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二章 引きこもりの鬼
二章 3
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翌日は日曜日で大学が休みのため、毬瑠子は朝からマルセルと駅で待ち合わせた。鬼の住む山のある最寄り駅だ。
改札前ではなく、バス乗り場の近くで待ち合わせていたのだが、急に周囲がざわめきだして毬瑠子は顔を上げた。そこにはいつものスリーピースに、襟の高いマントとシルクハットという格好のマルセルがいた。
端麗な容姿だけでも目立つというのに、まるでドラキュラ伯爵のような衣装では注目されないはずがない。毬瑠子は唖然としてしまった。
「おはようございます、マルセルさん。すごい格好ですね」
「今日は日差しが強いので、日除けです」
マルセルは軽くシルクハットを持ち上げてにっこりと微笑んだ。
鬼のいる場所まで行くには登山道から外れて険しい道もあるそうなので、毬瑠子はできるだけ登山用の衣装を揃えた。しかしマルセルはヒールのある革靴なので、山道は大丈夫だろうかと心配になってしまう。人外のマルセルにとって、山道など大した問題ではないのだろうか。
「毬瑠子、夜見るあなたも美しいですが、朝日に照らされているあなたも美しいです」
大げさに褒められて毬瑠子は赤面した。マルセルは息を吐くように褒めてくる。
実際に毬瑠子は整った容姿をしていた。日本人離れをした白い肌とはっきりとした目鼻立ちで、手足が長くスタイルもいい。
小学生の頃はハーフだとからかわれていて、見知らぬ父は外国人かもしれないと考えたことはあったが、まさか人と吸血鬼のハーフだとは思いもしなかった。
二人は注目を浴びながらも、バスで四十分ほどの場所にある山の麓に到着した。
「マルセルさんも電車やバスに乗るんですね」
スマートフォンも持っているので今更だが、吸血鬼が文明の利器を使っていると不思議な気持ちになる。
「一人では乗りませんよ、わたしは飛べますからね。今日も駅までは飛んできました」
「そういえば」
マルセルがコウモリになれることを思い出し、毬瑠子は手を打った。では今日は毬瑠子に合わせてくれているというわけだ。
そんな話をしながら二人は山道を歩く。
鬼は山頂にある忘れられた小さな社の前にいるそうだ。手入れがされず獣道のようになった道をのぼることになる。
「坂が急になってきましたね。危ないですから気をつけてください」
「はい」
特に問題はないだろう。運動能力には自信がある。
そう思っていたが、トレッキングシューズの底が湿った土に滑って、毬瑠子はバランスを崩した。
「大丈夫ですか?」
前を歩いていたマルセルに抱き留められて転ばずに済んだ。端正な顔が心配そうに毬瑠子を覗き込む。見た目以上に逞しい身体に包まれて毬瑠子は緊張が走った。香水だろうか、甘やかな香りもする。
「すみません、今のは不可抗力ですよ」
すぐにマルセルは毬瑠子から離れた。そういえば初日に「あなたには指一本触れないと誓います」と言っていた。毬瑠子は気にしていなかったが、マルセルは触れることを拒絶されたことが堪えているようだ。
「いえ、ありがとうございます、助かりました」
マルセルさんがいい人だってことは、もう充分わかってるんだけどな。
娘として甘えることができればマルセルは喜ぶのだろう。しかし、それほど年が離れているようには見えない男性に「父親です」と言われても、簡単には受け入れられない。
毬瑠子は幼いころ、父親がほしかった。あの頃から一緒に暮らしていれば話は違ったのだろうが……。
しばらくすると森が暗くなってきた。木々が深くなって光が遮られている、というだけではない。
あやかしたちの気配が強くなってきたのだ。
「おい、そこの吸血鬼」
二人は足を止めて、少年のような声がした先を見る。
改札前ではなく、バス乗り場の近くで待ち合わせていたのだが、急に周囲がざわめきだして毬瑠子は顔を上げた。そこにはいつものスリーピースに、襟の高いマントとシルクハットという格好のマルセルがいた。
端麗な容姿だけでも目立つというのに、まるでドラキュラ伯爵のような衣装では注目されないはずがない。毬瑠子は唖然としてしまった。
「おはようございます、マルセルさん。すごい格好ですね」
「今日は日差しが強いので、日除けです」
マルセルは軽くシルクハットを持ち上げてにっこりと微笑んだ。
鬼のいる場所まで行くには登山道から外れて険しい道もあるそうなので、毬瑠子はできるだけ登山用の衣装を揃えた。しかしマルセルはヒールのある革靴なので、山道は大丈夫だろうかと心配になってしまう。人外のマルセルにとって、山道など大した問題ではないのだろうか。
「毬瑠子、夜見るあなたも美しいですが、朝日に照らされているあなたも美しいです」
大げさに褒められて毬瑠子は赤面した。マルセルは息を吐くように褒めてくる。
実際に毬瑠子は整った容姿をしていた。日本人離れをした白い肌とはっきりとした目鼻立ちで、手足が長くスタイルもいい。
小学生の頃はハーフだとからかわれていて、見知らぬ父は外国人かもしれないと考えたことはあったが、まさか人と吸血鬼のハーフだとは思いもしなかった。
二人は注目を浴びながらも、バスで四十分ほどの場所にある山の麓に到着した。
「マルセルさんも電車やバスに乗るんですね」
スマートフォンも持っているので今更だが、吸血鬼が文明の利器を使っていると不思議な気持ちになる。
「一人では乗りませんよ、わたしは飛べますからね。今日も駅までは飛んできました」
「そういえば」
マルセルがコウモリになれることを思い出し、毬瑠子は手を打った。では今日は毬瑠子に合わせてくれているというわけだ。
そんな話をしながら二人は山道を歩く。
鬼は山頂にある忘れられた小さな社の前にいるそうだ。手入れがされず獣道のようになった道をのぼることになる。
「坂が急になってきましたね。危ないですから気をつけてください」
「はい」
特に問題はないだろう。運動能力には自信がある。
そう思っていたが、トレッキングシューズの底が湿った土に滑って、毬瑠子はバランスを崩した。
「大丈夫ですか?」
前を歩いていたマルセルに抱き留められて転ばずに済んだ。端正な顔が心配そうに毬瑠子を覗き込む。見た目以上に逞しい身体に包まれて毬瑠子は緊張が走った。香水だろうか、甘やかな香りもする。
「すみません、今のは不可抗力ですよ」
すぐにマルセルは毬瑠子から離れた。そういえば初日に「あなたには指一本触れないと誓います」と言っていた。毬瑠子は気にしていなかったが、マルセルは触れることを拒絶されたことが堪えているようだ。
「いえ、ありがとうございます、助かりました」
マルセルさんがいい人だってことは、もう充分わかってるんだけどな。
娘として甘えることができればマルセルは喜ぶのだろう。しかし、それほど年が離れているようには見えない男性に「父親です」と言われても、簡単には受け入れられない。
毬瑠子は幼いころ、父親がほしかった。あの頃から一緒に暮らしていれば話は違ったのだろうが……。
しばらくすると森が暗くなってきた。木々が深くなって光が遮られている、というだけではない。
あやかしたちの気配が強くなってきたのだ。
「おい、そこの吸血鬼」
二人は足を止めて、少年のような声がした先を見る。
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