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推しの家

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 あきらが酔うとスケベになって、ケツの感度まで上がることが発覚したので、アル中にならない程度に酒浸りにしようと画策するものの、なかなかうまくいかない。
 外で飲むのがダメなのかもしれないと、瞳は居酒屋で飲んでいる時に、

「今度は佐久間さんの家に行ってみたいな~」

とダメ元でねだった。自分の家なら、酔い潰れても構わないとガードが下がるのではないだろうか。あと、単純に瑛の部屋が見たい。
 てっきり、ふざけんなと怒られるかと思っていたのに、あっさりと、
「来れば」
と言うので、瞳は瑛の顔を二度見した。

「えっ!?!?!? 大丈夫ですか!?」
「大丈夫って何が」
「いや、あの……危機管理能力が……」
「じゃあ来んなよ」
「いや、行きますよ!! 行くに決まってるけど! あの、悪気なく無意識で私物をパクる可能性があるので、すみませんが備品管理を厳重にしておいてもらえますか!」

 心底軽蔑したような目で見られて、瞳はぞくぞくと震えた。

「でも本当に、気をつけてくださいよ。俺、エ……エッチなことしちゃうかもしれないんですから♡」

 もじもじと落ち着かない瞳を、瑛が薄笑いで見る。

「いいよ、しても」

 その言葉と、おうち訪問予定にテンションが爆上がりした瞳は、悪酔いして瑛に介抱されることとなった。





 待ち合わせ場所の駅に着くと、改札の向こうに瑛が立っていた。その姿が衝撃的すぎて、瞳は自動改札の中にしばらく閉じ込められた。

「何やってんだよ」

 ようやく脱出した瞳は、呆れた顔の瑛をまじまじと見つめる。

「さ、佐久間さん、あの、髪の毛……め、眼鏡……」

 瑛はいつも仕事の時は額を出しているが、今日は前髪を下ろしていた。しかもメタルフレームの眼鏡をかけている。
 無地のTシャツにジョガーパンツ(トータル金額推定三千円)というシンプルな服装も、トップモデルのオフショットのようだ。

「ああ、家では眼鏡だから」
「お似合いです♡」

 瑛の自宅に行くことが決まったときから、私服見れちゃうな~とウキウキしていたが、予想以上の破壊力だった。

「こっからバス」

 瑛についてバスに乗り換える。
 家に行くことになった時に、不便なところだけど、とは聞いていたが、予想以上に郊外だ。
 次はS団地前、という車内アナウンスに、瑛が降車ボタンを押す。バスを降りた先には、五階建RC造の棟が立ち並んでいた。

 え、ここ? と戸惑いながら、瞳は瑛の半歩後ろを歩いた。瑛はすれ違う住人に、こんにちはと慣れた様子で挨拶する。
 バス停からしばらく歩いた、奥の方の棟にある三階の一室の前で瑛は止まった。

「ここ」

 瑛が鍵を開けると、どう見ても一人暮らしの部屋とは思えない、所帯染みた光景が広がっていた。
 瑛が、ただいまと声をかけるが、返事はない。

「……ご実家ですか?」
 瞳がおそるおそる尋ねると、
「実家っていうか、俺ん家」
という答えが返ってきた。

「親父の会社が潰れてから、ここで家族全員暮らしてる。妹は結婚して出て行ったけど」

 瑛がずかずかと中に入り、玄関横にある部屋のドアを開けると、奥から『あっ』という声が聞こえた。

「ごめん、あっくん。俺、すぐ出かけるから」

 瑛が壁になって中の様子は見えないが、家族の誰かがいるのだろう。
 部屋の外で瞳が瑛の後ろにかしこまっていると、瑛より少し背の低い男が出てきた。
 彼はすれ違いざま、ごゆっくりと瞳に声をかけると、ぺこりと頭を下げて外出した。

「エィ……!」

 舌を噛んで口をつぐんだお陰で、『ジ』の音は発することなく、かろうじて瞳の口の中に飲み込まれた。おそるおそる瑛を見ると、じっとりとした視線にぶつかる。

「……お、弟さんですか? に、似てるなぁ~」
「弟で抜いたら、本気で殺すからな」
「え……ヤキモチですか♡」
「弟の心配してんだよ」

 弟と入れ違いに入った部屋は、学習机に二段ベットが置かれた、紛うことなき子供部屋だった。

「タワマンにでも住んでると思った?」

 戸惑った表情の瞳に、瑛が声をかける。

 確かに意外ではあったが、それは住んでいる場所のせいというよりも、瑛に家族がいて生々しい日常生活を営んでいるのを目の当たりにしたせいだ。

「ちょっとびっくりしましたけど、知らなかった佐久間さんの一面を知れてよかったです!」

 あ、そうと言って、瑛は畳敷の床に腰を下ろした。

「じゃあ、エッチなことしようか」

 瞳を見上げてニヤニヤ笑う顔を、神妙な表情で見返す。さすがにこの部屋でやる気にはなれない。わかってておちょくってたんだなと、瞳は心の中でため息をついて、瑛の隣に座った。
 意気消沈している瞳の肩に、瑛がもたれかかる。

「今日、夜まで誰も帰ってこないから」

 耳元で囁く声に、瞳の心臓が跳ねた。
 こわごわと瑛へ目をやると、いたずらっぽい顔で笑っている。
 瞳の胸に、ありもしない記憶が蘇った。
 ーー高校の帰宅途中、憧れのクソビッチ先輩(瑛)に家に連れ込まれる。
「今日うち、誰もいないから」
 複雑な家庭環境の先輩には、お金さえ払えばハメ撮りさせてくれるという噂がある。
「あの、俺、そんなお金持ってなくて……」
 ドギマギして視線をさまよわせる瞳の上に、先輩が跨る。
 耳元に唇をつけて、
「瞳ちゃんなら、タダで好きなことしていいよーー

「おい」

 瑛の声に、ハッと我に返った。

「絶対ろくでもないこと考えてただろ」

 冷ややかな視線を向ける瑛に、思わずどきどきする。
 性的指向を隠して過ごした中高生時代に夢に見ていた、『今日家の人誰もいないから』シチュエーションである。

「佐久間先輩」
「なんのプレイだよ」

 瞳は部屋を見渡すと、壁にかけられた制服に目を留めた。

「弟さん、高校生ですか?」
「そう。高三」

 瑛はためらうような仕草を見せた後、
「弟のこと、気になる?」
と溢した。

 すれ違いざまに一瞬だけ目が合った瑛の弟は、若い頃の瑛ーーつまりエイジそのものだった。

「はあ、まあイケメンですね」
 興味を持ったらぶっ殺されるらしいので、ビクビクしながら答える。

「お前の好きなエイジそっくりじゃん」
「『お前の好きな』って……♡まあ、はい♡佐久間さんのことは好きですけど♡ていうか、そっくりって言ったって、弟さんはエイジじゃないですから」

 瑛の弟は、見た目はエイジそのものだが、かわいい女の子とほのぼの恋愛してるような、光のオーラを放っていた。絶対男に掘られるようなタイプではない。
 こともなげに言う瞳に、瑛が黙り込んだ。

「……俺だってエイジじゃないよ」

 目を伏せて呟く瑛へ、瞳がおずおずと声をかける。

「えと、それは哲学的な話ですか?」
「そんな難しい話じゃねえだろ」

 アダルトビデオの中のネコ役であるエイジと、それを演じた瑛は別人だという意味なのだろうが、瞳にはよくわからない。言うほど演技してなくない? 瑛とエイジでギャップを感じたことないんだが。思いの外、瑛は感じやすかったりしたが、それは瞳が相手だからかな……なんてね♡
 だけど、出たくもないビデオに出た瑛にとって、エイジと自分は違うというーーそう思いたいーー気持ちがあるのかもしれない。

 どう答えるのが正解なのかわからなくて頭を抱えた瞳に、瑛は困ったような微笑を向けると、立ち上がって背中を向けてしまった。

「飲み物取ってくる。何飲む?」
「ストゼロありますか」
「あっても出さねえよ」





 結局その後は、炭酸飲料とスナック菓子をお供にゲームをしてダラダラ過ごした。憧れの先輩(ノンケ)の家に遊びに来ているような、ある意味、瞳にとっては夢のような時間を過ごしていると、瑛の母親が帰ってきた。

「あっくんのお友達? ご飯食べて行く?」
「あ、いえ、お構いなく」

 残念ねえ、と笑う母親は、瑛の面影はありつつも、ごく普通の中年女性だった。

「今度、正式にご挨拶に伺いますので!」

 好印象を持ってもらおうと大きな声で話す瞳を、瑛が白い目で見ながら、送っていかなくて大丈夫かと尋ねる。離れがたいが、あの距離をわざわざ往復させるのは忍びない。
 丁重に断って帰り支度をする瞳の耳元に、瑛が顔を寄せた。

「エッチなことしなかったじゃん」

 正直、ここにくる前は、めちゃくちゃ期待していた。実家だとわかった後も、親の目を盗んだプレイを妄想したが、何をするでもなく瑛と過ごせたことを楽しいと思えた。

「あの、俺、佐久間さんとその、エ……エッチなことしたいな~とは思いますけど……常に思ってますけど! でもあの、本当に一緒にいるだけで幸せなので! ていうか、何もしなくても、佐久間さんが存在しているだけで奇跡なので!」

 瑛は呆れたような顔で、しばらく黙っていたが、
「俺は期待してたんだけどな」
と薄く笑った。

「えっ!? そうなんですか!?!?!? じゃああの、今度はできれば授乳手コキをーー」

 そう言う瞳の目の前で、バタンと大きな音を立てて玄関のドアが閉まった。
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