ、メソメソと泣くファルハドの姿に罪悪感が込み上げてくる。
「……怒ってないですか?」
「怒ってない」
アフラミールが宥めるように背中を撫でると、ファルハドはギュッと抱きついてきた。
「ラミーン様」
アフラミールの胸に埋めていた顔を上げて、ファルハドが見つめる。
「ぼく、主従逆転できます」
唐突な宣言に、アフラミールは、は? と間の抜けた声を漏らした。
「寝取りできます。お妃様に見てもらいますか? ぼく、衆人環視とかラミーン様の……そういう姿を誰かに見せるのは嫌だけど、ラミーン様が望むならやります」
ファルハドが抱きついたまま前のめりになると、その重みでアフラミールは床座に倒れ込んだ。
仰向けにひっくり返ったアフラミールの上に覆い被さるようにして、ファルハドが顔を寄せる。
黒髪のアフラミールとは違う、金髪と翠眼を持つファルハドは、コーカソイドならではの、がっしりとした体格に育った。
むっちりと発育した胸筋に押しつぶされそうになり、アフラミールは十も歳下のファルハドに、初めて怖じ気づいた。
「ま、待て! そもそもお前、経験はあるのか?」
「……ないけど、受けがメス堕ちする同人BLバースの攻めだった記憶があるから、できるもん」
じりじりと後退るアフラミールを、ファルハドが哀しげな瞳で見つめた。
「ラミーン様は、ぼくとしたくないですか?」
「いや、そういうことではなく……」
本音を言えば、したいわけがない。
ファルハドのことをそんな目で見たことはないし、男とする趣味もない。
だが、眉尻を下げて目を潤ませるファルハドを拒むこともできなかった。
「……わかった。だが、わたしは決してその……主従逆転プレイがしたいわけでは──」
ファルハドがぎゅうぎゅう抱きつくせいで、アフラミールは最後まで話し終えることができなかった。
「キスしていいですか?」
ファルハドが首を傾げて顔を覗き込む。
「……お前はしたいのか?」
ファルハドからの愛情は常々感じていたが、性欲を伴うものだとは思ってもいなかった。もしかしたら、転生前のバースの影響なのかもしれない。そうであれば、ファルハドの気持ちを受け入れるのは正しいことなのだろうか……。
返事に詰まったアフラミールを、ファルハドが不安げに見つめる。またじわっと目の淵に涙が溜まる様子に、慌てて『好きにしろ』と口走った。
「ありがとう! 大好き!!」
ファルハドは満面の笑みで、やけくそ気味のアフラミールの唇を塞いだ。
図体だけが大きくなって、仕草も言葉遣いも甘ったれたままのファルハドだが、その口づけは巧みだった。
唇を舌先でなぞって口を開かせると、下唇を優しく咥える。単にじゃれついているようにも思えるキスだったが、スキンシップや親愛の口づけではなく、性交を前提とした接吻だった。
「……ま、待ってくれ!」
アフラミールは顔を背けると、ファルハドの胸を押し返した。
「やっぱり、こういうことはしなくていい……。したいなら、さっさと挿れろ」
「え……やだよ。そんなの駄目だ。ラミーン様に気持ちよくなって欲しい」
ファルハドの指が、宝石をちりばめた腰紐を解く。深い藍色に染められた絹のローブを優しく払うと、それは重力に従って肩から抜け落ちた。裏地に刺繍された金糸の繊細な紋様が、二人の下に広がる。
シャルワール(ゆったりしたズボン)だけとなったアフラミールの、小麦のように金色に輝く肌にファルハドの白い手がそっと添えられた。
アフラミールの素肌を見た途端、ファルハドの息が荒くなる。
落ち着かせるために声をかけようとしたアフラミールは、いきなり乳首を咥えられて、咄嗟に口を引き結んだ。
ねっとりと乳暈を吸われながら乳首を甘噛みされると、下半身がドッと熱を待った。もう一方の乳首をキュッと摘まれて、思わず腰が揺れる。
「ラミーン様」
胸から顔を上げたファルハドが、肌を撫でながら名前を呼んだ。
「気持ち良くないですか? ぼく下手?」
アフラミールは食いしばっていた歯の力を抜いて、ファルハドを見た。
ファルハドが抱きたいというのなら、一度くらい相手をしてやるのは構わない。だが、主導権を握るのは、アフラミールだ。翻弄されるようなことがあってはならない。
「……そのまま続けろ」
「それって、下手じゃないってこと?」
「うるさい。何も考えるな」
「言ってくれなきゃわかんないもん」
ファルハドの手がシャルワールの中に入ってきて、股間をまさぐる。
「あっ、すごい……熱い…………。これって、ラミーン様も気持ちいいってことですよね?」
ね? ね? と何度も訊いてくるファルハドから、アフラミールは目を逸らした。顔に血が昇って火が出そうだった。
陰茎を触っていた手が、そのまま奥に差し入れられる。陰嚢や会陰を撫でながら、時折指先が穴を掠めていった。
男同士での性交はこういうことだとわかってはいたものの、羞恥心でファルハドの顔をまともに見ることができない。
「ここに挿れるって考えるだけで、イキそうです……」
ファルハドが指先をつぷつぷと出し挿れしながら、うっとりと耳元で呟く。吐息がかかるだけで、アフラミールはビクンと体を揺らした。
我慢できないならさっさと挿れてしまえばいいと思うのに、ファルハドはアフラミールの服を丁寧に脱がしていった。
爛々とした目で、全裸を隅々まで見つめられる。触れられてもいないのに、汗で陰嚢に張り付いた陰茎が、ゆっくりと勃ち上がった。
寒いくらいの冷房が入っているにもかかわらず、体が熱い。
アフラミールと同じくらい熱を纏ったファルハドが、先走りで濡れるアフラミールのものを口に含んだ。
躊躇なく喉奥まで飲み込まれたアフラミールは、ギョッとして上体を起こした。
ファルハドが大きな体を丸めて屈み込み、股間に顔を埋めている。そして、アフラミールのものをしゃぶるのと同時に、自分の陰茎を扱いていた。
透けるような白い肌とは対照的に、ファルハドのものは異物のように赤黒くそそり立って、血管が浮きあがっていた。何より、ファルハドの大きな手でも掴みきれないほどの巨根だった。
大きな口で吸引され、喉奥で締め付けられる快感は強烈だったが、アフラミールの興奮を煽ったのは、ファルハドが自分のものを雑に扱く姿だった。夢中になってしゃぶりつきながら自慰する姿に、腹の底がギューっと疼く。
──わたしの中に挿れたらいいのに……
一瞬よぎった自らの考えに、アフラミールは動揺した。
流されてこんなことになってしまったが、本当にこれでいいのだろうか。
家族と生き別れて、奴隷としてたった一人砂漠の地に流れ着いたファルハドにとって、アフラミールは恩人だ。家族の愛情を知らないファルハドが、幼い頃からの愛着や独占欲を性愛と結びつけてしまったとしても、責めることはできない。アフラミールも甘やかして育てた自覚はある。
元々、ファルハドには気立ての良い女官を見繕って下賜するつもりだった。
──ここで止めて、なかったことにすれば……
黙り込むアフラミールに気づいたファルハドが顔を上げて、不思議そうに首を傾げる。
興奮で上気した表情は大人の男の顔だが、アフラミールにだけわかる、幼い頃の面影が確かに滲んでいた。
「どうかしましたか?」
不安そうに尋ねるファルハドに、アフラミールは首を振った。
狩猟も乗馬も音楽も詩も、ファルハドの初めてを手ほどきしたのは、全てアフラミールだ。この役目をほかの誰かに渡すことはできない。
「……なんでもない」
アフラミールは、ファルハドの手を掴んで引き寄せた。
「……いいの?」
散々好き勝手しておきながら、今さらいいも悪いもないだろうと思うが、アフラミールは黙って頷いた。
「痛かったり、苦しかったりしたら言ってくださいね。絶対、無理はしないでくださいね」
無理せずにあの大きさが入るか馬鹿、と心の中で罵りながら、ファルハドが太腿を掴んで脚の間に入り込むのを見つめる。
濡れた先端を押し当てられると、まるで悦んでいるかのように窄まりがひくひくと蠢く。ゆっくりと押し広げられる感覚に、アフラミールは無意識のうちに腰を突き出した。
──入ってくる……♡♡
しんと静まった中、固唾を飲んで見守っていると、アッというファルハドの焦った声が響いた。
その直後、生温かい濡れた感触と青臭い匂いが広がる。
アフラミールがファルハドへ視線を向けると、びくんびくんと体を震わせながら、戸惑うような、怒ったような表情で目に涙を浮かべていた。
アフラミールは慌てて体を起こすと、ファルハドの背中を撫でて宥めた。
「別に、恥ずかしがるようなことじゃない。ほら、まだ元気じゃないか。やり直せばいいだろう?」
ファルハドはぐずぐずと鼻を啜りながら、アフラミールから目を逸らした。
「……嘘じゃないです。本当にできますから! 今のはたまたまだから……!」
「わかった、わかった。嘘つきだなんて思ってない」
まだ上を向いたままのファルハドのものを、アフラミールがそっと握り、精液で濡れた穴に導く。なんでもない風を装っていたが、アフラミールの心臓はばくばくと音を立てて、指先は震えそうだった。
ファルハドは呆然としてアフラミールのすることを見つめていたが、くちゅっと音を立てて粘膜が触れ合った瞬間、焦ったようにアフラミールを押し倒して一気に腰を突き入れた。
「お゛っ…………♡」
はしたない声が漏れて、アフラミールは咄嗟に手で口を塞いだ。
「待て……! この体勢は……駄目だ」
このままだと、絶対に情けない表情や恥ずかしい声を晒け出してしまう。慌てたアフラミールは、ファルハドの動きを止めて体を起こした。
頭に血が上り、タガが外れたような様子だったファルハドは、ハッと我に返ってアフラミールを見つめた。
「……確かに、初めては後ろからの方がいいって言いますよね」
意外にもあっさりと同意したファルハドは、アフラミールを壊れ物のように抱き起こす。細心の注意を払ってうつ伏せに横たえ、背中に覆い被さるようにして耳元に口づけを落とすと、両手で腹を掬い、腰を上げさせる。
「あれ」
ファルハドの声に、アフラミールはビクッと体を揺らした。
「ラミーン様、これ我慢汁? 射精してるの?」
アフラミールが四つん這いの姿勢のまま、腹の方を覗き込むと、尿道口からダラーッと汁が糸を引いていた。
量は多くないものの絶え間なく垂れ続けるそれは、鹿や鳥が草花の中で戯れる意匠の、色鮮やかな絨毯に水溜りを作っていた。
「え、これ……なん──ッ♡♡」
動揺するアフラミールの背中に、ファルハドがぎゅっとのしかかる。その勢いのまま、ファルハドのもので中を突かれた。
挿入の衝撃で、さらにどろりと汁が溢れた。
「待て、いきなりそんな、── あ゛ッ♡♡」
アフラミールの背中を覆い隠すファルハドのせいで、身動きが取れない。なんとか這って抜け出そうとするが、ファルハドのものが大きくて長くて、少しずりあがった程度では抜けそうもない。
逃げようとする腰を、ファルハドが掴んでグッと引き寄せると、ぐぽっと奥に嵌った。
「あっ、ラミーン様、奥吸わないでぇ!」
奥がきゅんきゅんと収縮してファルハドのものにしゃぶりつくのが、アフラミールにもわかった。
ファルハドは情けない声をあげながらも、その奥の一点を狙ってガツガツと腰を振る。
上から押し潰される重みと、中を突き上げられる圧迫感で息が苦しい。
奥までみっちりと埋め込まれて、入っているだけで前立腺を押し潰されるのに、長いストロークでさらにごりごりと擦られて、アフラミールは声も上げずにビクビクと痙攣した。
「ラミーン様、平気? 気持ちいいですか?」
ファルハドが背中にベッタリと張り付いて耳元で尋ねるが、アフラミールは返事をする余裕もない。
「ラミーン様!?」
反応がないアフラミールに焦ったファルハドが、挿入したまま器用にごろりとアフラミールの体を反転させる。
顔を隠す余裕もなかったアフラミールは、涙と涎で汚れた表情で、ファルハドを見上げた。
アフラミールと目が合った瞬間、おろおろと不安そうだったファルハドの目つきが変わった。
ファルハドは黙ってアフラミールの片脚を担ぐと、膝立ちのまま側位で腰を振る。
「あ゛ーーッ♡イ゛、ッぅぐ……~~ッ♡♡お゛ッ……♡♡あ゛っ、いぐぅ゛……ッッ!!」
ファルハドが腰を打ちつけるたび、アフラミールの足首に巻かれた繊細な金鎖が、さらさらと音を立てる。アフラミールはその脚をピンッと伸ばしたまま仰け反り、勢いのない射精を漏らした。
「ラミーン様、気持ちいいですか? 奴隷に抱かれて興奮しますか?」
アフラミールが涙で濡れた虚な目を、ファルハドに向ける。
「馬鹿だな」
アフラミールは気怠げに腕を伸ばしてファルハドを引き寄せると、汗で濡れた体を抱いた。
「奴隷に興奮しているんじゃない。ファルーに興奮しているんだ」
奴隷という身分でも、前世のヨシオでもない。アフラミールにとって大切な存在は、ファルハドだけだった。
肩口に顔を埋めたファルハドが、ぐすんと鼻を啜った。
「ラミーン様はいい匂いがしますね」
アフラミールの匂いは香水の香りだが、ファルハドからは陽だまりにいる猫の毛皮のような体臭がした。
ファルハドはいつも、甘い匂いがする。
今まではそれを、乳臭い子どもっぽい匂いだと思っていたけれど、今日からは別の意味を持つだろう。
アフラミールはファルハドの額の汗を拭い、張り付いていた髪を後ろになでつけてやった。そのまま髪の中に指をくぐらせて頭を支え、舌を深く絡ませる。
ファルハドも、絨毯の上に後光のように広がる、緩くうねるアフラミールの黒い巻き毛を指に絡ませた。
ファルハドがゆっくりと腰の律動を再開し、二人の快感が高まっていく。
ファルハドとアフラミールは、しっかりと抱き合ったまま、同時に達した。
調停官が帰った後、アフラミールは大きなため息をついた。
「お疲れ様でございました」
ファルハドが差し出したワインを、一気に呷る。
不貞相手の転移者は強制送還、王妃とは円満に離縁と、想定通りの決着となった。特に揉めることはなかったものの、精神的なダメージは大きい。
「……わたしも別バースに行ってみたいものだな」
思わずぽつりと呟くと、ファルハドが目を輝かせた。
「いいですね! ラミーン様はずっとお休みもされずに働き詰めですから、しばらく休暇を取っても文句は言われませんよ」
単なる思いつきで漏らした独り言だったが、しばらくバース旅行に出かけるのもいいかもしれないと思い始めた。
「どこか行きたいところはありますか?」
「そうだな……」
軽く酩酊した頭で、ぼんやりと考えを巡らせる。
「王とかハレムとか、そういうのは疲れた……。庶民の普通の生活がしてみたい。護衛がぞろぞろついてくるようなところはナシだ」
アフラミールがそう呟くと、ファルハドはおずおずと口を開いた。
「……ぼくはご一緒してもいいんでしょうか?」
ファルハドに言われて、アフラミールはほろ酔い気分からサッと醒めた。すっかり二人だけのプライベート旅行だと思い込んでいた。
「あ、ああ。お前と二人くらいがちょうどいい。いや……予定があるなら構わないが…………」
「まさか! 絶対、絶対楽しい旅行にしましょうね!」
ファルハドはウキウキと微笑みながら、早速予約サイトを開いた。
「安全で庶民的な暮らしが体験できるバースをご希望ですね! 手配はお任せください!」
「ああ、頼んだ」
その後、二人はお忍び旅行を満喫したが、滞在先がどすけべ団地妻(♂)バースだとアフラミールが気づいたのは、到着してから数日後のことだった。
「ここ数日、何も口にされていないと伺っています。少しでも召し上がってください」
女官が運び込んできた色とりどりの料理に、吐き気が込み上げる。だが、ファルハドの言う通り、食事は摂ったほうがいいだろう。王たるもの、こんなことで倒れるわけにはいかない。
「オカユなら食べる」
ファルハドは安堵の表情を浮かべると、食事の準備をしていた女官を追い払った。自ら粥の入った椀を掲げて、アフラミールの足元に跪く。
「そう仰ると思っていました」
ファルハドの手から、アフラミールへ金の匙が差し出される。淡く透ける重湯を口に含むと、米の甘みが喉を流れ落ちていった。
ファルハドがアフラミールの口から匙を引き抜くと、唾液が銀の糸を引いた。その濡れた匙で、白く霞む米粒を再び掬う。
白濁したとろみが、匙の先から肌を撫でるように滴り落ちた。赤い舌の上にその一滴が垂れ、アフラミールが味わうようにゆっくりと嚥下する。
「お前のオカユは、やはり旨いな」
実際に作っているのは宮殿の料理人だが、アフラミールの体調が悪い時は、ファルハドの『故郷』の料理である粥を食べるのが定番となっていた。
「来週、調停官が来ることが決まったようです」
しばらく無言で粥を差し出していたファルハドが、目を伏せたまま告げた。
アフラミールは小さく溜息をつくと、手を振って向けられた匙を払った。
「面倒なことになったものだな。たかだか不貞ごときで調停官のお出ましか」
「転移者が関わっていることですから……それに、『不貞ごとき』と言いながら、ラミーン様だってこんなに落ち込んでいるじゃないですか」
ファルハドが子どもっぽく突き出した唇を、アフラミールは苦笑しながら指先で摘んだ。
「おいで」
アフラミールが両手を広げると、不貞腐れた表情のまま、ファルハドはぼすんとその胸に体を預けた。床座に寝そべっていたアフラミールが、ファルハドの重みでクッションの山に埋もれる。
もう背丈もアフラミールより高くなったファルハドだが、未だに幼さが抜けない。まるで自分の体格や加害性に気付かないまま、無邪気に飛びついてくる大型犬のようだった。
――出会ったばかりの頃はこちらを警戒して、こんなふうに甘えてくることなどなかったのにな……
アフラミールがファルハドに出会ったのは十ニ年前、まだファルハドが六歳の時だった。
戦争奴隷としてアフラミールに献上されたファルハドは、痩せぎすで貧相な体つきをしていたが、深い森のような瞳には燃えたぎる激情が潜んでいた。
その反面、髪と同じ金色の長い睫毛がわずかに影を落とすと、途端に瞳の奥にある孤独が滲み出す。
天使のように無垢で儚げでありながら、どこか獰猛さが滲む容貌は、見る者の心をざわつかせる何かがあった。
労働力にもならない子どもの奴隷など興味もなかったが、放っておくには余りにもファルハドは美しすぎた。このまま下衆な金持ちにでも売られれば、酷く嬲られた挙句、死よりも辛い目に遭うだろう。
アフラミールが同情心からファルハドを引き取ったのは、彼がまだ十六歳、若き王となった直後のことだった。
敗戦国の王族であったファルハドは、幼いながらに礼儀作法や教養が身についており、頭の回転が速く、機転のきく子どもであった。
そして、整いすぎて気難しそうに見える外見とは裏腹に、アフラミールに対しては人懐っこく甘えてきた。
聡明で、素直で、自分を信じて疑わないファルハドに、アフラミールが庇護欲を覚えるのは仕方のないことだった。
度を越した寵愛だと陰口を叩く者もいたが、アフラミールには少年性愛の趣味はなく(そもそも、アフラミール自身がまだ少年と言っていい年頃だった)、妃を娶りハレムを築いてからは、口さがない連中も鳴りを潜めた。
もっとも、噂話などアフラミールは気にも留めていなかった。ファルハドのことは大事に思っていたが、所詮は奴隷である。アフラミール自身は、超えてはならない一線を引いているつもりだった。
「……デュッリーの不貞のせいで落ち込んでいるわけではない」
ファルハドの淡い金髪を梳きながら呟くと、アフラミールの脳裏には、数日前に目撃した場面が甦った。
薄暗い寝室の中、色とりどりの敷物が乱れる中心で、妃のデュッリーが他バースからの転移者に組み敷かれていた。
ただの不貞であれば、その場で二人とも斬って捨てても問題はないが、今回は相手がまずかった。転移者が絡むトラブルには、バース間の仲裁者である調停官を必ず召喚しなければならない。
「面倒に巻き込まれたのが嫌なのですか?」
ファルハドの問いに、アフラミールは溜息をつきながら頷いた。
「あの転移者はエロ漫画バースから来たんだったか? また『向こうの世界では常識だから』とか言われてうやむやにされるのだろうな。まったく、いつもいつも碌でもない目に巻き込まれる」
ここアラブハーレムバースには、エロ漫画バース、TLバース、シークものロマンス小説バース(エロ多め)、平成BLバースなどから定期的に転移者が訪れる。
外の熱風を遮断する寒いくらいの冷房、煌々と照らされるLEDライト、オフロードでも滑るように走行するレクサスLXのある暮らしが、他バースからの転移者が現れた途端、年代地域不詳のアラビアン世界に変わってしまうのだ。
転移の理由については、ハレムと親和性があるからなどと説明されるが、そんな世界と同系統と思われるのは、正直なところ迷惑でしかなかった。
アフラミールのための女の園とはいえ、ハレムは単に後継者を産み育てる場所でしかない。
百人を超える女官を統制するのは容易なことではなく、気ままな乱行パーティなど開かれるはずもないのだ。
「デュッリーには失望したが、不貞自体はショックではない。種馬のように女たちの相手をするのも骨が折れるからな。子さえ作らず、うまくやっている分には誰も文句は言わない」
「じゃあなぜ……?」
ファルハドの質問も尤もだ。
妃の不貞は確かに前代未聞だが、転移者絡みのトラブルには慣れているはずのアフラミールがここまで気落ちするのには、別の理由があった。
「ヨシオ」
アフラミールがそう呼ぶと、ファルハドは上体を起こして姿勢を正した。
──ぼくの本当の名前は、ヨシオと言うんです。
声変わり前の澄んだ声が、アフラミールの脳裏に甦った。
── アフラミール様にだけ教えます。もしぼくがこの名前をいつか忘れてしまっても、アフラミール様は覚えていてくれますか?
奴隷になると同時に、ファルハドは元の名前を失っている。
奴隷の元の名前など覚える義理がないどころか、過去の身分に固執するような態度を咎められてもおかしくはない発言であった。だがアフラミールはそれ以来、大事な話がある時は、ファルハドをこの名前で呼んだ。
「……これから話すことを口外すれば、たとえヨシオでも殺す」
アフラミールの真剣な表情に、ファルハドは息を呑んで頷いた。
「デュッリーと転移者がまぐわっているのを見た時、本来であれば、たとえ転移者であろうと権威のために二人をその場で殺してしまわなければならなかった。でも、わたしはそうしなかった。頭ではわかっていたのに、できなかった。わたしは……二人のまぐわいを止めたくなかったのだ」
ファルハドはじっとアフラミールを見つめて、話の続きを待った。
「つまり、わたしは…………デュッリーが他の男に抱かれている姿に興奮してしまったのだ」
「なるほど、主従逆転寝取られ萌えってことですね」
苦渋の表情で告白したアフラミールは、ファルハドの言葉に顔を上げた。
「シュジュ…………なに?」
「主従逆転、つまり、支配と服従の関係が逆転することに興奮する性癖です。この場合、下克上の方が近いのかな?」
こともなげに言うファルハドを、アフラミールはぽかんと見つめた。
ファルハドは心配そうな表情で、アフラミールの手を握る。
「ご自身が普通ではないのではと悩んでおられたのですね。主従逆転はまあ……メジャーではないかもしれませんが、寝取られは超人気コンテンツですよ」
ファルハドは床に置いてあったタブレットを手に取ると、素早く操作して画面をアフラミールへ向けた。
「19,973タイトル!?」
動画配信サイトのジャンル検索で表示された件数に、アフラミールは絶句した。
「ね? ラミーン様が気に止むようなことじゃないんです」
「しかし……」
アフラミールは額に手を当てて俯いた。
確かに、妻の不貞現場に興奮したことは、自分が気にしているほど異常ではないのかもしれない。しかし──
「……なぜお前はそんなことに詳しいんだ?」
疑いの目を向けるアフラミールに、ファルハドはもじもじと躊躇った後、重い口を開いた。
「ラミーン様は、ぼくの過去の名前をずっと覚えていてくれましたよね? でも、奴隷になる前の本当の名前は、『ナナイー』でした。ヨシオ── 汀嘉生という名前は、転生前……このバースに生まれ変わる前の名前なのです」
ファルハドの告白に、アフラミールはただ目を見開くことしかできなかった。
ずっと隠し事をしていたことを叱られると思っているのか、ファルハドは大きな体をしゅんと縮こませて、上目遣いにアフラミールを見つめる。
「……ちなみに、以前のバースとは?」
「受けがメス堕ちする同人BLバースです」
「そんな細かいジャンル分けがあるか?! おかしいだろ!!!!」
思わず出してしまった大声に、ファルハドがビクッと肩を竦める。
「……そうですよね、ラミーン様はエロ系のバースは大嫌いですよね……」
ファルハドがぐすんと鼻を啜って、涙の滲んだ目をゴシゴシと擦る。
「いや、そういうわけでは……驚いただけだ。すまない、大きな声を出してしまった」
アフラミールに非があるわけではないのでは? と思いつつ、メソメソと泣くファルハドの姿に罪悪感が込み上げてくる。
「……怒ってないですか?」
「怒ってない」
アフラミールが宥めるように背中を撫でると、ファルハドはギュッと抱きついてきた。
「ラミーン様」
アフラミールの胸に埋めていた顔を上げて、ファルハドが見つめる。
「ぼく、主従逆転できます」
唐突な宣言に、アフラミールは、は? と間の抜けた声を漏らした。
「寝取りできます。お妃様に見てもらいますか? ぼく、衆人環視とかラミーン様の……そういう姿を誰かに見せるのは嫌だけど、ラミーン様が望むならやります」
ファルハドが抱きついたまま前のめりになると、その重みでアフラミールは床座に倒れ込んだ。
仰向けにひっくり返ったアフラミールの上に覆い被さるようにして、ファルハドが顔を寄せる。
黒髪のアフラミールとは違う、金髪と翠眼を持つファルハドは、コーカソイドならではの、がっしりとした体格に育った。
むっちりと発育した胸筋に押しつぶされそうになり、アフラミールは十も歳下のファルハドに、初めて怖じ気づいた。
「ま、待て! そもそもお前、経験はあるのか?」
「……ないけど、受けがメス堕ちする同人BLバースの攻めだった記憶があるから、できるもん」
じりじりと後退るアフラミールを、ファルハドが哀しげな瞳で見つめた。
「ラミーン様は、ぼくとしたくないですか?」
「いや、そういうことではなく……」
本音を言えば、したいわけがない。
ファルハドのことをそんな目で見たことはないし、男とする趣味もない。
だが、眉尻を下げて目を潤ませるファルハドを拒むこともできなかった。
「……わかった。だが、わたしは決してその……主従逆転プレイがしたいわけでは──」
ファルハドがぎゅうぎゅう抱きつくせいで、アフラミールは最後まで話し終えることができなかった。
「キスしていいですか?」
ファルハドが首を傾げて顔を覗き込む。
「……お前はしたいのか?」
ファルハドからの愛情は常々感じていたが、性欲を伴うものだとは思ってもいなかった。もしかしたら、転生前のバースの影響なのかもしれない。そうであれば、ファルハドの気持ちを受け入れるのは正しいことなのだろうか……。
返事に詰まったアフラミールを、ファルハドが不安げに見つめる。またじわっと目の淵に涙が溜まる様子に、慌てて『好きにしろ』と口走った。
「ありがとう! 大好き!!」
ファルハドは満面の笑みで、やけくそ気味のアフラミールの唇を塞いだ。
図体だけが大きくなって、仕草も言葉遣いも甘ったれたままのファルハドだが、その口づけは巧みだった。
唇を舌先でなぞって口を開かせると、下唇を優しく咥える。単にじゃれついているようにも思えるキスだったが、スキンシップや親愛の口づけではなく、性交を前提とした接吻だった。
「……ま、待ってくれ!」
アフラミールは顔を背けると、ファルハドの胸を押し返した。
「やっぱり、こういうことはしなくていい……。したいなら、さっさと挿れろ」
「え……やだよ。そんなの駄目だ。ラミーン様に気持ちよくなって欲しい」
ファルハドの指が、宝石をちりばめた腰紐を解く。深い藍色に染められた絹のローブを優しく払うと、それは重力に従って肩から抜け落ちた。裏地に刺繍された金糸の繊細な紋様が、二人の下に広がる。
シャルワール(ゆったりしたズボン)だけとなったアフラミールの、小麦のように金色に輝く肌にファルハドの白い手がそっと添えられた。
アフラミールの素肌を見た途端、ファルハドの息が荒くなる。
落ち着かせるために声をかけようとしたアフラミールは、いきなり乳首を咥えられて、咄嗟に口を引き結んだ。
ねっとりと乳暈を吸われながら乳首を甘噛みされると、下半身がドッと熱を待った。もう一方の乳首をキュッと摘まれて、思わず腰が揺れる。
「ラミーン様」
胸から顔を上げたファルハドが、肌を撫でながら名前を呼んだ。
「気持ち良くないですか? ぼく下手?」
アフラミールは食いしばっていた歯の力を抜いて、ファルハドを見た。
ファルハドが抱きたいというのなら、一度くらい相手をしてやるのは構わない。だが、主導権を握るのは、アフラミールだ。翻弄されるようなことがあってはならない。
「……そのまま続けろ」
「それって、下手じゃないってこと?」
「うるさい。何も考えるな」
「言ってくれなきゃわかんないもん」
ファルハドの手がシャルワールの中に入ってきて、股間をまさぐる。
「あっ、すごい……熱い…………。これって、ラミーン様も気持ちいいってことですよね?」
ね? ね? と何度も訊いてくるファルハドから、アフラミールは目を逸らした。顔に血が昇って火が出そうだった。
陰茎を触っていた手が、そのまま奥に差し入れられる。陰嚢や会陰を撫でながら、時折指先が穴を掠めていった。
男同士での性交はこういうことだとわかってはいたものの、羞恥心でファルハドの顔をまともに見ることができない。
「ここに挿れるって考えるだけで、イキそうです……」
ファルハドが指先をつぷつぷと出し挿れしながら、うっとりと耳元で呟く。吐息がかかるだけで、アフラミールはビクンと体を揺らした。
我慢できないならさっさと挿れてしまえばいいと思うのに、ファルハドはアフラミールの服を丁寧に脱がしていった。
爛々とした目で、全裸を隅々まで見つめられる。触れられてもいないのに、汗で陰嚢に張り付いた陰茎が、ゆっくりと勃ち上がった。
寒いくらいの冷房が入っているにもかかわらず、体が熱い。
アフラミールと同じくらい熱を纏ったファルハドが、先走りで濡れるアフラミールのものを口に含んだ。
躊躇なく喉奥まで飲み込まれたアフラミールは、ギョッとして上体を起こした。
ファルハドが大きな体を丸めて屈み込み、股間に顔を埋めている。そして、アフラミールのものをしゃぶるのと同時に、自分の陰茎を扱いていた。
透けるような白い肌とは対照的に、ファルハドのものは異物のように赤黒くそそり立って、血管が浮きあがっていた。何より、ファルハドの大きな手でも掴みきれないほどの巨根だった。
大きな口で吸引され、喉奥で締め付けられる快感は強烈だったが、アフラミールの興奮を煽ったのは、ファルハドが自分のものを雑に扱く姿だった。夢中になってしゃぶりつきながら自慰する姿に、腹の底がギューっと疼く。
──わたしの中に挿れたらいいのに……
一瞬よぎった自らの考えに、アフラミールは動揺した。
流されてこんなことになってしまったが、本当にこれでいいのだろうか。
家族と生き別れて、奴隷としてたった一人砂漠の地に流れ着いたファルハドにとって、アフラミールは恩人だ。家族の愛情を知らないファルハドが、幼い頃からの愛着や独占欲を性愛と結びつけてしまったとしても、責めることはできない。アフラミールも甘やかして育てた自覚はある。
元々、ファルハドには気立ての良い女官を見繕って下賜するつもりだった。
──ここで止めて、なかったことにすれば……
黙り込むアフラミールに気づいたファルハドが顔を上げて、不思議そうに首を傾げる。
興奮で上気した表情は大人の男の顔だが、アフラミールにだけわかる、幼い頃の面影が確かに滲んでいた。
「どうかしましたか?」
不安そうに尋ねるファルハドに、アフラミールは首を振った。
狩猟も乗馬も音楽も詩も、ファルハドの初めてを手ほどきしたのは、全てアフラミールだ。この役目をほかの誰かに渡すことはできない。
「……なんでもない」
アフラミールは、ファルハドの手を掴んで引き寄せた。
「……いいの?」
散々好き勝手しておきながら、今さらいいも悪いもないだろうと思うが、アフラミールは黙って頷いた。
「痛かったり、苦しかったりしたら言ってくださいね。絶対、無理はしないでくださいね」
無理せずにあの大きさが入るか馬鹿、と心の中で罵りながら、ファルハドが太腿を掴んで脚の間に入り込むのを見つめる。
濡れた先端を押し当てられると、まるで悦んでいるかのように窄まりがひくひくと蠢く。ゆっくりと押し広げられる感覚に、アフラミールは無意識のうちに腰を突き出した。
──入ってくる……♡♡
しんと静まった中、固唾を飲んで見守っていると、アッというファルハドの焦った声が響いた。
その直後、生温かい濡れた感触と青臭い匂いが広がる。
アフラミールがファルハドへ視線を向けると、びくんびくんと体を震わせながら、戸惑うような、怒ったような表情で目に涙を浮かべていた。
アフラミールは慌てて体を起こすと、ファルハドの背中を撫でて宥めた。
「別に、恥ずかしがるようなことじゃない。ほら、まだ元気じゃないか。やり直せばいいだろう?」
ファルハドはぐずぐずと鼻を啜りながら、アフラミールから目を逸らした。
「……嘘じゃないです。本当にできますから! 今のはたまたまだから……!」
「わかった、わかった。嘘つきだなんて思ってない」
まだ上を向いたままのファルハドのものを、アフラミールがそっと握り、精液で濡れた穴に導く。なんでもない風を装っていたが、アフラミールの心臓はばくばくと音を立てて、指先は震えそうだった。
ファルハドは呆然としてアフラミールのすることを見つめていたが、くちゅっと音を立てて粘膜が触れ合った瞬間、焦ったようにアフラミールを押し倒して一気に腰を突き入れた。
「お゛っ…………♡」
はしたない声が漏れて、アフラミールは咄嗟に手で口を塞いだ。
「待て……! この体勢は……駄目だ」
このままだと、絶対に情けない表情や恥ずかしい声を晒け出してしまう。慌てたアフラミールは、ファルハドの動きを止めて体を起こした。
頭に血が上り、タガが外れたような様子だったファルハドは、ハッと我に返ってアフラミールを見つめた。
「……確かに、初めては後ろからの方がいいって言いますよね」
意外にもあっさりと同意したファルハドは、アフラミールを壊れ物のように抱き起こす。細心の注意を払ってうつ伏せに横たえ、背中に覆い被さるようにして耳元に口づけを落とすと、両手で腹を掬い、腰を上げさせる。
「あれ」
ファルハドの声に、アフラミールはビクッと体を揺らした。
「ラミーン様、これ我慢汁? 射精してるの?」
アフラミールが四つん這いの姿勢のまま、腹の方を覗き込むと、尿道口からダラーッと汁が糸を引いていた。
量は多くないものの絶え間なく垂れ続けるそれは、鹿や鳥が草花の中で戯れる意匠の、色鮮やかな絨毯に水溜りを作っていた。
「え、これ……なん──ッ♡♡」
動揺するアフラミールの背中に、ファルハドがぎゅっとのしかかる。その勢いのまま、ファルハドのもので中を突かれた。
挿入の衝撃で、さらにどろりと汁が溢れた。
「待て、いきなりそんな、── あ゛ッ♡♡」
アフラミールの背中を覆い隠すファルハドのせいで、身動きが取れない。なんとか這って抜け出そうとするが、ファルハドのものが大きくて長くて、少しずりあがった程度では抜けそうもない。
逃げようとする腰を、ファルハドが掴んでグッと引き寄せると、ぐぽっと奥に嵌った。
「あっ、ラミーン様、奥吸わないでぇ!」
奥がきゅんきゅんと収縮してファルハドのものにしゃぶりつくのが、アフラミールにもわかった。
ファルハドは情けない声をあげながらも、その奥の一点を狙ってガツガツと腰を振る。
上から押し潰される重みと、中を突き上げられる圧迫感で息が苦しい。
奥までみっちりと埋め込まれて、入っているだけで前立腺を押し潰されるのに、長いストロークでさらにごりごりと擦られて、アフラミールは声も上げずにビクビクと痙攣した。
「ラミーン様、平気? 気持ちいいですか?」
ファルハドが背中にベッタリと張り付いて耳元で尋ねるが、アフラミールは返事をする余裕もない。
「ラミーン様!?」
反応がないアフラミールに焦ったファルハドが、挿入したまま器用にごろりとアフラミールの体を反転させる。
顔を隠す余裕もなかったアフラミールは、涙と涎で汚れた表情で、ファルハドを見上げた。
アフラミールと目が合った瞬間、おろおろと不安そうだったファルハドの目つきが変わった。
ファルハドは黙ってアフラミールの片脚を担ぐと、膝立ちのまま側位で腰を振る。
「あ゛ーーッ♡イ゛、ッぅぐ……~~ッ♡♡お゛ッ……♡♡あ゛っ、いぐぅ゛……ッッ!!」
ファルハドが腰を打ちつけるたび、アフラミールの足首に巻かれた繊細な金鎖が、さらさらと音を立てる。アフラミールはその脚をピンッと伸ばしたまま仰け反り、勢いのない射精を漏らした。
「ラミーン様、気持ちいいですか? 奴隷に抱かれて興奮しますか?」
アフラミールが涙で濡れた虚な目を、ファルハドに向ける。
「馬鹿だな」
アフラミールは気怠げに腕を伸ばしてファルハドを引き寄せると、汗で濡れた体を抱いた。
「奴隷に興奮しているんじゃない。ファルーに興奮しているんだ」
奴隷という身分でも、前世のヨシオでもない。アフラミールにとって大切な存在は、ファルハドだけだった。
肩口に顔を埋めたファルハドが、ぐすんと鼻を啜った。
「ラミーン様はいい匂いがしますね」
アフラミールの匂いは香水の香りだが、ファルハドからは陽だまりにいる猫の毛皮のような体臭がした。
ファルハドはいつも、甘い匂いがする。
今まではそれを、乳臭い子どもっぽい匂いだと思っていたけれど、今日からは別の意味を持つだろう。
アフラミールはファルハドの額の汗を拭い、張り付いていた髪を後ろになでつけてやった。そのまま髪の中に指をくぐらせて頭を支え、舌を深く絡ませる。
ファルハドも、絨毯の上に後光のように広がる、緩くうねるアフラミールの黒い巻き毛を指に絡ませた。
ファルハドがゆっくりと腰の律動を再開し、二人の快感が高まっていく。
ファルハドとアフラミールは、しっかりと抱き合ったまま、同時に達した。
調停官が帰った後、アフラミールは大きなため息をついた。
「お疲れ様でございました」
ファルハドが差し出したワインを、一気に呷る。
不貞相手の転移者は強制送還、王妃とは円満に離縁と、想定通りの決着となった。特に揉めることはなかったものの、精神的なダメージは大きい。
「……わたしも別バースに行ってみたいものだな」
思わずぽつりと呟くと、ファルハドが目を輝かせた。
「いいですね! ラミーン様はずっとお休みもされずに働き詰めですから、しばらく休暇を取っても文句は言われませんよ」
単なる思いつきで漏らした独り言だったが、しばらくバース旅行に出かけるのもいいかもしれないと思い始めた。
「どこか行きたいところはありますか?」
「そうだな……」
軽く酩酊した頭で、ぼんやりと考えを巡らせる。
「王とかハレムとか、そういうのは疲れた……。庶民の普通の生活がしてみたい。護衛がぞろぞろついてくるようなところはナシだ」
アフラミールがそう呟くと、ファルハドはおずおずと口を開いた。
「……ぼくはご一緒してもいいんでしょうか?」
ファルハドに言われて、アフラミールはほろ酔い気分からサッと醒めた。すっかり二人だけのプライベート旅行だと思い込んでいた。
「あ、ああ。お前と二人くらいがちょうどいい。いや……予定があるなら構わないが…………」
「まさか! 絶対、絶対楽しい旅行にしましょうね!」
ファルハドはウキウキと微笑みながら、早速予約サイトを開いた。
「安全で庶民的な暮らしが体験できるバースをご希望ですね! 手配はお任せください!」
「ああ、頼んだ」
その後、二人はお忍び旅行を満喫したが、滞在先がどすけべ団地妻(♂)バースだとアフラミールが気づいたのは、到着してから数日後のことだった。
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