裏十六国記

銭屋龍一

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漆黒の大地、火の定め 87

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 五日ほどで楊月は首都から冠鬼麟の元に帰ってきた。
 そのもたらした情報はここに集まっている、李斎を初め、全員で共有するべきだと思った。
 だから楊月には隠遁を解かせ、その身を皆の前に現れさせた。
「軍艦を建造しているということですか」
 話やすいように冠鬼麟が話題を振った。
「そもそもこの世界には他国を攻めるという概念はない。海からも陸からもだ。だから軍艦がどのような構造であれば良いのかも、船大工ですらわかっていない。ただ海賊はこの世界にも居る。その海賊達の海賊船を元案にした大型の舟を作っている」
 楊月はゆっくりとした口調で述べた。
「ただの法螺話なのではないのか」
 訊いたのは李斎だ。
「ここに帰る道すがらの港町に寄って、確かめてきた。大型の舟と、速度の出る足の速い小舟も大量に建造していた。おまけに付近の海賊を高い賃金を提示してかき集めてもいた」
「本当に他国を攻めるつもりなのか? 国内の押さえのための布石ではないのか?」
 これも李斎だ。
「この戴顕林国で、国内の押さえのためだけに、あれだけの舟数はいらない。さらにこの耳で宮城内で他国を攻めるための準備をしていると確かに聞いた」
「他国を攻めれば天の罰が下る」
 李斎は声を強めた。
「この国の正式な王を幽閉して、その代わりに王になったのが阿選だ。いまさら天の罰などおそれはしない。その背後に土蜘蛛がついていれば、なおさらだ」
「土蜘蛛とはなんですか」
 本当に訊くというより、話の流れを作るために冠鬼麟が発言した。
「土蜘蛛とは、わたしだ。李斎殿をはじめ、ここに集われている方の幾人かは、わたしの真の姿をご存じであろう。人はわたしを化け物と呼んだ。人並み外れた体、膂力。そればかりでなく、一般に超能力と呼ばれる類いの力を持っている者も多い。表の世界では知らぬ者も大勢いるだろうが、裏の世界では知らぬ者はいない存在でもある。土蜘蛛とは一族の名。その名のとおり、当初は地中に国を造り生きてきた。だが次第に地上の世界とも接触するようになった。それは地下帝国だけでは生きていけなくなったからだ。地上に道を切り開かねば一族の死が待っていた。だから土蜘蛛は歴史の裏側で国や王を操る術を身につけた。そしてまた、土蜘蛛とは妖魔でもある」
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