裏十六国記

銭屋龍一

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漆黒の大地、火の定め 21

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「ええい。まだ見つからぬのか」
 白圭宮の玉座の前で、苛立ちを隠しもせず、ぐるぐると同じ場所を回りながら、阿選が怒声をあげた。
「はっ。彩関親王が深手を負っているのは確か。あれ以後どこかに姿を見せたという情報は入っておりません」
 禁軍中軍の将軍、英章は膝を折り、礼の姿勢を崩さず言葉を返した。
「だが死んではおらぬのであろう。それでは何の意味もないわ。早く我の前にその死体を届けぬか。姿を消してもう何年だ。息があるのなら、深手を負っていても癒えているかも知れぬ。そうなればますます厄介ではないか」
 阿選の苛立ちは収まる気配もない。
「しかし、傷が癒えたのであればもう反転攻勢に出てきているはず。それもないのですから、息はあるもののもはや動くことも叶わぬ状態ではないかと」
 文官の幹部である莱袁が英章の言を助けるようにそう繋いだ。
「誰がその姿を見た。誰が確かめたというのだ。そうであるならさっさと命を奪ってこぬか。いや、お前たちの手で奪えぬというなら居場所だけでも突き止めろ。息の根は我が取ってやるわ」
「主上。我らに対抗する勢力もほぼ壊滅させております。いまさら、のこのこと彩関親王が戻ってきたところで、その命に従う者はおりますまい」
 阿選の前には主だった幹部がそろっていた。その中には彩関親王の治世でも高い地位を授かった者も少なからず含まれている。ただの偽王ではない。武官から文官に至るまで、これだけの幹部がそろうということは、それを束ねる者にそれだけの力があるということだ。幹部たちは偽王を祭り上げているとは思っていないだろう。本当の王が阿選であると信じているからこそ従っているのだ。
「何を寝ぼけたことを。そうであるならとっくに我らが全土を手中にしているはず。いくら規模が小さいといえどもいまだに反抗する者たちがいることが、そうでない何よりの証拠ではないか」
 阿選の言葉はどこまでも激しい。
「正式に天鬼麟が選んだ王が玉座にあっても小さな内乱のひとつやふたつは起こるもの。すでにそれくらいのことになっているのではありませんか」
「それを申すか」阿選は剣を抜き、発言した幹部の喉下に刃を突きつけ「そうであるならなぜ新しい麟果が蓬山になったという知らせが届かぬ。知らせが届かぬのはあの出来損ないの小童の天鬼麟がまだどこがで生きている証。我はあやつの息の根を止めるほどの一撃をこの手で与えたのだ。今もはっきりと手ごたえが残っておるわ。死体を確認する前に雲海の上だというのに虚夜が起こって消えてしまうとは。忌々しいとはこのことよ」
「しかし白雉の足もここにあります。これが玉璽の代わりとなるは誰もが知ること。何も恐れることはないのではないですか」
「本心からそう申しておるのか? 足は叩き切ってやったがあの鳥は落ちなかった。片足でしがみついたまま、まだまっすぐ正面を向いて立っておるではないか」
「彩関親王のでも小童の麒麟のでもよい。いずれかの死体か首をここに届けよ。それができぬのなら、自らを恥じて代わりに死ね」
「主上。我らがなぜ主上とお呼びしているのかお忘れか。我らは正式な王があなた様であると信じるからこそそう申しているのです。どうしても苛立たれてしまわれることはお察し申し上げますが、主上と信じる者へのお言葉にはご注意願いたい」
 英章は敬いの思いも伝えた上で、しっかりした口調で言い切った。
 さすがに阿選も言い過ぎたと思ったのか、ひとつ咳をすると玉座に座った。
「にしてもすべてはあの小童の天鬼麟が元凶。蓬莱の地に流されていた間に壊れてしまったに違いない。あの小童は出来損ないであったのだ。王が選べぬ天鬼麟など天鬼麟ではないわ」
 誰に言うともなく、この内乱の発端となった部分について口にすると、いかにも疲れたという風に眦を揉んだ。
「そのことを一番よく知っているだろうに、あの女将軍がこの場に居ぬのが気に入らぬ」
 阿選はやっと落ち着いたのか声を抑えてそう言うと今度は首筋を揉みはじめた。
 女将軍とは、もちろん、李斎のことであった。
 けして女と悟られぬように男装し振る舞っているが、李斎が女性であることは国の要人はみな知っていた。
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