修羅の牌

銭屋龍一

文字の大きさ
上 下
24 / 62

修羅の牌 24

しおりを挟む
 ようやく一難が去ってほっとしているところを、ムラタンに肩を叩かれた。顎を振って、表に出ようと誘ってくる。頷くと、ムラタンと揃ってドアの外に出た。
「なんていうしくじりをしてくれてんねん。さっぱ、わややんか」いきなりムラタンになじられた。
「せやけど貴重な情報やし、ここは聞いておかなあかんと思うて」
「それがなんでここまで状況を悪うせな、できへんねん。もうちょっとましな訊き方があったやろが」
「ほな、もうここから逃げだそか」
「あほ抜かせ。ここで逃げ出したら、俺たち殺人犯確定やないか。誰かに速攻で通報されて御用になるがな。ここは踏ん張って、何事もなかったかのように麻雀打って帰らな」
「よし、わかった。だったらこれ以上怪しまれないために、中、入ろか」
 吉原とムラタンが店内に戻ると、
「おお。坊やたち、逃げだしたんじゃなかったのか。それは、よかった。打つんだろ。ここ空いたよ。康志と俺は帰るから。ふたり入ったらいい」
 一番手前の卓で、焼きうどんを食べていた旦那衆のひとりが、場代を精算しながら言葉をかけてきた。やはりこの旦那がたくみさんで間違いないようだ。
「まてまて、こっちも今終わるから、ちょっと待ってや」
 二番目の卓の客からも声がかかり、なんだかんだ戦況など適当なことを言い合っている内に、二番目の卓もばらけた。
「何だよ。みんな帰るのかよ」健さんはふくれっ面である。
「健さん大丈夫、大丈夫。ここきついさかい、これで約束しまいやで、俺たちと遊ぼうや。仁さんに挑むんは、百年早かったわ」一番奥の卓の客から声がかかった。
「それはいいけどさ。そうなると、またメンツ組めなくならないかい」健さんは、ひいふうみーと数えていく。「頭数はあってるけど、仁さんとこ誰が入るんだよ」
「俺は止めてもいいよ。それとも、そこの坊やたちが、さっき俺に騒ぎを収めてもらったお礼にこの卓に入るとでも言うのかな」
 仁が挑発してくる。顔には笑みを浮かべていた。だがその目は、鋭さを保ったままで、まったく笑っていない。
 殺人事件に関する話でドタバタがあったけれど、誘いとしては願ってもない。これで少しは先ほどの騒ぎの収拾にも繋がるし、なにより本来の目的も達成できる。
 吉原はゆっくりと仁の座っている卓に向かって歩み始めた。「一緒に行こう」とわざわざムラタンに告げる必要はなかった。ムラタンはムラタンで、同じく仁のいる卓に向かって歩き始めている。
「ほっほー。若い人は無謀だねぇ。仁さんに挑もうなんて千年は早いね」
 きついからその卓からは降りると言った男の一人が、茶々を入れてくる。
「いいじゃないか。こっちは若い人たちのエキスが吸えて助かるよ」
 仁は同卓のメンツに言葉を返す間も、吉原たちの動きを目で追っている。
 仁の座る卓の前に着いた。
「よし。二六。これでしまいやな」
 時を計かっていたかのように仁がツモって、手を開く。そのあがりで終局だった。
 他の三人の男たちから、千円札が何枚も卓の上にまかれる。何とめったに拝めない万札まで混じっている。その札を仁がひとりで手早く集める。
「タケちゃん、場代やで」仁が大声で叫ぶ。
「そんな大声ださなくても聞こえるだろ。狭い店なんだからさ。それとも嫌みかい。まったくなんで毎月毎月、月末になるとやってくるのかねぇ。このバカ仁が」
「おいおい。この店に質の悪い虫がつかんように、俺が気を遣うてやってんのんが、わからんのかいな」
「はん。もう、ごきぶり仁っていう圧倒的に悪い虫が巣くってるじゃないか。どうしたら撃退できるのかねぇ、このゴキちゃんは」
「言いたい放題だな」
「そっちはやりたい放題だけどね」
「おいおい。こうやってちゃんと場代も払ってるだろ。客だよ客」
「あたりまえだよ。場代でももらえなきゃ、スリッパで叩きつぶしてやるところさ」
「なんでこうも俺だけに厳しいのかね」
 仁が、にが笑いを浮かべて同卓のメンツに訊く。
「痴話げんかの一種でしょ」
 客のひとりが言うと、たちまちタケちゃんの雷が落ちた。
「まったく、バカ言ってんじゃないよ。みんなまとめて店から叩き出すよ、いい加減にしとかなきゃ」
 タケちゃんは、仁が扇のように広げて持っていた札の中から、あきらかに場代には多いと思われる万札をさらりと一枚抜き取ると、
「ちゃんと後始末しなよ。店のルールだからね」と言い添えた。
「はいはい」と仁たちは、台に作り付けられた半回転で開く点棒入れに、卓上に散らばっていた点棒を数えて納めていく。その所作だけで、負けた男たちも、かなりの打ち手であることが伝わってくる。
 二人の男が抜けるために席を立つ間も、吉原は卓上と仁から視線を外さなかった。
「せっかくさっき助けてやったのに、なんとも、半端なく真剣な顔やな。こりゃまじめに打たんとあかんようや。倉さん、場決めからいくかい?」
 仁がのんびりした口調でそう言うと、ひとりだけ卓に残った打ち手の男、いかにも博打打ちらしい風貌の倉が、
「そう願いたいね。わたしもこれ以上、大事なおぜぜを持っていかれるわけにはいかないからね」と、すばやく卓上の牌から東南西北の四つの牌を選び出すと、裏返して混ぜ始めた。
「立ち親、サイコロ振るかい? それとも東引きで選ぶかい?」
 仁の質問に、牌を混ぜ終えた倉が、
「東引きで」と短く答えた。
 四人がほぼ同時に裏返しの牌に手を伸ばし、思い思いの牌を引いた。
しおりを挟む

処理中です...