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1人暮らしを決意していた、18歳頃

女神へ帰還報告

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ウルにスコーンを1つ手伝ってもらってやっと食べ終えた私を待って、聖女のローブと神官用のローブの正装を纏うと連れ立って聖女像の方へ向かったの。

出発の直前までのバタバタした感じは既に礼拝室にはない。
救護所として使っていた消毒液の匂いも感じないように整列したベンチに、今の今まで窓を開けていたみたいに空気は澄んでいて、祭壇もギリアン爺と同じやり方できれいに飾られていたの。

私は祭壇の前に膝を付き祈りの姿勢をとって目を閉じると、無事に帰還できたことを女神に報告し、先に食事してしまったことを丁寧に詫び、それから『芽吹きの歌』を歌ったの。

声はいつもより力強く神殿の隅々まで広がり、まるで神殿の壁がないみたいに通り抜け、山を全て包みこんでしまうのがわかるほどに伸びやかに進み、空気に溶けるのまでしっかりと感じることができた。

2曲目は、『初春薔薇の歌』を歌い始めると、孤児院時代にはなかった男声のパートでウルも歌ってくれたの。
中央神殿で黄金の女神像の前で歌う時のパイプオルガンの重厚さを思い出させるような低いパートから、ギリアン爺が昔弾いてくれた足踏みオルガンのような高さまでの変幻自在なコーラスに、とても心が温かくなったのよ。

歌の終わりも、目を閉じているのにコンダクターが手を握るのに合わせるように、とても気持ち良く歌えたの。

立ち上がると、何故か足がガクガクしてうまく立てなかったら、ウルが体を支えて礼拝用の1番前のベンチに座らせてくれたの。
力強い腕に、ちょっと恥ずかしくなって頬が熱くなったわ。

「少し顔が赤いな。大丈夫か? 熱が出たのか?」

ウルが心配そうに私の顔を覗き込むのを見て、私はウルを押し退けるように両手を伸ばすと、
「大丈夫だから!」
と言いながら顔を伏せた。

「やっぱり長旅で疲れたんだろ。」

ウルは言うと、私が返事をする前に軽々と私を抱き上げたの。

「ひゃん!」
「ぷっ…ククク…見た目はすっかり大人なのに、まだ可愛らしい悲鳴は出せないんだな。」
「もう! ウルだって王子様みたいに綺麗な顔なのに、喋り方はそのままなんだから!」
「お前な! 俺がこの顔で王子様みたいな喋り方したら、ただの王子様だろうが。」
「ふふふ…確かに。それだとウルだとわからないものね。」

お喋りしているうちに、私の部屋までやって来た。

「ここで良いわ。」
「いや、運ぶ!」

ウルは私を抱き上げたまま器用に扉を開くと、部屋の奥のベッドの前までスタスタと歩いた。

「さっき『浄化』したし、今夜寝る分には大丈夫だと思うぞ。」
私を寝かせ、雑にガバっと掛布を私の頭が隠れるほどにかぶせると、
「それじゃおやすみ。ゆっくり眠るんだぞ。」
パチンとスナップを鳴らせば、話したいことがあったのに何故か瞼が重くなってしまった。

チッ

おでこに何か柔らかいものが触れた感触と小さな音が耳に届いたけれど、既に意識は夢の中へ旅立ち始めていて、それが何なのか問うことはできなかったの。


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