歌姫聖女は、貴方の背中に興味があります

325号室の住人

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孤児院での暮らし・11歳

歌姫聖女の力

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「聖女様…歌姫聖女様、ご気分が優れませんか?」

気付いたら、鍬を抱き締めた大男が背中を丸めて私の顔を覗き込んでいる。

「あぁ…大丈夫よ。」

顔を上げたら、まるでキスでもできてしまいそうな距離に大男の顔があって思わず飛び退いたの。

「危ない!」

次の瞬間に私は大男に抱き締められており、鍬は小さい子達が種蒔きをした真上に柄を落としたの。

「「あーーーー!!!!」」

小さい子達は、もちろんその光景に声を発するわね。
そして顔が歪んで行き…………

私は、その直前に大男の胸を叩いて暴れると、いつも最初に泣き出す方の小さい子を抱き上げる。
もう1人も左腕に乗せるように抱き上げると、2人に話し掛ける。

「去年よりも、上手に種を蒔けるようになったのね。」
「うん! そうだよ。」
「でも、オジサンのクワが!」
「大丈夫よ。一緒に『芽吹きの歌』を歌いましょう。♪~」

私が最初のフレーズを歌えば、小さい子達も一緒に声を合わせた。
私達の歌が聞こえたのか、畑中に伝染するみたいに歌が広がって行く。

昨日の私のソロは、小さい子達に目配せすれば一緒に歌い始める。
そこへ、畝作りをしてた子や遠くで畑を耕していたウルもこちらへやって来て、コーラスをしてくれた。

最後のフレーズをみんなでハモって一緒に目を開けると、何故か畑が金色に光って見え、そして…

パチンッ…パカンッ……

畑から、音を立てながら芽吹きが始まっていた。

小さい子達を地面に下ろせば、楽しげに踊りだす。

「「うわぁ~!」」
「ほら、大丈夫だったでしょ?」
「うん!」
みんなも大興奮で笑顔になっていた。

ただし大男だけは、顎が落っこちそうになりそうに口をポカンと開いて、静かに涙を流している。

そこで私は、ウルに話したかったことを思い出した。
でも私が口を開こうとしたその瞬間、大男が大きな音を立てて私の前に身を屈め…いや、跪いた。

「『歌姫聖女』様……」

孤児院のみんなは大男の態度にその大きなかたまりを見下ろしてたけれど、飽きたみたい。

「歌姫聖女?」
「セア姉、聖女なの?」
「そういえば昨日も、セア姉のソロの時に初春薔薇がどんどん咲いてたもんね。」
「ホント、魔法みたいだったもん。」
「そうだよね。」
「聖女なんて、すごいね。」

孤児院の子達は、みんな興奮したようで概ね喜んでくれているみたいだったわ。
ただ私が一番に知らせたかったウルだけは、とても固い表情をしていたの。

私はそんなウルを見て、何だかとても嫌な予感がしたわ。
だから、次の瞬間にはウルの腕を掴んで、走り出していたの。



「ちょっ、どうしたんだよセアリア!」

畑から孤児院や小さな神殿を挟んだ向こう側まで走ったところで、ウルが私に声を掛けてきたの。
ウルが私の腕を振り解こうと振るから、私はやっとそこで立ち止まったわ。

私は振り返って、正面からウルを見つめた。
ウルはそんな私から視線を逸らしたの。

「ウルがおかしいからだよ。」
「俺が?」
私は頷く。
「私ね、『歌姫聖女』に認定されたのって、ウルのお陰だと思ってたの。私は歌が好きだし、この先も歌っていられるなんてとても幸せなことだと思って…
でも、ウルは喜んでくれてないでしょ? そういう顔してたもん!」

ウルは、しまったとか、バレたかとか、そんな表情をしていたわ。
でもその時、ウルの向こうにこちらへ走ってくる大男が見えたの。
だから私は、慌ててあの木に登ったわ。
それでウルに手を伸ばした。
大男が来る前に、私とウルはウルの昼寝場所へ隠れたの。

「ハァ、ハァ、居ない…。聖女様はどこへ行かれたんだろう……」

私達が乗ってる枝の下から大人の男の声がしたと思ったら、走り去る足音が聞こえたの。

「「ふぅ…」」

2人で同時に息を吐いて、それが何だか面白くて、2人同時に吹き出しちゃったわ。


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