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一章 初めての事故物件
一章 初めての事故物件 その10
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(幽霊が、しゃべった)
「兄さんっ」
央都也は思わず隣りの兄の腕に抱きつきながら振り返った。
そこに存在しているのだから、しゃべってもおかしくない。むしろ、なぜ今までしゃべらないと思っていたのか。
《聞こえた?》
《今、幽霊がしゃべったよね》
《マジかよ、聞こえないんだけど》
《くそっ、霊感があればっ》
「お願い?」
雄誠は冷静に問い返す。
――はい。初めてわたしの姿が見える人に会ったので、もっと早く話しかけたかったのですが、話が盛り上がっているようでしたので。
空気を読む幽霊らしい。
――母に、伝えてほしいことがあるのです。
霊は悲しそうに瞳を伏せた。
二十代後半に見えるその男は、ホテルマンのように髪をなでつけていてスーツを着ていた。この姿で首をくくったのだろうか。それとも、一番思い入れの強い姿なのか。黒目がちな瞳は優しそうで、薄い唇は神経質そうにも見える。
――わたしは遺書を残していたのですが、気づかれずに破棄されてしまいました。さきほど、お兄さんが来られる前に「遺書がない」とあなたが言ったので、思わずあなたのスマホを弾いてしまいました。すみません。
「そう、だったんだ」
(本物のポルターガイストだったのか)
央都也は慄いた。
(この幽霊、本当に害がないんだろうな)
なんだか怪しくなってきた。物を動かせるということは、力が強い霊なのだろう。内見に来た人たちの直感は当たっていたのだ。
――なぜわたしが死を選んだのか、話を聞いていただけますか?
(えっ)
央都也は兄の腕を改めて強く抱いた。
内心、面倒くさいと思う。
幽霊の独白なんて、動画的にはこんなにおいしいことはない。
だが、重い話なんて聞きたくないし興味もない。央都也は今まで誰かに関わることはなかったし、これからも関わりたくないのだ。
《メチャ興味ある!》
《幽霊の告白とかヤバ。面白くなってきた》
《なに? 幽霊がなにか言ってるの?》
《聞こえてる人、頼む、霊の声を書き起こして!》
チャットは案の定、盛り上がっていた。これは聞かないわけにはいかないだろう。央都也は小さく「うう」と唸る。
「話してくれ」
雄誠が先を促した。
――ありがとうございます。
幽霊は丁寧に頭を下げた。
――わたしは牛黒洋平といいます。
洋平は静かに語り出した。
洋平は銀行に勤めていた。人付き合いは苦手だが、仕事は手を抜かない勤勉なタイプだ。
特に不自由なく生活していたが、二十代半ばで上司のミスを押し付けられてから人生の歯車が狂った。
周囲からの風当たりが強くなり、理不尽さに苛立った洋平自身も仕事をミスするようにもなって、居場所がなくなった。コミュニケーション不足だったため、周囲から手を差し伸べられることもなかった。挽回しようと必死になったが空回りし、気づけばうつを発症していた。
洋平は休職し、メンタルクリニックの通院以外は部屋にこもった。一人暮らしなので、医師以外との会話もない。実家の親には休職していることを伝えていなかった。
――孤独に押しつぶされそうになり、何度も死のうと思いました。
(一人のほうがいいじゃないか。変なの)
そう思ったが、兄の肩に頭をのせたまま央都也は黙っていた。この考えはマイノリティだという自覚はちゃんとある。
「兄さんっ」
央都也は思わず隣りの兄の腕に抱きつきながら振り返った。
そこに存在しているのだから、しゃべってもおかしくない。むしろ、なぜ今までしゃべらないと思っていたのか。
《聞こえた?》
《今、幽霊がしゃべったよね》
《マジかよ、聞こえないんだけど》
《くそっ、霊感があればっ》
「お願い?」
雄誠は冷静に問い返す。
――はい。初めてわたしの姿が見える人に会ったので、もっと早く話しかけたかったのですが、話が盛り上がっているようでしたので。
空気を読む幽霊らしい。
――母に、伝えてほしいことがあるのです。
霊は悲しそうに瞳を伏せた。
二十代後半に見えるその男は、ホテルマンのように髪をなでつけていてスーツを着ていた。この姿で首をくくったのだろうか。それとも、一番思い入れの強い姿なのか。黒目がちな瞳は優しそうで、薄い唇は神経質そうにも見える。
――わたしは遺書を残していたのですが、気づかれずに破棄されてしまいました。さきほど、お兄さんが来られる前に「遺書がない」とあなたが言ったので、思わずあなたのスマホを弾いてしまいました。すみません。
「そう、だったんだ」
(本物のポルターガイストだったのか)
央都也は慄いた。
(この幽霊、本当に害がないんだろうな)
なんだか怪しくなってきた。物を動かせるということは、力が強い霊なのだろう。内見に来た人たちの直感は当たっていたのだ。
――なぜわたしが死を選んだのか、話を聞いていただけますか?
(えっ)
央都也は兄の腕を改めて強く抱いた。
内心、面倒くさいと思う。
幽霊の独白なんて、動画的にはこんなにおいしいことはない。
だが、重い話なんて聞きたくないし興味もない。央都也は今まで誰かに関わることはなかったし、これからも関わりたくないのだ。
《メチャ興味ある!》
《幽霊の告白とかヤバ。面白くなってきた》
《なに? 幽霊がなにか言ってるの?》
《聞こえてる人、頼む、霊の声を書き起こして!》
チャットは案の定、盛り上がっていた。これは聞かないわけにはいかないだろう。央都也は小さく「うう」と唸る。
「話してくれ」
雄誠が先を促した。
――ありがとうございます。
幽霊は丁寧に頭を下げた。
――わたしは牛黒洋平といいます。
洋平は静かに語り出した。
洋平は銀行に勤めていた。人付き合いは苦手だが、仕事は手を抜かない勤勉なタイプだ。
特に不自由なく生活していたが、二十代半ばで上司のミスを押し付けられてから人生の歯車が狂った。
周囲からの風当たりが強くなり、理不尽さに苛立った洋平自身も仕事をミスするようにもなって、居場所がなくなった。コミュニケーション不足だったため、周囲から手を差し伸べられることもなかった。挽回しようと必死になったが空回りし、気づけばうつを発症していた。
洋平は休職し、メンタルクリニックの通院以外は部屋にこもった。一人暮らしなので、医師以外との会話もない。実家の親には休職していることを伝えていなかった。
――孤独に押しつぶされそうになり、何度も死のうと思いました。
(一人のほうがいいじゃないか。変なの)
そう思ったが、兄の肩に頭をのせたまま央都也は黙っていた。この考えはマイノリティだという自覚はちゃんとある。
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