1 / 2
【前】
しおりを挟む
「あの男、本命がいるぞ」
私にそう言ってきたのは大学の同級生の男子だった。特別親しいとかそういう相手じゃない。グループワークでよく一緒になるのでその時に話す程度の間柄。
その場では「何を言ってんの?」と鼻で笑って返したけど、もともとあった私の中の疑惑は余計に大きくなった。──他の女の影があることには気づいていた。ここ最近ずっと放置されて、連絡しても返って来ないってこと。最後にデートしたのはいつだったっけ? と思い出しては泣きたくなること……
「早く別れろよ。……もっと他にあんたを大切にする男はいると思う」
彼からしたら親切心の忠告だったのだろう。
だけど私はまだ認めたくなかった。
だから罰が当たったのだろうか。
彼氏にふられたのだ。
その時に自分は浮気相手のひとりであるとご丁寧に告げられ、挙げ句の果てに本命彼女にビンタされた。
私は本気でお付き合いしていたのに、横から割って入ったみたいな扱いを受けた。悪いのはその男なのに私が悪役にされたのだ。
このことを同じサークルに入っていたメンバーは軒並み知っていたらしい。
知っていたのに誰ひとり私に忠告することもなく、元カレを注意することもなかった。
私は元カレだけでなく、友達だと思っていた人たちからも笑い者にされていたのだ。
いろんな人に裏切られた私は人間の汚さ、ずる賢さを一気に学んだ。悲しい感情が一気に押し寄せてきて、ショック状態に陥って悪態の一つもつけなかった。
もう恋はしない。
そう決めてからは、彼氏好みの清楚ファッションをやめて地味な芋スタイルに変わった。
元カレのために使っていた時間を自分のために使うことにした。時折彼氏に合わせてサボっておざなりになっていた大学は真面目に通うようになったし、一人暮らしの部屋に置いていた彼氏の痕跡すべて捨てた。
スマホは解約して、番号から全て一新する。もちろん人を影で笑い者にしていたサークルには退会届をたたき付けた。
それからは浮いた時間を有効活用するため、居酒屋も兼ねている小料理屋さんでバイトを始めた。
バイトに慣れはじめると、顔見知りになったお客さんにふとこんなことを言われた。
「お姉ちゃん、お金ないの?」
「え?」
「いや、女子大生なのにオシャレ全然してないから。苦学生とかそういうの?」
あまりの女子力の無ささに鋭い突っ込みが入ると、私は苦笑いを返して濁すしかない。確かに他のバイトさんは髪を明るく染めて化粧しているもんね。それと比べたら私は女子力皆無に見えるだろう。
すると勝手に勘違いされて、お家で食べなとお客さんに差し入れをもらうようになった。食費が浮くから助かるけど、何か盛大な勘違いをされた気もする。
めかし込んでも無駄なんでもう辞めたんです、と言えたらいいけどそうなれば古傷を暴くことになるから言えない。
そんなことを気にするあたり、私はまだまだ振られたことを引きずっているらしい。
◇◆◇
講義を終えて、大学の門を出たところでポツ、と水滴が上から降ってきた。曇天を見上げるとパラパラと雨が降り出し始める。どこからか土の匂いが香って来る。おそらく本降りになるだろう。ずぶ濡れになる前にバイト先に駆け込もう。
そう思って足に力を込めると、それを通せんぼするかのように目の前に車が停まった。
……誰だ。学生の誰かを迎えに来た保護者か?
少しイラッとしながら車を避けて歩こうとしたら、ウィーンとサイドウィンドウが開く音が聞こえた。
「傘ないんだろ? 送ってやるから乗れば?」
親切に声をかけてきたのは、同じ学部に所属する同級生だった。
そして、元カレの浮気を暴露してきたご親切なお節介男でもある。
「いい。バイト先に行くだけだし」
別に親しいわけでもない。
同じ講義に出ることがあり、そこでグループワークを共にすることが数多くあったからそのつながりで話すことが多い程度。
そもそも私はこの人が苦手なのだ。
「……もしかして、俺があんたに何かすると思ってる?」
その嫌味な言い方に私の眉間に軽くしわが寄った。
「あんたみたいなイケメンの車に乗ったら、女子たちに睨まれるでしょうが」
派手なイケメンではない。落ち着いた硬派なタイプのこの男であるが、例にもれずたいそう女子にモテる。
ただし、本人が身持ち固いため、アタックしに行った女性陣は見事に玉砕している。
グループワークで関わることの多い私ももれなくとばっちりを受けてきたのでこの男のおモテ具合はよーく知っている。こちらとしてはどこかで彼女を作って落ち着いて欲しいところなのだが、いまだにそういう色っぽい話は聞こえて来ない。
そもそも女が男の車に乗るってのはあまり褒められたことじゃない。
私は常識に乗っ取って断ったのになんでそういう言い方するのか。
「平気だろ、あんたブスだし」
「……は?」
相手に吐き捨てられた言葉に私は一瞬理解が追いつかなかった。
今、なんと言った?
「噂になると思ってるなら自惚れすぎ。もう少し見た目に気を使えば?」
私の理解がようやく追いついた時、同時に怒りが沸き上がった。
この野郎! 自分の顔面が恵まれているからって、人のことを……!!
「失せろ!」
私は相手を睨みつけると、その場から全力で走り去った。
冬の季節が近づく時期の雨は容赦なく私の体温を奪い、その翌朝高熱でダウンした。
熱にうなされ、あまりの苦しさに過去の嫌なことを思い出してひとり枕を濡らした。実家に帰りたくなったけど、熱でダウンした私はスマホに手を伸ばすことすら億劫で、先日買い替えたばかりの安物敷きふとんの上でシクシクと泣き続けていた。
私って男運ないのかな?
私の何がいけないのだ。何故こんなぼこぼこにされなくてはならないのか……私が知らぬ間に、変な雰囲気を出しているからこうも虐げられるのだろうか。
大学入学時に戻れたら、厄になっている男たちを避けて生きていくのに。どうにかしてタイムリープ、できないかなぁ。
私にそう言ってきたのは大学の同級生の男子だった。特別親しいとかそういう相手じゃない。グループワークでよく一緒になるのでその時に話す程度の間柄。
その場では「何を言ってんの?」と鼻で笑って返したけど、もともとあった私の中の疑惑は余計に大きくなった。──他の女の影があることには気づいていた。ここ最近ずっと放置されて、連絡しても返って来ないってこと。最後にデートしたのはいつだったっけ? と思い出しては泣きたくなること……
「早く別れろよ。……もっと他にあんたを大切にする男はいると思う」
彼からしたら親切心の忠告だったのだろう。
だけど私はまだ認めたくなかった。
だから罰が当たったのだろうか。
彼氏にふられたのだ。
その時に自分は浮気相手のひとりであるとご丁寧に告げられ、挙げ句の果てに本命彼女にビンタされた。
私は本気でお付き合いしていたのに、横から割って入ったみたいな扱いを受けた。悪いのはその男なのに私が悪役にされたのだ。
このことを同じサークルに入っていたメンバーは軒並み知っていたらしい。
知っていたのに誰ひとり私に忠告することもなく、元カレを注意することもなかった。
私は元カレだけでなく、友達だと思っていた人たちからも笑い者にされていたのだ。
いろんな人に裏切られた私は人間の汚さ、ずる賢さを一気に学んだ。悲しい感情が一気に押し寄せてきて、ショック状態に陥って悪態の一つもつけなかった。
もう恋はしない。
そう決めてからは、彼氏好みの清楚ファッションをやめて地味な芋スタイルに変わった。
元カレのために使っていた時間を自分のために使うことにした。時折彼氏に合わせてサボっておざなりになっていた大学は真面目に通うようになったし、一人暮らしの部屋に置いていた彼氏の痕跡すべて捨てた。
スマホは解約して、番号から全て一新する。もちろん人を影で笑い者にしていたサークルには退会届をたたき付けた。
それからは浮いた時間を有効活用するため、居酒屋も兼ねている小料理屋さんでバイトを始めた。
バイトに慣れはじめると、顔見知りになったお客さんにふとこんなことを言われた。
「お姉ちゃん、お金ないの?」
「え?」
「いや、女子大生なのにオシャレ全然してないから。苦学生とかそういうの?」
あまりの女子力の無ささに鋭い突っ込みが入ると、私は苦笑いを返して濁すしかない。確かに他のバイトさんは髪を明るく染めて化粧しているもんね。それと比べたら私は女子力皆無に見えるだろう。
すると勝手に勘違いされて、お家で食べなとお客さんに差し入れをもらうようになった。食費が浮くから助かるけど、何か盛大な勘違いをされた気もする。
めかし込んでも無駄なんでもう辞めたんです、と言えたらいいけどそうなれば古傷を暴くことになるから言えない。
そんなことを気にするあたり、私はまだまだ振られたことを引きずっているらしい。
◇◆◇
講義を終えて、大学の門を出たところでポツ、と水滴が上から降ってきた。曇天を見上げるとパラパラと雨が降り出し始める。どこからか土の匂いが香って来る。おそらく本降りになるだろう。ずぶ濡れになる前にバイト先に駆け込もう。
そう思って足に力を込めると、それを通せんぼするかのように目の前に車が停まった。
……誰だ。学生の誰かを迎えに来た保護者か?
少しイラッとしながら車を避けて歩こうとしたら、ウィーンとサイドウィンドウが開く音が聞こえた。
「傘ないんだろ? 送ってやるから乗れば?」
親切に声をかけてきたのは、同じ学部に所属する同級生だった。
そして、元カレの浮気を暴露してきたご親切なお節介男でもある。
「いい。バイト先に行くだけだし」
別に親しいわけでもない。
同じ講義に出ることがあり、そこでグループワークを共にすることが数多くあったからそのつながりで話すことが多い程度。
そもそも私はこの人が苦手なのだ。
「……もしかして、俺があんたに何かすると思ってる?」
その嫌味な言い方に私の眉間に軽くしわが寄った。
「あんたみたいなイケメンの車に乗ったら、女子たちに睨まれるでしょうが」
派手なイケメンではない。落ち着いた硬派なタイプのこの男であるが、例にもれずたいそう女子にモテる。
ただし、本人が身持ち固いため、アタックしに行った女性陣は見事に玉砕している。
グループワークで関わることの多い私ももれなくとばっちりを受けてきたのでこの男のおモテ具合はよーく知っている。こちらとしてはどこかで彼女を作って落ち着いて欲しいところなのだが、いまだにそういう色っぽい話は聞こえて来ない。
そもそも女が男の車に乗るってのはあまり褒められたことじゃない。
私は常識に乗っ取って断ったのになんでそういう言い方するのか。
「平気だろ、あんたブスだし」
「……は?」
相手に吐き捨てられた言葉に私は一瞬理解が追いつかなかった。
今、なんと言った?
「噂になると思ってるなら自惚れすぎ。もう少し見た目に気を使えば?」
私の理解がようやく追いついた時、同時に怒りが沸き上がった。
この野郎! 自分の顔面が恵まれているからって、人のことを……!!
「失せろ!」
私は相手を睨みつけると、その場から全力で走り去った。
冬の季節が近づく時期の雨は容赦なく私の体温を奪い、その翌朝高熱でダウンした。
熱にうなされ、あまりの苦しさに過去の嫌なことを思い出してひとり枕を濡らした。実家に帰りたくなったけど、熱でダウンした私はスマホに手を伸ばすことすら億劫で、先日買い替えたばかりの安物敷きふとんの上でシクシクと泣き続けていた。
私って男運ないのかな?
私の何がいけないのだ。何故こんなぼこぼこにされなくてはならないのか……私が知らぬ間に、変な雰囲気を出しているからこうも虐げられるのだろうか。
大学入学時に戻れたら、厄になっている男たちを避けて生きていくのに。どうにかしてタイムリープ、できないかなぁ。
30
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
貴方の幸せの為ならば
缶詰め精霊王
恋愛
主人公たちは幸せだった……あんなことが起きるまでは。
いつも通りに待ち合わせ場所にしていた所に行かなければ……彼を迎えに行ってれば。
後悔しても遅い。だって、もう過ぎたこと……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる