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四章 雨降り小僧と狐の嫁入り
四章 2
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「おう、来てやったぜ」
なじみとなったバリトンボイスに毬瑠子が振り向くと、予想通り桂男の蘇芳がドアから入ってきた。珍しく、胸には子供を抱えている。
黄色と黄緑色が混じった水玉模様の鮮やかなレインコートを着ている少年は、小さい両手で顔を押さえて、ほとんど声を立てずにシクシクと泣いている。
「こいつを泣き止ませてやってくれよ、もう二週間以上泣きっぱなしだ」
「そんなに?」
蘇芳の前におしぼりなどを置きながら、毬瑠子は銀髪の少年を見た。なにがそこまで少年を悲しませているのだろうか。
「こいつが泣き止めば雨が止む。長雨の原因はこいつだ」
「えっ」
まさか、部屋干し臭で毬瑠子を悩ませている元凶が現れるとは。普通の少年にしか見えないが、ずいぶんと力の強いあやかしなのだろうか。
「ほら、顔を上げてみな。あの吸血鬼がおまえの悩みを解決してくれるから」
「蘇芳、わたしにもできることとできないことがあります。勝手なことを言わないでください」
「そうだ、無理だよ。誰にも……翔太にしか……」
そう言うと、少年はおえつをしながら泣き続ける。
マルセルは困ったというように眉を下げた。
「子供が泣いているのは忍びありません。できる限りのことはしますから、話を聞かせてください」
少年は首を振る。
心配そうな表情で少年を見ていたクロは、奥のカウンター席からおりて少年の隣の席にのぼった。そして銀髪の頭をなでる。
「ボクもマルセルに話を聞いてもらったにゃ。大丈夫にゃ。絶対になんとかしてくれるにゃ」
「……ほんとう?」
少年はやっと顔をあげた。濡れた手をおろすと、大きな瞳は虹色に輝いていた。
「うわ……」
思わず毬瑠子は感嘆の声をあげた。少年は女の子のように可愛らしい顔をしている。いや、毬瑠子が少年だと思っただけで、本当は女の子なのかもしれない。まるで天使のようだ。
「善処いたします」
マルセルは確証のない約束をするのは好きではないようで、努力表明をした。
「泣いてばかりいては喉が乾くでしょう。なにか飲みませんか? 飲みながらゆっくり事情をお聞かせください」
「俺にもな。今日こそギムレット以外のをくれよ、マジで」
少年はフルーツジュースを手にしながら、泣き始めた原因を語った。
* * *
――出会いは雨の日だった。
その日、雨降り小僧はキツネの依頼で雨を降らせた。キツネの婚儀は雨が好まれる。天候を司る雨降り小僧は、天気の操作をあやかしによく頼まれた。
立派なキツネの嫁入り行列をしばし見学してから、雨降り小僧はのんびりと雨の散歩を楽しんでいた。雨降り小僧は雨が大好きだ。
自然が多い都市近郊の朝の住宅地は、雨で外出する者が少なく人気がなかった。
歩くたびにカランコロンと下駄が鳴る。中骨を抜いた和傘を帽子のように頭にかぶり、青い童子格子の着物を着ていた。襟足が長めの銀髪はサラサラと光を放つ。
雨の神・雨師に仕える侍童なのでその存在は神に近く、小僧とはいっても中性的な容姿だった。
「おい、おまえ。変わった格好をしているな。なんのコスプレだ?」
自分に声をかけられていると気付かず、雨降り小僧は反応が遅れた。通常、人にあやかしは見えない。
振り返ると、スポーツ刈りのはつらつとした少年が立っていた。八、九歳くらいだろうか。黄色と黄緑色が混じった水玉模様の鮮やかなレインコートと、お揃いの長靴をはいている。
なじみとなったバリトンボイスに毬瑠子が振り向くと、予想通り桂男の蘇芳がドアから入ってきた。珍しく、胸には子供を抱えている。
黄色と黄緑色が混じった水玉模様の鮮やかなレインコートを着ている少年は、小さい両手で顔を押さえて、ほとんど声を立てずにシクシクと泣いている。
「こいつを泣き止ませてやってくれよ、もう二週間以上泣きっぱなしだ」
「そんなに?」
蘇芳の前におしぼりなどを置きながら、毬瑠子は銀髪の少年を見た。なにがそこまで少年を悲しませているのだろうか。
「こいつが泣き止めば雨が止む。長雨の原因はこいつだ」
「えっ」
まさか、部屋干し臭で毬瑠子を悩ませている元凶が現れるとは。普通の少年にしか見えないが、ずいぶんと力の強いあやかしなのだろうか。
「ほら、顔を上げてみな。あの吸血鬼がおまえの悩みを解決してくれるから」
「蘇芳、わたしにもできることとできないことがあります。勝手なことを言わないでください」
「そうだ、無理だよ。誰にも……翔太にしか……」
そう言うと、少年はおえつをしながら泣き続ける。
マルセルは困ったというように眉を下げた。
「子供が泣いているのは忍びありません。できる限りのことはしますから、話を聞かせてください」
少年は首を振る。
心配そうな表情で少年を見ていたクロは、奥のカウンター席からおりて少年の隣の席にのぼった。そして銀髪の頭をなでる。
「ボクもマルセルに話を聞いてもらったにゃ。大丈夫にゃ。絶対になんとかしてくれるにゃ」
「……ほんとう?」
少年はやっと顔をあげた。濡れた手をおろすと、大きな瞳は虹色に輝いていた。
「うわ……」
思わず毬瑠子は感嘆の声をあげた。少年は女の子のように可愛らしい顔をしている。いや、毬瑠子が少年だと思っただけで、本当は女の子なのかもしれない。まるで天使のようだ。
「善処いたします」
マルセルは確証のない約束をするのは好きではないようで、努力表明をした。
「泣いてばかりいては喉が乾くでしょう。なにか飲みませんか? 飲みながらゆっくり事情をお聞かせください」
「俺にもな。今日こそギムレット以外のをくれよ、マジで」
少年はフルーツジュースを手にしながら、泣き始めた原因を語った。
* * *
――出会いは雨の日だった。
その日、雨降り小僧はキツネの依頼で雨を降らせた。キツネの婚儀は雨が好まれる。天候を司る雨降り小僧は、天気の操作をあやかしによく頼まれた。
立派なキツネの嫁入り行列をしばし見学してから、雨降り小僧はのんびりと雨の散歩を楽しんでいた。雨降り小僧は雨が大好きだ。
自然が多い都市近郊の朝の住宅地は、雨で外出する者が少なく人気がなかった。
歩くたびにカランコロンと下駄が鳴る。中骨を抜いた和傘を帽子のように頭にかぶり、青い童子格子の着物を着ていた。襟足が長めの銀髪はサラサラと光を放つ。
雨の神・雨師に仕える侍童なのでその存在は神に近く、小僧とはいっても中性的な容姿だった。
「おい、おまえ。変わった格好をしているな。なんのコスプレだ?」
自分に声をかけられていると気付かず、雨降り小僧は反応が遅れた。通常、人にあやかしは見えない。
振り返ると、スポーツ刈りのはつらつとした少年が立っていた。八、九歳くらいだろうか。黄色と黄緑色が混じった水玉模様の鮮やかなレインコートと、お揃いの長靴をはいている。
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