22 / 22
眼鏡
しおりを挟むパキッという乾いた音の後、部屋はしんと静まり返った。重苦しい緊張が走る。
「……最悪」
静寂を破るように、瑛が呟いた。
「大丈夫ですか、怪我とか……」
「平気。スリッパの上から踏んだだけだから」
瑛は床にしゃがみ込むと、眼鏡のテンプルを摘み上げた。丁番が折れて完全に外れてしまっている。
大げさにため息をつく瑛の横に、瞳も腰を下ろした。
「……それ、どうするんですか?」
「もう作ってから随分経つし、一度眼科で診てもらってから新しいの買う」
サバサバした内容とは裏腹に、瑛の声は沈んでいた。
「思い入れのある眼鏡とかですか?」
「いや、全然そんなんじゃないけど。作りに行くのが面倒なだけ。病院の時間入れたら多分二、三時間かかるし」
うんざりした表情の瑛を、瞳は横目で窺う。
「佐久間さん、今裸眼ですよね。どれくらい見えてるんですか」
「部屋の中くらいなら全然見えるけど……お前、視力良かったよな」
「両目とも2.0です」
「は? いい歳してバカじゃねえの?」
「バカじゃないです」
めっちゃイラついてる……
「俺、代わりにできることがあればやりますよ。えっと……アーンとか」
眉間に皺を寄せた瑛から心底呆れ返った目を向けられて、瞳は口を閉じた。
完全に滑った。
重苦しい空気を払拭したかっだけなのに、余計に雰囲気を悪くしてしまった。
「コ、コンタクトしたらどうですか?」
「もうすぐ寝るし、数時間のために使いたくない……ていうか、寝るわ」
瑛は立ち上がると、瞳に背を向けたまま、おやすみと言って寝室に向かった。
途中、ガタッと音が響いて、痛っという呟きが聞こえてきたが、大丈夫そうなのでそっとしておいた。
……荒れてる佐久間さんとか、レアだな。
瑛は整いすぎた見た目で冷たい印象を与えることもあるが、無闇に感情を剥き出しにして人に気を遣わせたり、自分の機嫌で周囲を振り回すようなことはしない。
以前、コンタクトは目が疲れると話をしていたので、眼鏡が使えないとなると不便なのだろう。
踏んづけたのが瞳なら不満の捌け口もあっただろうが、自分で壊した手前どうすることもできない。別に八つ当たりしてくれてもいいのに。
今日、ヤる雰囲気だったけど、あれじゃ無理だろうな……
瞳は、テーブルの上に残された、壊れた眼鏡を手に取った。
瞳が寝室に入ると、ベッドに横になった瑛が、暗闇の中で鼻先をくっつけるようにしてスマホを見ていた。
「まだ寝てなかったんですか?」
瞳が隣に横たわると、瑛はバツの悪そうな表情で、ごめんと呟いた。
「さっきはイライラしてたから……」
「あんなの全然気にしないですよ」
むしろ、かわいいくらいだ。
「これ、よかったらどうぞ。応急処置ですけど」
瞳は、針金で丁番を継いだ眼鏡を渡した。
「補強しただけなんで、折り畳めないですよ」
「…………悪い、ありがとう……」
瑛はしばらくじっと眼鏡を見つめたあと、ぽつりと呟いた。
「すぐに新しいの作りに行けるわけじゃないから、助かる」
俯く瑛を覗き込むようにして、瞳は顔を寄せた。
「佐久間さん、俺のこと見えてますか?」
「いや、この距離なら普通に見えるけど」
瞳は生まれてこの方ずっと目がいいので、視力の悪い人の世界がわからない。
「あの……俺と間違って別の人とエッチなことしたりとか、それくらい見えないとかじゃないですよね?」
「はあ?」
瑛は呆れた声を漏らした後、少し笑って瞳を見た。
「暗いと見えにくいから間違っちゃうかもな」
瑛の手がペタペタと瞳の顔をまさぐった。手の平が首筋から胸、腹へと移動する。瑛は下半身に触れると、
「え、誰……」
と呟いた。
「も~……したくなっちゃうから、そういうのだめです」
「……してもいいよ。今日そのつもりだったし……準備してるから」
瑛は目を伏せて、反応し始めた瞳のものを握った。
さっき瑛がごめんと言ったことに他意はないというか、本当に悪いと思っているのだとわかってはいるものの、エッチなことがしたくて瞳の機嫌を取るために謝ったと妄想すると、それはそれでかわいすぎて死ぬ。
お互いに顔を寄せて唇を合わせると、どきどきと胸が高鳴る。暗闇に唾液の音が響くと、瑛の手の中で瞳の陰茎が硬さを増した。
「あの、例えば『フランクフルトだよ』って言って、目の前におちんちん出されたら、間違って口に入れたりしないですか?」
「お前、近視のことなんだと思ってんの」
瑛が試しに見せてと言うので、瞳は体を起こしてベッドの上に座った。勃ち上がった陰茎が、瑛の鼻先に触れる。
瑛はおずおずと顔を寄せると、先端を軽く噛んだ。話の流れでわざと歯を立てたのか、本気で当たったのか、瞳には判断がつかなかった。
四つん這いになった瑛の髪や耳を撫でると、瞳を見上げる目と視線がぶつかった。
「あ、やば……」
硬い陰茎を口に含む瑛の姿に、不意に射精感が込み上げてくる。瞳が腰を引こうとしても、瑛はがっちりと掴んで離さなかった。そのまま口の中に出してしまう。
「あ、瞳くんのちんちんだった」
喉を鳴らして飲み込む瑛に、瞳は、も~……とぶつぶつ言いながら、射精してすぐの状態でよたよた立ち上がり、キッチンへ行った。ペットボトルの水を冷蔵庫から取り出して瑛に渡す。
瑛はベッドにうつ伏せのまま上体だけを起こして水を飲み、口の中を洗い流した。
「無理しなくていいのに」
こんな行為をするのは絶対に嫌なはずの瑛がしてくれるというだけで胸がいっぱいになるのに、さらに飲精までさせてしまうと、嬉しいというより申し訳ない気持ちのほうが大きくなってしまう。
「別に無理じゃないけど……」
瑛はうつ伏せのまま、瞳の太腿に額をのせて顔を伏せた。
「……するのは嫌じゃないけど、前の相手と比べて下手と思われたくない」
下手な自覚はあるんだ……
瑛の口淫は、上手いか下手かで言えば下手──というか、壊滅的に下手くそだったが、瞳としてはそれが『佐久間さんがしゃぶってくれてる♡』という実感に繋がるので不満はない。なんなら、一生下手くそのままでいて欲しいが、愛してるけどフェラは一番下手だね♡とか言われたら、確かにへこむ。
「……あの、ちなみに俺は佐久間さんの中で何位くらいですか? あっ、三位以下なら言わなくていいんで!」
瑛がのろのろと顔を上げた。拗ねたようなふてくされた表情で瞳を見る。
「……お前が一番上手いからムカつく」
つい緩んだ頬を、ぎゅっとつねられた。
「あの、俺も佐久間さんが一番ですけど……」
「そういうふわふわしたのじゃなくて、実力で一番になりたい」
瞳は若干困惑しながら瑛を抱き起こすと、唇を重ねた。腰を引き寄せて舌を差し入れると、瑛はおずおずと瞳の腕を掴む。
顔も覚えていない遊び相手のフェラチオより、舌を絡めるたびに親指の腹でもじもじと腕の筋を撫でる瑛の仕草の方がよっぽど興奮した。
「本当に今のままの佐久間さんが好きなんで」
「やだ」
変なところで向上心があるのが困る。
佐久間さん、時々いきなりどエロくなるし、割と貞操観念ゆるゆるだし、押しに弱いし、これ以上すけべになるの心配なんだよな……
瞳はベッドの上に胡座をかくと、脚の上に枕を置いた。そこに乗り上げるような姿勢で、瑛がうつ伏せになる。
「……激しいのより、舐めたりキスしたりされる方が好きです」
瑛は、ふうんと呟いて瞳の陰茎を指先で摘む。そのポーズだけで、下半身に血が集まった。
わかりやすく反応したことに気をよくしたのか、瑛が先端に唇を寄せた。軽いキスの後、舌先がカリの形をなぞる。
本当はバキュームフェラや下品にしゃぶられるのも嫌いじゃないが、瑛が自主的にするならともかく、自分好みに仕込むみたいなことはしたくないなと思った。
裏筋にキスをする瑛は、アイスキャンディーを舐めさせられたり、公園の水飲栓で水を飲まされたりするグラビアアイドルみたいだった。ソフトエロでも充分ヌケる。
思わず瑛の頭を掴むと、綺麗に並んだ白い歯が唇の隙間からわずかに覗いているのが見えた。
「……噛んで」
瑛の歯が、ぱんぱんに膨らんだ亀頭に食い込んだ。瞳の目を見つめながら、徐々に噛む力を加える。
「あっ…………痛っ……」
ヤバいと思った時には、瑛の顔にどろっとした青臭い精液が飛び散っていた。
瞳はうわーッと慌てて、汚れた顔をゴシゴシと拭く。
「……お前の性癖まあまあヤバいな」
「ち、違いますよ! 痛いのが好きとかじゃなくて、佐久間さんだからですよ!」
瑛は、萎えた瞳のものを手に取って、歯を立てたところを優しく舐めた。
「ごめん、痛かった?」
「……気持ちよかったです」
「やっぱりヤバいじゃん」
瞳は、うつ伏せの瑛の脚の間に移動すると、背中に覆い被さった。
「え? やんの?」
「えっ……しないんですか……?」
「俺はいいけど、お前二回も出しただろ」
「全然できるし、二回とも早すぎて、このままだとさすがに恥ずかしいんで……」
瞳がうなじに唇をつけると、瑛はくすぐったそうに体をよじった。本当は強く吸って痕をつけたいけれど、軽く舐めるだけで我慢する。
「あの……この体勢だと、他の人がハメててもわかんなくないですか?」
「もうそれ視力関係ねえじゃん。俺のこと、どんだけ鈍いと思ってんだよ」
「心配なんですよ……」
首筋に顔を埋めたまま、指先で背骨を辿る。尾てい骨に触れると、瑛は小さく腰を揺らした。後ろの窄まりを撫でて、つぷつぷと指を出し入れすると、瑛が腰を浮かせてシーツをぎゅっと握りしめる。
瞳はシーツと瑛の間に手を滑り込ませた。腹を撫でると、腹筋が微かに震えるのが伝わる。
瞳は膝を使って瑛の脚を広げると、さっき出したばかりなのに、またすぐ勃ち上がった陰茎をゆっくりと沈めていった。
「……瞳だって、すぐにわかるよ」
瑛はシーツに埋めた顔を少しだけ傾けて、瞳を振り返った。
「形……と、あと、そ……そこ、当て……るから……」
「え、ワンパターンですか!?」
慌てて攻め方を変えると、瑛が気怠げに首を振った。
「違、やだ……さっきのとこ……当てて」
瞳は瑛の手首を掴むと、内壁に押し当てるように深く挿入する。瞳の下で瑛の体がぴくぴくと痙攣し、密着した肌に汗が溜まった。
肩で息をしながら、瑛が瞳を振り返る。
「……眼鏡取って」
ヘッドボードへ手を伸ばすと、深いところを突いてしまい、瞳の下で瑛の体がびくんと揺れた。挿入したまま向かい合うように瑛の体を反転し、眼鏡を渡す。
「顔、ちゃんと見たいから」
眼鏡を避けるように顔を傾けて、唇を合わせた。
瞳が腰の動きを再開すると、二人の息が乱れて眼鏡が曇った。奥を突くと眼鏡が揺れてずれる。
「あ……も、やだ……早く……」
「あの、すみません……さっき二回も出しちゃったんで、気持ちいいけど全然イケそうになくて……」
眼鏡越しの瑛が困ったように見つめる表情に、やっぱりあんまり保たないかもしれないと思った。
「あー、すげえ楽」
新しい眼鏡をかけた瑛が、機嫌のよさそうな声を上げた。
「フレームがめちゃくちゃ軽いんだよ。これならもっと早く変えとけばよかった。もうコンタクトやめて、ずっと眼鏡にしようかな」
「えっ!?」
それまで瑛の話を聞き流していた瞳は、思わずビクッと肩を揺らした。
瑛が眼鏡をかけるのは、基本的に家の中だけだ。つまり、一緒に暮らしている人間以外がその姿を見ることはない。
瑛が楽だと言うなら、ずっと眼鏡の方がいいのだろうが、できれば他の人に眼鏡の姿を見せないで欲しい……絶対めちゃくちゃモテるじゃん……
「よ、よかったですね……」
気落ちした声で呟く瞳へ、瑛は気遣うような視線を向けた。
「まあ、眼鏡邪魔だし、外に出る時はコンタクトにするけど」
やばい。気を遣わせてしまった……
後悔するものの、ずっと眼鏡のままでいいですよ、とも言いたくない。
自分の心の狭さにしゅんとした瞳が、情けない顔を隠すように瑛の肩に額をつけてもたれかかると、瑛はぽんぽんと頭を撫でた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
52
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(3件)
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
二人のかけあいや心の中のツッコミが軽快でおもしろすぎて笑いながら読ませていただきました。
最高でした!
キュンキュンします。
どちらの性格も素敵ですね!
ずっと見守っていたい二人です。
読んでいただき、ありがとうございます。
笑って貰えたならとても嬉しいです!
はじめまして!
二人の会話の温度差やストーリーが大好きで何度も読んでいます。
鈍感で佐久間さんにデレデレながらも結構失礼な事言ったりする四谷くんや、佐久間さんの塩対応だけど優しい所や不器用なところが大好きです。
この二人にしか出来ない恋愛が堪りません。
お互いのこと愛してるのがどの話を読んでも伝わってきて最高です…!!四谷くんが名前を呼ぶシーンが特に大好きです。尊いです。
長々とすみません!!本当に大好きな作品で、感想を伝えずに入られませんでした。これからも素敵な作品を楽しみにしています❀
何度も読んでいただいているとのこと、ありがとうございます。
この二人にしかできない恋愛と言っていただけて、とても嬉しいです!
感想いただけて、励みになりました。ありがとうございました!
拗らせな2人ですが、徐々に互いにあゆみよってるのが、キュンキュンします。どんどん続きお願いします。
読んでいただき、ありがとうございます!
不定期ですが今後も二人の話を書いていく予定なので、また読んでもらえると嬉しいです!