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一章 漫画家志望の猫山先輩

漫画家志望の猫山先輩 15

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 今はフロアに二人きりだ。昨夜調べたことを猫山に伝えるいい機会だと拓斗は思った。
 しかしストレートに話しても、猫山は拒絶してきちんと話を聞いてくれないかもしれない。
 そこで拓斗は、猫山を「引っかける」ことにした。
 拓斗は猫山に笑顔を向ける。
「大家さん、花が好きなんですね。部屋の名前まで花なんだから」
「そうだな」
「ぼくの部屋はスターチスなんです。夏の花のようだからここの庭を探してみたら、そこに咲いていました」
「ふうん」
「ほら、見てください。そこの白い花ですよ、小さい花が密集しているような。綺麗でしょ」
 猫山は面倒くさそうに拓斗の指先を追った。
「確かに」
「白いスターチス」
「わかったって、しつこいな。綺麗だって」
「しつこくもなりますよ。だってそのスターチス、黄色ですから」
「……は?」
 猫山はもう一度庭に視線を向けた。それから眉を吊り上げる。
「なんでウソをつくんだよ」
「猫山先輩に、色が判別できるか確認するためです」
「なっ……」
 猫山は目を見開いた。それからギリッと奥歯を噛みしめる。
「猫山先輩は、まったく色がわからないんですか?」
「……なんでそう思うんだよ。昨日会ったばかりだろ」
 猫山は眉間にしわを寄せて拓斗を真っすぐに見下ろした。拓斗はその視線を受け止める。
「ちょっとした違和感の積み重ねです。初めて猫山先輩の絵を見た時は単純に、あんなに精密な風景を描くのに、黒一色なのはもったいないなと思ったんです」
 それに大きなペンダコがあることも気になった。漫画は二か月しか書いていないと猫山は言った。
「あとから美大にも行っていたと聞いたので、ずっと絵を描いていたんだとわかりますけど、じゃあ二か月より前はなにを描いていたんだろうと思いました」
 風呂場でも違和感があった。
 拓斗は風呂の入浴剤について「きれいな色ですね」と猫山に話しかけた。その返事は「いつも柑橘系の香りがする」と、色についての言及を避けたものだった。
 そして確信したのは、拓斗が猫山のキャラクターに色をつけた時だ。
「わざとオリジナルと同じ色を塗ったんです。雄一郎みたいなリアクションを期待して。だけど猫山先輩は笑いもせずに、困った表情になりました。どんな色が塗られているのか、わからないのかなと思ったんです」
 ダメ押しは、みんなでアイスを食べた時。
「猫山先輩はキウイフルーツが苦手だった。だから緑色だけは避けたい。だけど、先輩は色がわからない。だから一本アイスを取り出して、啓太に色を確認したんです」

 ――これにしようかな……、啓太、これ何色だ?
 ――紫色!
 ――当たり。えらい! 

 猫山と啓太は、昨夜そんなやりとりをしていた。
「まあ、確かにあれば不自然だったかもな」
 猫山は苦笑した。
「雄一郎にマンゴーを取ってほしいと言われたとき、箱ごと渡したのもそのためです。猫山先輩は黄色がわからないから、一本だけ取り出すことができなかった」
 猫山は降参というように両手をあげた。
「はいはい、そうですよ。オレは色覚異常なんだよ。しかも、モノクロームに見える全色盲だ。わかるのは濃淡くらい。オーケー?」
「どうして隠していたんですか? 不便なことだってありますよね」
「そんなの、カッコワルイじゃねえか」
「全色盲であることは格好悪いことではありません。好きでもない漫画を無理矢理描いているほうが格好悪いです」
「なっ……んで」
 猫山の目が限界まで開かれた。
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