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三章 家族で仲良く暮らしたい、城島啓太

家族で仲良く暮らしたい、城島啓太 3

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「つことで、拓斗行くぞ」
「えっ、ぼくも?」
 ぼんやりとやり取りを聞いていたので、不意に声をかけられて拓斗は驚いた。
「どうせ暇だろ」
「そうだけど」
 付き合ってほしいのなら別の頼みかたがあるだろう。拓斗は眉をつり上げた。気分を害している拓斗を促して雄一郎は外に出た。
 今日は空が曇っている。それでも気温は高いが、日差しがないぶん過ごしやすい。
「啓太くんの家に向かってるんだよね」
「そうだ」
「場所はわかるの?」
「ああ。一駅ほど離れているが、歩いて行けない距離じゃない」
 なぜ啓太の家を知っているのか。その疑問が伝わったのだろう。歩きながら雄一郎は拓斗を流し見た。
「啓太は俺の従弟、陽子さんは母の妹だ」
 拓斗は驚いて足を止めそうになった。
「それじゃあ、大家さんは雄一郎の実のおばあちゃんなわけ?」
「そうだ」
 どうりで「ばあちゃん」と呼んでいるわけだ。仲がいいというだけの理由ではなかったのだ。
「どうして隠してたのさ」
「隠すってほどじゃねえけど、先入観がない方がいいと思ったんだよ。おまえのピアノの発表会に、ばあちゃんと一緒に行ったこともある」
「それは、ありがとうなんだけど」
 拓斗は複雑な気分になった。
 大家が以前から拓斗を知っていたのなら、シェアハウスで初めて出迎えてくれた時の言動も納得がいく。特になんの面談もなく拓斗が入居できたのも、雄一郎の祖母だからだろう。
「大家さんが、夢を追っている人のためにシェアハウスをしているのは、恩返しだって言ってた。夢を諦めそうになった時に救われた経験があるからって」
「そうだな。俺もあそこに住むようになった時に、ばあちゃんから聞いた」
「大家さんが叶えた夢ってなに?」
「俳優だよ」
 大家の芸名を聞いて驚いた。テレビや映画をほとんど見ない拓斗でさえ聞いたことがある名女優だった。
「ばあちゃんは子供のころから女優になるのが夢で、初めてのオーディションに受かって映画会社に入社したまではいいが、顔だけの大根だと言われ続けて、何年もエキストラのような役しかもらえなかったらしい」
 カメラに映るかどうかの端に配置され、邪魔者扱いされることも多かった。後から入社してきた俳優は、どんどん主演をこなして輝いている。
 自分には才能がない、もう夢を諦めて実家に帰ろう。そう思い始めていた大家は、別の映画会社から引き抜かれてやってきたプロデューサーに目をかけられ、運命が変わった。
「プロデューサーはばあちゃんの芸名を変えて主演に大抜擢した。台詞よりも立ち居振る舞いで魅せるシーンを増やしたりして、ばあちゃんが引き立つ作品を作り続けた。その映画はことごとくヒットした」
 大家はプロデューサーを妄信し、言われるがままどんな役にも挑戦した。大家の評価は高まっていき、押しも押されもせぬ名女優になっていく。そして二人は公私ともに深い仲になった。
「そのプロデューサーというのが、じいちゃんだ」
 日本人なら知らぬ者はいないという大女優として君臨していたが、大家は結婚を機にあっさりと芸能界を引退し、その後は夫のサポートに回った。
 夢が変化したからだ。俳優になる夢が叶い、今度は愛する人と温かな家庭を築きたいと。
「じいちゃんは十年前に他界したんだが、その際に住んでいた土地のほとんどを売却して、残した一部で今のシェアハウスを始めたんだってさ」
「綺麗な人だと思っていたけど、有名な女優さんだったんだね」
「大昔の話だけどな」
 柔らかい笑顔だ。雄一郎が大家を慕っているのがよくわかる。
 こうして話しているうちに、目的地に着いたようだ。雄一郎が足をとめた。
「ここだ」
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