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07話
「シェリエーナ。記憶をなくして忘れたかもしれないが、其方は私にとても惚れていた。私も其方が可愛くてしかたがない。だから其方に決定権を委ねるのだ。さあ、シェリエーナ、自分を裏切った従者をどのようにいたぶって殺す?」
私の背筋には冷たい戦慄が走りました。
陛下は観劇でも観ているかのようにとても愉しげで、残酷さを知らない子供のように無邪気です。
――狂っている。
ぽつりと心の中で呟きました。私は本当にこの人のことが好きだったでしょうか?
いいえ、そんなことあるはずがありません。
民を蔑ろにし、傍若無人に振る舞うこの凶悪な男に尽くしたくありません。
「そうだ。精霊歌で其方の考える殺し方を再現してみよ。それも一興だと思わんか?」
私は陛下の後ろに控えていた騎士に無理矢理旦那さまのもとへ連れて行かれました。陛下はああ言いますが、私はもう声が出ません。歌を歌えないと知ったら、どんな目にあうのでしょう。
「シェリエ……さま。もう……申し訳ござ……ゴホッ」
旦那さまの口から大量の血が溢れ、その場に崩れ落ちました。今の発言から、彼が私を裏切ってはいなかったことに確信が持てました。
頭を床にぶつけないよう、私は咄嗟に両手で包み込みます。それに応えるように彼は私の手に自身の手を重ね合わせ確かめるように何度も触ってくれます。
こんな状況だというのに、旦那さまの手は温かくて安心感があって、冷え切った心を包み込んでくれます。さきほど陛下に触れられたときは怖くて心の芯までもが凍えそうだったのに。
記憶はなくても、本能が私に本当の答えを示してくれている。
私は旦那さまににっこりと笑みを浮かべ、額にキスをしてから離れました。彼は驚いて目を見開きます。
「姫……っ」
ごめんなさい旦那さま。
従者としてずっと、主人である私を守ってくれていたんですよね。あなたは私を裏切ってはいなかった。逃亡中、姫として接することは難しかったから、夫婦という怪しまれない手段を取ったのでしょう?
それからあの手紙、あれは良心の呵責に耐えられなくて悩んでいるのを送り主に励まされたのではないでしょうか? 旦那さまは優しくて、誠実な方だから。
あなたがこれ以上、私のせいで傷つくところは見たくありません。
私は口元を動かして、彼にお礼の言葉を口にしました。そして、後ろを振り返って陛下を睨みつけます。
泰然として構えていた国王陛下がぴくりと身体を動かし、立ち上がりました。
「ほう。どうやらシェリエーナはその罪人に洗脳されているようだな」
彼は壇上から降りて大股でこちらに歩いてきました。渋面を作り、私の胸ぐらを掴むと怒号を浴びせます。
「いいか小娘、貴様が仕えて尊ぶべき男はこの私だぞ? この世界の覇者となるべくして生まれてきたこの私なのだ! こんな死に損ないではない!!」
「……」
私が冷ややかに睨みつけると、その様子に虫唾が走った陛下は私の手首を掴み、腕をへし折る勢いでねじり上げてきました。
腕に激痛が走ります。でも、旦那さまが受けた拷問に比べればまだまだ耐えられます。
「泣いて謝ってももう遅いからな。貴様は不敬罪でなぶり殺してやる!」
陛下はさらに力を込めるため、私の腕を掴み直します。彼の手が腕輪に触れました。
その瞬間、腕輪から激しい稲妻が起きました。雷鳴のような轟きに空気が揺れます。同時に腕輪は粉々に砕け、キラリと光った緑の貴石からは、黒鳥が姿を現しました――ラプセルさんです。
陛下は私の腕をへし折ることも忘れ、現れた黒鳥に口をあんぐりと開けています。
やがて、震えるような声を絞り出しました。
「どういうことだ。おまえは、おまえはあの鳥かごの中に閉じ込めているはず。何故おまえがここにいる?」
鳥かごに視線を向けると、確かに黒鳥がいます。が、中の黒鳥はたちまち木彫りの人形に変わってしまいました。
「何故? それはね……」
ラプセルさんは空中で羽ばたきながら、目を細めて陛下を見下ろしています。陛下は慌てて長剣を取りに引き返しました。
「王位を簒奪し、私に呪いをかけたあなたから、すべてを取り戻すためだ!」
彼は空中で黒鳥の姿から人の姿に変化しました。金髪碧眼の青年となり、腰に下げていた長剣を抜くと陛下の肩から心臓を貫きました。
血が吹き出る瞬間を目の当たりにした私は、恐ろしくなって顔を背けます。
部屋には断末魔の叫びが響き渡りましたが、それは一瞬のことでした。すぐにどさりと床に倒れる音がします。
恐る恐る、顔を向けると絶命した陛下の身体が横たわっています。
この場にいる誰一人として陛下を助けようとはしませんでした。それどころか人間の姿になったラプセルさんを前に、全員が跪きます。
「ハルバート殿下、あなたさまのご帰還を大変喜ばしく思います」
宰相がそう告げると、ラプセルさん――ではなくハルバート殿下は淡々と指示を出して事後処理に入られます。
「メルボーンは死んだ。死体を速やかに片づけるように。エリクシス殿には治療魔法を施してくれ。あと、たこ殴りにした輩は捕らえて牢屋に入れておけ。彼は私の呪いを解く手助けをし、この国を救ってくれた救世主。傷つけることも死なせることも許さない」
騎士は短く返事をすると、旦那さまを運び出します。
慌てて私もついていこうとすると、ハルバート殿下に呼び止められました。
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