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元悪役令嬢と、辺境伯令嬢
しおりを挟む「マリア…」
ジン様の指先が私の頬から顎へと進み、少し首の角度が変えられると同時にジン様の顔が近付きながら右へ傾き…
『…うわっ気まずっ』
私は頭に響いた声に慌てて顔を背ける。
「ごめん、マリァ…」
ドドドドドドゴゴッドゴゴッドゴゴッ……
そこへ、群れをなした力強い馬の蹄の音が響いた。
私達の前に止まったのは、迎えの馬車ではなく複数の馬だった。
大きな馬で、乗っている人間は見えないものの馬の背からは人間の足が2本見えているため、確かに乗馬中の人がいるのだとわかるほどで、頭絡も手綱もあまり目立たない簡易的なものだった。
先頭の馬から降り立ったのは背の高い女性でこちらへ歩いて向かってくる。
その後ろの馬から降りてきたのは体の大きな男性らで、先程助けを呼びに行ってくれた騎士と同じ服を着ており、ジン様の足元に膝をついた。
そのまた後ろで馬から降りた者らはこちらに一礼すると馬車の壊れた車輪と1頭残った馬に近付き、何やら作業を始めた。
「お待たせ、ジン。あ、もしかしてこの子がローズマリアンナ・シルクテローラ? マジで? あ、ノーメイクとか? ゲームよりかわいいしー! とりあえずハグ!!」
背の高い女性は急に私を抱き締めた。
「ぐえっ…」
『母、苦しい!』
「あ、ごめん。ルイーズ。」
「姉さん。マリアは僕の妻です。」
ジン様は、力強く抱きしめられている私を、女性の腕の中から助けてくださった。
「え、姉さん?」
「あぁ。こちらは僕の姉でルイーズの母である、シャンテ・スタイキだ。」
「辺境伯令嬢様? あの、いつもジン様やルイーズ様にはお世話になっております!」
私がガバリと頭を下げれば、
「あぁ、いいのいいの。こちらこそ、いつも弟と娘がお世話になって…」
シャンテ様は、乗馬服のまま淑女の礼を取られ、
「貴女のお心遣いに感謝申し上げます。」
と仰る。
私も、ワンピースながら淑女の礼を取った。
「ところで姉さん。『ルイーズの服を買いに行く』と周囲に告げてから、かれこれ数週間となりますが?」
「あ、ごめーん。買いに行ったのに全然赤ちゃんっぽい服なくてさ。だから、商会立ち上げて、工場建てて、店もオープンしちゃってたの。」
「そりゃ時間も掛かりますね…」
ジン様とシャンテ様との掛け合いから、シャンテ様が短期間の家出をするのはそこまで珍しくないことのようだとわかった。
「その前だって、見合いがイヤだと家を出たのに急に帰って来て!」
「あぁでも結局、領を出たところでゲイルに見つかっちゃってさ…アイツ、アタシがいくら「ストーリーと違うから」って伝えても全然理解しようとしなくてさ。
跡継ぎの男子を産むまでここから出さないとか言って、でもルイーズも一緒に産まれたし…だからチャンスと思って連れて逃げたのよ。
まぁ、ルイーズ託したところでまた捕まっちゃったんだけどさ…」
──シャンテ様の話は、情報量が多すぎるわ…
「それよりも…さっきから気になってたんだけどぉ……」
シャンテ様は、私の胸元でスリングから顔を出すルイーズ様を抱き上げた。
「このロンパス、いいね!」
「これは、マリアが作ったものだ。」
「やっぱり! アタシ転生する時に神様にお願いしたんだもんね。子育てをちゃんとしてきた魂をローズマリアンナに入れてって。
中のオムツは…へぇ、布オムツか。なるほどね。
じゃ、サンプルもらっていくね。量産したら実家送るから。ホイ! それじゃまたねー!!」
シャンテ様は、簡単に魔法でルイーズ様を裸にすると、再び馬に乗って来た道を戻って行った。
ルイーズ様は案の定と言うか泣き出し、騎士の一人が私達の着替えの入ったトランクを持ってきてくれて、その場で着替えさせた。
ちなみに泣きながら頭に響いたのは、
『ゴルァー! バカ母ぁー!! アタシの一張羅返せェェ!!!』
だった。
──だよね。気持ちわかるわ。
結局、その時には馬車の修理も向きも直っており、隣領への一泊旅は日帰り旅となって、ルイーズ様のいつものお風呂の時間までには全員無事に帰宅したのだった。
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