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元悪役令嬢、溺愛される午後
しおりを挟む「婚姻式の衣装を準備したいんだそうだ。侍女長が。だから、来月になってしまった。」
「………………はぃ…」
挙式の日程についてジン様から話があったのは、挙行に頷いた翌日の午後のお茶の時間だった。
ちなみに私は、執務机でお仕事をしているジン様の膝の上にいる。
「本日のジン様の午前の執務時間はうわの空で、全く仕事が進んでいないのでございます。
夕食以降、奥様とルイーズ様とお過ごしになられたいのなら、午後もお仕事をしていただかなければ。
ということで、申し訳ありません奥様。」
最近では珍しく、来客もないのに昼食をルイーズ様と2人きりで食べ終え、ルイーズ様を担当侍女のところへ送って行った直後、執事長に声を掛けられ、執務室へとやって来た私に、ジン様はエスコートから流れるように私を自分の膝へと誘導したのだ。
気付いたら膝の上だった私は、ジン様が私の頭があって書類が見えないと言うのでジン様の胸に頭を寄り掛からせている関係で、ジン様の声は私の左耳から左の側頭部に掛けてを響かせている。
書類を数枚終えると額にキスされるし、
「落っこちてしまいそうだよ。」
なんて言ってたまに抱き寄せられるし、
「僕にドキドキしてくれてるの? こうしているとマリアの鼓動が…顔もずっと真っ赤だけれど、大丈夫? 仮眠室へ行こうか?」
なんて言われれば、看病のため過ごした仮眠室での密着など思い出してしまって、そんなことを考えてしまった自分の回想に焦る。
「けけけけ結構ですぅ!」
何だかずっと甘々で、バクバクが止まらない。
「本当は、今日にでも挙式したかったのに叶わなかったんだ。これくらいは許してくれって執事長と侍女長に許可はもらってるから、堂々とくっついていて。」
「はうぅ…」
吐息混じりに言われれば、気を失いそうに頭がクラクラして、何でも委ねてしまいそうになる。
「ルイーズがお昼寝をしているこの時間だけなんだから。僕とマリアが2人っきりで居られるのは…」
ちゅ…
──頬に唇を押し当てただけなのに、どうしてそんな音が出るの!
確かに、現在この部屋には私とジン様しかいない。
でもたまに、お茶のワゴンを押した侍女長や、届いた手紙を届ける執事長もやって来る。
いくらノックをしてくれるとは言え、私の心の準備ではなくジン様の心の準備で入室許可が出てしまうから、すごく恥ずかしいのに…
「マリア?」
「はい?」
「やっぱり、書類とペンではなく、君を抱きしめたいよ。」
ジン様が仕事に飽きてしまったみたいだ。
でもこんな時にはどう言えばいいか、きちんと執事長に聞いているのだ。
私はレクチャーを受けた通りに実践する。
ここに来る廊下で、何度も練習したもの!私はできるわ。
ジン様を視線だけで見上げて、まずは名前を呼ぶ。その際、《様》は付けずに言えれば尚良し。
「ジン…」
ジン様が、少しだけ驚いた表情で私を見下ろす。
うん、成功だわ。
それから、自分のことを《私》ではなく名前で。
「マリアは…」
この時、両手は縋るようにジン様の胸へ添えるようにして…
「ジンがお仕事をしているところ、とてもかっこいいと思います。」
それから、届く範囲で顔に近いところへ………うん、襟の辺りで限界だわ。
ぷす…
──あぁ、綺麗な音はでなかったけれど、服ではなく首筋に届いた!
それから、また元の位置でジン様を見上げ……
「マリア!!」
むっちゅうちゅうちゅちゅちゅううぅ…
──なんか、すごい仕返し来た……
「よし。マリア成分補充完了。すぐに仕上げてしまうから、見ててくれ。」
けど、仕事に集中してくれたみたい。
そうして、辺境伯夫妻の午後は過ぎて行くのだった。
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