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#8 夫の浮気を突き止めたら監禁された

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なぜ母がうちに?

呆然と見ていると、

「逃げるわよ」

と母は言う。


「逃げるって……」


頭が回らない。

逃げるって、どこから?



母は私の手を取ると、玄関の外に引っ張り出す。

「ちょっと……」

「靴履いて!」

余裕のない母。

その目は険しく、警戒しているようだった。


靴を履いて玄関の外に出る。

そのまま、母に手を引かれるままに歩く。



「ねえ、どういうこと?」


母は無言だった。


いったい、どういうことなんだろうか。

京介に黙って家を出てしまっていいのだろうか。

そんなことばかり考えていた。


手をひく母に抵抗するように足を止める。

「出かけるなら京介に……」

私がそう言うと、母が振り向く。

「もういいの、真琴」


「え?」

「私が間違ってた」


そう言うと、母はくしゃっと顔を歪めた。

「全部、本当はわかってて、それが真琴のためになると思って……」


「私のため……?」

「たとえ嘘でも……生活のためには割り切らなきゃいけないことがたくさんある」

「そう思ってた」

「でも間違ってたね。お母さん、間違えちゃったね……」


「じゃあ、全部、京介のウソだって……」

知った上で。

知った上で、私をお父さんと騙していたんだ。


怒りが込み上げる。

「どうして……!」

どうして助けてくれなかったの?


その言葉が出そうになってハッとする。



助けてくれなかった?

私が自分の責任で結婚して失敗したのに。

……私はもうとっくに一人の大人なはずなのに。


まだこうして親が助けてくれるのが当然だって思っていた。


「離して……」

振り解かなければ。

母に甘えてしまう。

そう思った。


いつからだろう。

京介から逃げることを諦めて、全てを受け入れるようになっていた。

自分はもっと強いと思っていたのに。

今、母に「助けてくれなかった」と怒りをぶつけそうになっている自分がいる。


不甲斐なさで涙が出た。

「離してよ……」

母の手は力強く私の手を握っている。




母は真っ直ぐに私を見つめる。


「ごめんね……! 真琴、ごめん! お母さん、真琴を守らなきゃいけなかったのに!」

その瞬間、頭の中のもやがすっと無くなるような感覚があった。


「お母さん……」

声が震える。

母は泣いていた。


そして、

「ごめんね、真琴……偉かったね。よく、我慢したねえ……」


大人として耐えていた自分が、その言葉で、崩れ去る。

それはどこか見えないところで堰き止められていた感情の奔流だった。


怒り、悲しみ、安心、喜び、全てがごちゃ混ぜになってどうしようもなく一気に溢れ出る。

気がついたら私は母に縋り付いて泣いていた。





「見たの」

近所を早足で歩きながら、母が言う。

「京介さんがその……女性といるところ」


真琴「そう……」


その時の母のことを考えると胸が痛んだ。

京介に対して怒りはない。

ただ恐怖だけがあった。

さっきまで、何もかも諦めてどうでもいいと思っていたのに、今では絶対にあの部屋に戻りたくないと思った。


今は一歩でも遠く、ここから——

心臓が止まるかと思った。

母も固まっている。

コンビニの前に停車している車。


間違いない。

見栄っ張りな京介が無理をして買った外国製の車。




血の気が引く。

今見つかったら……


ふと見ると、京介はちょうどコンビニに入っていくところだった。


母と顔を合わせて、頷く。

気づかれないうちにここから立ち去る。

そう思った。

真琴「え……」

通り過ぎる一瞬、助手席に見えた。


明るい、長い髪の女。

関係ない……

ここから逃げるのが優先。




逃げる……




なんで、私が逃げなきゃいけないの?




「真琴?」

私は足を止める。


母が訝しげな顔で私を見る。

「全部……悪いのはあっちなのに」

「どうしたの……? 早く行かないと……」


「真琴? ちょっと!」

気がついたら、私は京介の元に駆け出していた。

その肩をガシッと力を込めて掴む。


「京介」

振り返った京介は信じられないようなものを見る顔で私を見る。

「ま、真琴……!?」


「どうしてここに……?」



完全に取り乱しているのか、いつも薄笑いを浮かべている顔が動揺していた。

「仕事で出社してたんじゃないの」


「いや、それは……」



「車の中に誰かいるけど……誰?」

その瞬間、助手席から女が出てくる。

女は顔をうつむけて、一目散に逃げ出そうとする。


逃がさない!

女をすぐに追いかける。


「真琴、待て!」

後ろで京介がそう叫ぶ声が聞こえる。


走りにくそうなハイヒールに対して、私はスニーカー。

すぐに追いつき、女の腕を捕まえる。

女は必死に抵抗して、腕を振り解こうとする。




揉み合っていると、女の髪に手が触れ、それが落ちる。


ウィッグだった。



女と目が合う。

「嘘……」


それはよく見知った顔だった。



ずっと信頼していたのに……

なんで?



「智子」



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