ガチ恋リアコ厄介古参の不感症クリニック

冲令子

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妹弟

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 かんぱーい、と能天気に笑う晃太朗とは対照的に、瞳は浮かない顔をしていた。
 晃太朗と会う時には『あっくんに言うと面倒くさいから』と呼び出されるので、瑛には仕事で遅くなると伝えている。罪悪感で吐きそうだった。

「このお店、おしゃれですね!」

 晃太朗は水色とピンクで統一されたアメリカンダイナーの店内を見まわした。 
 仕事柄、店はいろいろと知っているが、成人しているとはいえ、まだ酒も飲めない十代の晃太朗を連れて行ける店となると、選択肢は限られる。会う場所を選ぶのも地味にプレッシャーだった。

「そういえば、瞳さんの会社のホームページ見ましたよ。瞳さんのデザインした物件、かっこいいですね。これとか」

 晃太朗はスマホを取り出すと、瞳が勤める会社のホームページを開いた。その施工事例にはデザイン担当者として瞳のコメントが掲載されている。

「見てくれたんだ。ありがとう」

 褒められるのは素直に嬉しいものの、どう反応していいのかわからない。これは、瞳が瑛に相応しい男か試されているのだろうか。弟の俺のお眼鏡に適うかな? 的な。
 ニコニコと眩しい笑顔を浮かべる晃太朗へ、瞳は愛想笑いを返した。
 とりあえず、仕事のことで聞きたいことがあるのならちゃんと相手をしよう、と警戒心を解いた直後、

「それで、最近はあっくんとどうですか?」

と笑顔で訊かれた。
 晃太朗は明るくて素直ないい子だと思う。
 ただ、陽キャの距離の詰め方に瞳が尻込みしてしまうだけだ。

「えっと、特に変わりはないかな……」
「俺、実はこの前、彼女と喧嘩しちゃって」

 恋バナが始まった。

「──って感じで、俺はその子に興味ないし彼女一筋なんですけど、だからって他の女の子と全く絡まないとか無理じゃないですか」
「そ、そうだね……」

 適当な返事に、晃太朗は不貞腐れたようにコーラを啜った。

「あっくんなんて、俺より全然モテるでしょ。瞳さん、そういう時どうしてんの?」
「えっ! ど、どうもしないかな……」
「だよね! 好きなのは彼女だけなんだし、付き合ってるんだから、気にする必要ないのにさ~」

 そういう意味で言ったわけじゃないんだが。
 瞳は困惑しながら、引き攣った笑顔を浮かべた。
 瑛がほかの誰かと親しそうにしていれば嫉妬だってするが、そもそも付き合っている実感すらおぼつかない。
 変に彼氏ヅラして瑛が正気に戻っても困る。瑛が瞳と交際する気になったのは、何かの気の迷いだとは思うが、できればずっと勘違いしたまま、気づかないでいて欲しい。

 たった一作で引退したゲイビ男優に十年間もガチ恋してきた瞳が、モテ街道を爆進してきた晃太朗の恋愛相談相手になれるはずもなかった。
 瞳の言葉をいいように解釈してくれた晃太朗は、満足そうに食事を再開したが、あっと呟いた。

「そういえば、この前データ整理してたら面白い写真出てきて」

 晃太朗はしばらくスマホを操作すると、はい、と差し出した。
 瞳は言葉もなく画面を凝視する。口に運ぼうとしていたピザから、具がボトボトと全部下に落ちた。

「かわいくないですか?」

 そこには、幼さが残るものの完成された顔の瑛と、まだ三、四歳くらいの子どもが写っていた。子どものもちもちしたほっぺたに、瑛が頬擦りしている。幼児とほとんど大きさの変わらない小顔には、屈託のない笑みが浮かんでいた。
 晃太朗は幼い自分のことを『かわいい』と言ったのだろうが、瞳には無邪気な瑛の姿しか目に入らなかった。

「俺は全然覚えてないんだけど、あっくんが高校の時の写真みたいです。それ、姉が撮影したらしいんですけど……そうだ、姉も瞳さんに会いたがってたから、呼んでもいいですか? 姉の家、この近くだから、すぐ来れると思うんで」
「へ? ああ、うん」

 瑛の写真でしばらく思考停止状態に陥っていた瞳は、晃太朗の問いかけに、ぼんやりと返事をした。
 有名私立高校の伝統的な学ランを着た瑛には、エイジの片鱗があった(本人なので当たり前だが)。
 もしかして、ビデオ出演当時の瑛の写真は、実質エイジのオフショットということになるのでは……? こんな財宝が晃太朗のストレージに埋蔵されてるってこと……?
 写真を凝視していた瞳は、晃太朗の、毬ちゃ~んという声で我に返った。
 うわ~というテンションの高い声の方を振り向くと、八頭身以上ある美女が小走りにやってくる。

「瞳くん!? 初めまして! 瑛の妹の毬子です」

 毬子は瞳の隣に座ると、写真よりかわい~と笑顔で顔を覗き込んだ。

「これ、毬ちゃんに送ってもらった写真、瞳さんに見せちゃった」
「懐かし~! お兄ちゃんの写真頼まれること多かったから、まだいっぱいあるよ! 見る?」
「えっ、でも勝手に見るのは……」
「大丈夫でしょ!」

 顔面の圧の強い姉弟は、身を乗り出して矢継ぎ早に話しかけてくる。瞳はパニックに陥って頭を抱えた。

「た、助けて……」

 瞳は卒倒しそうになりながら、瑛に連絡した。





 ガラス窓の外を祈るように見つめていると、スーツ姿の瑛が大股で歩きながら現れた。
 瑛は信号のない横断歩道を、一時停止した車に軽く手を上げて急いで渡り、こちらに向かってくる。車のライトと店のネオンがスポットライトのように瑛を照らし、緩い風がジャケットの裾をはためかせた。映画のワンシーンのようだった。
 え、めちゃくちゃかっこいい……もう一度歩いてもらって撮影したい……。

「何やってんだよ」

 瑛はテーブルのそばに来ると、毬子と晃太朗を呆れて見下ろした。

「え、まじで来た」
「お兄ちゃんがわざわざ迎えに来るとか、信じられない」

 せっかく三人で楽しく食事してたのにね、と毬子に同意を求められ、瞳は助けを乞うように瑛を見上げた。

「……瞳だって忙しいんだから、お前らの都合で呼び出すなよ」
「だって仲良くしたいんだもん。あ、連絡先交換しよ~」

 山賊に襲われたような気持ちで、毬子とメッセージアプリの連絡先を交換する。
 その後、四人でタクシーに乗り、晃太朗と毬子を送ってから家に向かった。

「なんかごめん……連絡あっても、無視していいからな」
「俺こそ迷惑かけてすみません。まだ仕事中でしたよね。ちょっと動揺してしまって……」
「まあ、あいつらも悪気はなくて、お前と仲良くしたいだけだと思うから」
「いや、仲良くしたいっていうか、俺のことは珍獣扱いで、佐久間さんのことが心配なんだと思いますよ」
「心配されるような歳じゃないだろ」

 瑛はそう言うが、やばいファンと付き合っているのは事実なので、二人の心配はあながち間違いでもない。

「それより、晃太朗くんと会ってるの、内緒にしててすみません……」
「どうせ晃太郎が黙ってろって言ったんだろ」
「あの、本当に食事しただけで、何もないんで……」
「当たり前だろ。晃ちゃんは変なことする子じゃないから」
「俺の方を信じてくださいよ」

 瑛は胡散臭そうな目を瞳に向けた。

「でも、俺の若い頃にそっくりだろ。まじでやらしい目で見んなよ」
「見るわけないじゃないですか」

 瑛が疑わしそうな視線を向けたその時に、晃太朗からメッセージが届いた。瞳は、今日はありがと~という簡潔な文字の画面を瑛に見せる。

「そういえば、佐久間さんの高校の時の写真見ちゃいました」
「はあ? 何それ」
「毬子さんが撮影した写真らしいです。晃太朗くんと一緒に写ってて」

 瑛は、ふうんと興味なさそうに呟いたきり、何も言わなかった。
 瞳は、隣に座る瑛をそっと見た。
 ダイナーの窓から見た、迎えに来てくれた姿もかっこよかったけど、流れる景色をぼんやりと眺めているだけの姿に、息をするのも忘れそうになるほど見惚れる。

「……家族の二人とは別れて、瞳と同じ家に帰るのって、不思議な気分だな」

 瑛がぽつりと呟いた後、二人ともそれ以上話すことはなく、車内にはロードノイズだけが微かに響いた。瞳がどきどきしながら指を絡ませると、瑛は窓の外を見ながら握り返してくれた。





 家に着いた途端、

「明日早いから、今日はもう寝る」

と、瑛に釘を刺されてしまった。瞳は迎えにきた瑛を見てからずっと悶々としていたものの、仕事を途中で切り上げさせてしまったせいだろうと、素直に頷いた。

 ベッドで瑛の隣に横たわった瞳は、目を閉じた完璧すぎる横顔を暗闇でじっと見つめた。
 やばい。かっこよすぎる。まじでこの人が隣で寝てんの? ありえなくない? え、ホログラムとかじゃないよな……こんなかっこよくて実体があるとかやばすぎ……
 寝る前に抜いてきたらよかったと後悔していると、不意に瑛の瞼がぱちんと開いて瞳を見た。

「……見過ぎ。気配が気になって寝れない」
「す、すみません……」

 瞳が慌てて目を瞑るのを確認すると、瑛は顔を上に向けて目を閉じた。
 鼻から唇にかけての曲線が完璧すぎる。国宝指定。え、あの唇にキスしてるとか大丈夫? 犯罪行為なのでは……?
 瞳は、最近の自分の舐め腐った態度を猛省した。
 瑛との生活に慣れて、慢心していた。この幸運に感謝して、国宝をお守りする気持ちでなければ──

「おい」

 再び目を開けた瑛と視線がぶつかる。
 瞳が焦って目を瞑るより早く、瑛の手の平で瞼を下ろされる。すみません、と謝る言葉は、重なった唇に吸い込まれた。

「寝ろよ」

 唇と手の平が離れると、瞳は懲りずに目を開けて、改めてまじまじと瑛を見つめる。
 
「……なんだよ」

 じろじろ見られて気まずいのか、瑛は僅かに眉間に皺を寄せた。

「あの、佐久間さんがかっこよすぎて……」

 瑛は呆れたように小さく息を吐いた。

「俺がもっとおっさんになって、ブサイクになったらどうすんだよ」
「佐久間さんは毎秒かっこいいのを更新してるので、いつでも今の佐久間さんが一番かっこよくて一番好きです」

 高校時代の瑛もかっこよかったけど、目の前の瑛にどうしようもなく胸がときめく。
 十年間見続けた画面の中のエイジは、いつだって最高に魅力的だけど、瑛に会わなければ今のかっこよさを知ることはなかった。

 瞳の答えになっていない答えに、瑛は呆れた表情を浮かべたが、少しだけ体を瞳の方に寄せた。
 瞳がおずおずと抱き寄せると、素直に体を預けてくる。ダメ元でキスをすると、すぐにそれは舌を絡ませる深いものに変わった。さっきまでの反省は割とすぐに霧散した。

「……してもいいけど」

 唇を離した後、瞳の胸に顔を埋めるようにして呟いた瑛の言葉の意味を、しばらく考える。

「……でもあの、明日早いんですよね? 俺は大丈夫なんで!」

 瑛の不機嫌そうに曇った表情と腰に当たる下半身の状態で、瞳はようやく事態を把握した。

「あの、じゃあ佐久間さんだけ……」

 潤滑剤で濡れた指で陰茎に触れると、瑛の体が微かに反応する。

「瞳は?」
「俺は佐久間さんが寝てから見抜きするんで大丈夫です!」
「いや、気持ち悪いから普通にやれよ……」

 瞳の下半身に、心底気味悪そうな表情をした瑛の手が伸びる。

「え……いいんですか?」
「いいよ、もう」

 や、やったー……と小声で呟く瞳に、瑛は呆れたように笑って、下着の中に指を滑り込ませた。





 自分のものが収まっている腹を手の平で撫でると、瑛は腰を浮かして小さく声を漏らした。中が収縮して絡みついてくる。
 行為を始めた当初に潜り込んでいた掛布団は床に落ちて、シーツは湿って皺だらけになってしまった。
 脇腹をくすぐるようになぞると、瑛は潤んだ目で瞳を見上げて、気怠げに笑った。
 瑛の手が瞳の腹に伸びて、薄い肉を摘む。最近少し太ったのは自覚していた。

「あの、それは幸せ太りなんで……」

 瑛は瞳の腕を掴んで引き寄せると、汗で濡れた髪をかき混ぜた。

「お前、将来ハゲそう」

 その頃になっても、まだ瑛が気の迷いから覚めずに一緒にいてくれたらいいなと思いながら、瞳は瑛の首筋に顔を埋めるように抱きしめた。
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