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ご使者殿の出立と残された家族の夜 1
しおりを挟む「ルイーズ?」
夕食の時間、ルイーズの様子がおかしいことに気付く。
「今日は、ライ様としっかりお別れできたかしら。」
「えぇ…」
──何と言うか、うわの空なのよね。
ご使者殿は、ライ様の帰宅を待ってから出発された。
夜の闇に紛れて、しっかり統率された一つの軍とも言える一団は、中央の馬車と前後に騎馬の護衛を連れて領境を無事出発したと、執事長から報告を受けている。
護衛には、ご使者殿の奥様の影の方々も馬で同道しており、その内の1人は王太子殿下と入れ替わって馬車に乗り、馬車が消えては不審に思われるかもしれないため、そのまま王立学園の高等科へと向かうそうだ。
他に辺境伯領騎士団からも、下位貴族家の者である団のナンバー2とナンバー3は護衛に参加しており、そのままご使者殿と同道して王城内までもきちんと護衛を果たすこととなっているとのこと。
ジンも同道しており、彼の国の王太子殿下と合流後は他の団員と一緒に、交代した者の乗ってきた騎馬で移動する王太子殿下を守りながら、この領へ戻って来るとのこと。
だから、今夜の夕食もルイーズと2人きりだった。
ルイーズは先程から度々食事の手を止めては窓の外をボーっと眺めたり、右の頬に手を当てて溜め息をついたり…
──やっぱり、ライ様と離れるのがイヤなのかな。
「ルイーズは、ライ様のことが気になるの?」
ハッとして顔を上げたルイーズと、やっと視線が合う。
「では、夕食後にあちらの棟へ行ってみましょうか。
ただし、そのまま眠れる服装でね。貴女はまだ5歳なのだから。」
「はい!」
すると、それまでが嘘だったように黙々と、でも優雅さも残しながら食べ終えると、身支度を整えてしまった。
ジンと同じ色合いの金髪は左肩から胸までのお下げになり、下にズロースを穿いたネグリジェは、少しフリルをあしらった薄紫色、普段の寝間着とは違ったオシャレなもので、大人仕様だ。
来客者用の棟が近付くと、小さい子どもの泣き声が聞こえてきた。
ルイーズと顔を見合わせると、急いでご使者殿のご家族の滞在する部屋へ向かった。
父親の急な出立に、子どもながら、いや、子どもだからこそ、何かを感じ取ったようだ。
お母様である奥様の右側は3歳児を抱え、左側は5歳児と手をつなぎ、膝の上には1歳児を乗せて、ソファに固まっていた。
3歳と5歳は私達の姿が見えるとこちらへ駆け寄って来る。
私はご令嬢を抱き締め、ルイーズはライ様とハグしている。
「ルイーズ。隣の寝室でライ様と一緒にお喋りしながら眠っていいわよ。今夜だけ特別ね。」
「「ありがとう。」」
「行こう!」
「あぁ。」
ルイーズは、この部屋の続き部屋になっている使用人用の小部屋に続く扉に向かう。
私はご令嬢を抱き上げると、部屋の隅の少し薄暗くなっているところへ移動する。
お尻を優しくトントンしながらゆるゆると揺れれば、ご令嬢はあっという間にお尻のリズムでゆったりと呼吸を始め、安心した表情で眠ってしまった。
奥様のいらっしゃるソファへ戻れば、授乳を終えた奥様が、自分の横に1歳の子を寝かせ、衣服を戻しているところだった。
「もうすぐ2歳になるのにね。コレがないと眠れなくて…」
私には経験がなくて、曖昧に笑う。
ルイーズは特殊な子だから、私に会ってからミルクを飲んでいる姿でさえ見たことがなかった。
「夫が出立して、その時に1人1人に遺言のような言葉を掛けたので、3人とも緊急事態なのだと気持ちがざわついてしまって…
この子も寝てくれて良かったわ。」
「そうですね。」
私は、すやすやと眠るご令嬢の頭を撫でる。
「可愛い盛りですもの。きっと無事に戻っていらっしゃいますよ。」
「ならば良いのですが…」
奥様の顔が不意に曇る。
「覚悟はできているつもりだったのですがね…
国へ入ったら、私の実家は意外と近いのです。いろいろなことが落ち着いたら、またルイーズちゃん達と遊びに来て欲しいわ。」
「はい、是非。」
それから、奥様も私もソファで仮眠を取ることにした。
この邸は、このフロアは、この部屋は…
きちんと辺境伯領騎士団により守られている。
きっとこの先の道中は、自国へ入られるまで安心して休めることはないのだろう。
ならば、せめて…
──どうか、このご家族が無事に祖国へ帰れますように。
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