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第十六話 病院
しおりを挟む「……き」
誰かの声が聞こえる気がする。でもこんな暗闇の中に誰かいるわけがない。きっと気のせいだろう。
「……み……き!」
また聞こえた。2回も聞こえるならさすがに気のせいではないだろう。しかしいったいどこから聞こえるんだ?そして誰が言ってるんだ?
「……満月!」
今回ははっきりと聞こえた。同時に体を揺さぶられる感覚が伝わった。僕は目を開けた。しかしまぶしさに耐えられずにすぐに目を細めた。
だんだんと視界がはっきりとしてきた。真上には丸いLEDライトの灯りがあり、僕の目をまだ攻撃してくる。次にぼんやりと見えてきたのは、焦りと心配を混ぜた表情の兄貴だった。僕の目をまっすぐに見ている。
「満月!!」
だんだんと意識がはっきりしてきた。すると背中に何やら柔らかくて滑らかなものを感じた。どうやら僕はベッドに寝かせられているらしい。
ん?なんで兄貴はそんなに心配そうにしているんだ?そして大丈夫って何のこと……
「!?」
思い出した。僕はトイレに行った後、部屋に戻ろうとしているときに夢の中の人に出くわしたのだ。逃げようとしたけどその人のほうが足が速くて……。そこで記憶が途切れている。ということは僕はあの人に何かされたのか?
「満月!大丈夫か?」
「……大丈夫」
僕はとりあえず頷きながら言った。すると兄貴はホッと胸をなでおろした。
「……ここは?」
「病院だよ。お前が家で倒れてたから救急車を呼んだんだ。いやぁよかった。倒れてるの見たときはびっくりしたよ。けがをしてる様子がなかったから脳卒中とかかと思ってたけどそんなことはなかったよ」
兄貴は今度は安堵とうれしさの混ざった笑顔でそう言った。しかしそんな兄貴を見ている僕の心には少し雲がかかった。
「……僕は何で倒れてたの?」
「先生が言うには腹を殴られて気を失っていたらしい」
兄貴は再び心配そうに僕を見た。
「まさか自分で殴ったわけじゃないだろ?誰にやられたか、覚えてないか?そうじゃなくても何か覚えてない?」
まさか仮面をつけた人が家に侵入してその人に殴られたとは言えない。しかしここは正直に言うべきか?
僕は思い出すふりをしてどうするべきかを考えた。
「……いや、何も覚えてない」
「少しも?」
「……うん。全く」
「……そっか。あとで警察が来ると思うから何か思い出したら正直に話してね」
にっこりと笑っている兄貴を見ていると胸が少し痛くなった。正直に話すべきだったのかもしれない。何が起こって、誰がいたのかを。
僕が後悔の念にとらわれていると、自分と大きさがあまり変わらない兄貴の手が頭の上に乗った。そのままゆっくりと前後に手を動かす。子供じゃないんだからやめてよと思う反面、こうされているとなぜか心が落ち着くからずっとしていてと思った。自分はまだまだ子供なのかもしれない。
「大丈夫だ。今日一日安静にしてればそのうち思い出すって。先生に目が覚めたって言ってくるから待っといて」
兄貴は手を放して立ち上がり、そのまま病室を出て行った。
「今日一日安静に、か」
上をボーっと見ながらつぶやいた。三か年皆勤目指してたけど無理そうだな。
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