こちら冒険者支援ギルド ダンジョン課

瀧音静

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真名

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その魔王は初めて勝てないと感じた。

何をしても防がれて、こちらの力は目の前の人間にはまるで届かない。

向こうからも決定的な一撃は出ては来ないが、それでも少しづつ押され始めた戦いに、
まるで勝ち目の見えない戦いに、ついに魔王は折れた。

負けを受け入れ、あまつさえ屈辱的な契約をして、魔王は、その椅子を人間へと譲り渡した。



 ミヤジが攻撃を受け止めた事によって出来たほんのわずかな時間。
その時間をきっちり逃さず、ツヅラオは優しく抱き上げて、ミヤジは乱暴に首根っこを掴んで、風と同速で駆ける神楽は大きく跳躍し、魔王城城壁へと着地する。

「あんたなぁ、魔王さんから手紙もろたら直ぐにいや。ほんま、肝が冷えたわ……ツヅラオ、無事よな?」
「は、はいなのです。えと、……とりあえず危ない状況なのです?」
「魔王を討伐しようと、リリスがモンスターの大軍率いてきた。って手紙にはあったが? 冒険者もいるじゃないのよ」
「色々聞きたい事あるやろけど、少し待ちぃや。ちょっと数が多くて苦戦しとるんよ。……あんた、なんか秘策とか持って来てへんの?」

 時間にルーズと自覚のある神楽自身より遅い到着となったミヤジに思わず文句が零れ、すぐにツヅラオの安否を確認した神楽は、ツヅラオの返事だけをしっかりと聞いて、暗にどうにかしろ、とミヤジへと投げかける。

「秘策っつーか、トンデモねー隠し技ならあるぞ。ま、一回こっきりだけど」
「この状況を何とか出来る程やろね?」
「どうだか。気分次第ってとこだと思うが」

 歯切れが悪そうにそう返したミヤジは、天へと向かって全く聞きなれない名前を大声で叫ぶ。

「リューゲ・ナハト!! てめぇの力を一回寄越せ! 契約に従ってな!!」

 その場に居た全員が、耳に届いた聞いた事の無い名前に一瞬思考を巡らせた時。
空が、というよりは夜が、大きく割れた。

「はいは~い。お呼びですか~? ~」

ゆっくりと馬鹿にしたような遅い速度で降りてくるリューゲ・ナハトなる名前の持ち主は、待ってましたと言わんばかりにミヤジに向かって胸を張って。

「何でも一度だけ言う事を聞く、その契約に従って今から貴方の望むままに僕の”嘘”を使いましょ~。はてさて~どんな”嘘”をご所望ですか~?」

 任せろと言わんばかりに胸を叩く吸血鬼リューゲ・ナハトはミヤジからの言葉を待つ。

「可能な所まででいい。この戦いを起こらなかったことにしろ」
「流石に全部は無理です~。優先順位をどうぞ~」
「1、冒険者達の参加。2、リリスと吟遊詩人のバフ、3、モンスターの魅了だ」
「可能なのは2までです~。よろしいですか~?」
「さっさとやれ」
「は~い。ではでは~、契約に従い~、能力を使います~」

 やり取り後に、いつものように夜を作ることは無く、ただ手を前に伸ばして手拍子をして。

「冒険者の皆さま~。さようなら~」

 両手を伸ばしたまま大きく左右に振って、冒険者達の姿が音無く気配無く、一瞬で消え去る。

 ミヤジに望まれた”嘘”を付き終えた吸血鬼は、ゆっくりと魔王の元へと近寄り、

「では魔王様~。……いいえ~、現魔王様~。リリスに続いてこの吸血鬼も~、あなたへの下克上を宣言します~」

 全く緊張感のない声でそう言い放ち、即座に夜を編み始める吸血鬼に。

「させると思いますか!?」

 側近が妨害を、と殴り掛かるも側近の拳は虚しく吸血鬼を素通りする。

「させると思いますか~?あはは~、思うわけないじゃないですか~。全く、僕の力を過信し過ぎです~。僕はただの”嘘”つきなんですから~、あなた方近接バカに攻撃されたらひとたまりも無いんですよ~?」

 側近が慌てて振り向くも、そこに吸血鬼の姿は無く、声のする上を向いてみれば、

なので~、と続ける吸血鬼の声がステレオのように重なって聞こえて……

 側近の目には少なくとも2桁の吸血鬼の姿が確認できた。

「僕の無い知恵絞って考えた結果~、そもそもどれが本体か分からなくしちゃえばいいという結論に至ったので~、冒険者より厄介な僕個人軍の相手でもお願いします~」

 と、ここで早くもバフの切れた大軍を制圧したマデラが吸血鬼へ向けてブレスを放つも、

「おや~、その姿は懐かしいですね~。……そして忌々しい」

 語尾に怒気を孕ませて、ブレスなど放たれていない事にする。

「久々に名前で呼ばれたんですから~、自己紹介ぐらいさせてくださいよ~。名前はミヤジが呼んだ通り、リューゲ・ナハトです~。今はこんな吸血鬼の姿ですが~、これでもです~。どうせみんなやっちゃうつもりなので~、覚えてもらわなくても結構です~」

 そう言って、十数人の吸血鬼が天へと手を掲げて、

「一先ずは~、潰れてみます~?」

 と今居る戦場全てを覆う程の巨大な氷塊を作り出し、無造作に、ポイと魔王城目掛けて捨てる。

「いや、あんなんあかんやろ!」

 と神楽が動く前に、魔王と、そしてマデラの攻撃により、氷塊はあっさりと砕けた。
一方は横に一閃しただけで、もう一方羽ばたきの勢いに任せ、尾を氷塊に打ち付けただけ。
一瞬の行動で瞬時に砕かれた氷塊は、

「そうなりますよね~。知ってましたよ~?」

 今度は破片が誤認識され、無数の刃片となって魔王城に居る神楽、ツヅラオ、ミヤジに降り注ぐ。
けれどもその刃片は、3人の目前で何かに阻まれたかのように制止して、勢いを失ってそのまま地面へと落ちていく。

「あのさ、お前の能力がまだ健在なんだぞ? 

 吸血鬼を睨みつけながら言うミヤジの横顔を見たツヅラオは、何故か懐かしさを覚えた。
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