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しおりを挟むサロンに通されたアンリは、先頭を歩いていた男性からソファをすすめられた。
掛ければ、マーチがお茶を出してくれた…のだが、この家の食事が美味しくて久々に力いっぱい食べてしまったアンリは、ハッキリ言ってもう何も口にしたくなかった。
「アンリさん、単刀直入に言う。
実はこれから、君のご両親がこの屋敷へやって来る。
君にはご両親にバレないように、この部屋のどこかへ隠れて欲しい。」
「……? わかりました。」
アンリは、準備を終えると配置につき、気配を消した。
「やあやあ、よく来たね。コリン・スプリンジャー。」
サロンにやって来た父へ、婚約者候補の父親だと思われるご当主という風体の男性は立ち上がって出迎え、握手を求めた。
対して父は、
「キール! アンリを返してもらおう。」
差し出された手を弾いて握手を拒否した。
──父の形相ヤバい。この男性は父に何をしたの?
「まぁまぁ、そう焦らずに。」
「これが焦らないでいられるか。お前は学生時代から本当に……。」
──どうやら、学生時代から何かされていたみたいね。
アンリは現在、マーチと同じ髪色の鬘をつけてマーチと並んで立ち、父と男性の動向を見ていた。
「ではコリン。実はこの室内にアンリ嬢は居る。探し当てたら君の元へ返そう。」
アンリの父である辺境伯は、室内を見渡した。
その頃ポーライルは、赤い屋根の屋敷の前で待機していた。
無事に森を、それから自国の砦も馬で駆け抜け、最初は本邸の方へ向かった。
しかし、玄関ホールで案内されたのはこちらの屋敷で、こちらに到着すれば応対に出た家令によって、辺境伯は中へと案内され、ポーライルはここでの待機を言い渡されたのだった。
「これがアンリだ。」
辺境伯は1人の侍女に声を掛け、その腕を取った。
「ハッ! 正解だ。」
男は言い捨てるように言い、アンリは鬘を取った。
「父上、よくわかりましたね。」
アンリが言えば、
「当たり前だろう? 今のお前は母さんにそっくりだ。」
と辺境伯は答えた。
「さて次は、我が息子を招き入れようと思う。」
男が言う。
「は? 何を言っている? お前が言ったのだろう? 探し当てたら私にアンリを返すと。」
「だがなぁ…良いのかい? アンリさんは、私の息子に会いたいかもしれないよ?」
男は言う。
「私が、御子息に?」
アンリが訊ね返せば、男は思わせぶりな表情でアンリを見る。
「まぁ少なくとも、息子はアンリさんに会いたがっていたよ?
じゃあ、そうだなぁ…そろそろ………」
男は、アンリの顔を覗き込むようにした。
アンリとしては、別に俯いたり視線を落としたりしたつもりは無かったのに、どうして《覗き込まれている》と感じるのだろうか。
不思議だな……
そう思っているうちに、どんどん視界が狭まり、そして最後には真っ黒になった。
「効いてきたかな? 先程のアンリさんの食事には、実は、意識はそのままに、体の自由を奪う薬を混ぜておいたのだよ。」
「キール! 何でこんなことをしたのだ!!」
──確かに、アンリには父の声がハッキリ聞こえるが、指先も、それに瞼さえ自力で動かすことはできなかった。
「これから、我が息子がこの部屋にやって来る。
アンリさんには……そうだな。このソファにでも横になっていてもらおう。」
すると、アンリの体は何者かによって動かされた。
パシンッ
「キール!アンリに触れることは許さない!!」
父の声と共に、アンリの体は持ち上がる。
瞬間、もう何年も嗅いだことのない父の好む男性モノの香水が香った。
「このソファで良いのか?」
父の声と共に、アンリの体は軟らかな場所へ下ろされた。
「さぁ、コリンは私と隣の部屋へ。
これから見たものについてが真実だ。けっして口も体も挟まぬよう。」
「キール…何か考えがあるのか?
わかった。こうなったお前は、もうどうしたって止められないからな。
それに、全てが終わったら必ず、アンリに状態解除の薬を飲ませてやってくれ。」
それから、父と男、2人分の足音が遠くなり…
パタンッ
静かに扉が閉まる音がすると、辺りは静寂に包まれた。
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