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【参】
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街なかのおしゃれな大人の雰囲気のカフェでアイスクリンに舌鼓を打っている最中に私はハッとした。大切なことを忘れていた。
「あっ! 吉原の遊女! 忠お兄様、彼女のことは本当に良かったのですか?」
「見世のオヤジさんが身体を悪くしているところを介抱しただけだから、お礼を受け取るまでもないよ。大丈夫」
ブラックの苦いコーヒーを飲みながら微笑む忠お兄様。オトナな雰囲気が素敵です。
先程からカフェーの女給がお兄様に熱い視線を送っているが、お兄様はそれを全く気にしていない。昔からおモテになられていたけど、海軍の制服を身に纏うようになってからはそれが顕著になった気がする。でもわかる。衣装マジックも合わさって割増でかっこいいもの。
目の前にいる彼を見ると、アイスクリンにはしゃいでいる自分が急に子どもに思えてきた……
「ホントですかぁ? 鼻伸ばしていたじゃないですかー。亜希子お嬢さんがそれ見て『運命の出会い』って興奮してましたよ」
どさくさに紛れて着いてきた吹雪さんは図々しくもオムレツとポークカツレツを食べている。忠お兄様にごちそうになるからって……いや、彼くらい図々しいほうが生きるのが楽なのかもしれない。
彼の言葉を受けた忠お兄様はその秀麗な眉をひそめた。そして私を嗜めるように指摘する。
「…亜希ちゃん、また変な小説でも読んでいるの? そんな簡単に運命の出会いなんて訪れないよ? あれは夢物語なんだから」
「そんな! そんな事ないです! もっと自分の可能性を信じてください!」
今さっきその運命の出会いがあったんだよ! 気づいていないだけだよお兄様! 何故そんな呆れた目を向けるんだ。傷つくんですけど。
あなたには運命の女性が存在するんだ! 説明しろって言われたら困るけど。
このままでは私が頭の弱い子みたいになるじゃないか。
「そんなこと言って……変な男に言い寄られていただろう。雰囲気に流されてフラッと行くかもしれないじゃないか」
「それって俺のことですかぁ?」
あぁまたチクチクやり取りはじめた……忠お兄様は少々過保護がすぎる。それにその言い方は良くないと思うな。
「そんな言い方ないわ! 吹雪さんにはこれから素敵な人との出会いが待っているの!! そう、燻ぶるような苦しい恋がこの先待ってるの…。さっきのはきっと私をからかっただけなのよ!」
多少の下心はあっただろうが、吹雪さんは逆玉を狙っているだけ。多分私が嫌だと言えばあっさり引いてくれるに違いない。忠お兄様が思うほど悪い人ではないんだぞ!
2人の諍いを止めたくて、吹雪さんは悪い人じゃないんだよとやんわり説明したつもりであった。
だけど彼らは私を真顔で見つめ、その後なにやらアイコンタクトを交わして意思疎通していた。
「…悪かった」
「いや。わかっていたんで」
どうやら仲直りしてくれたようだ。良かった良かった。
それはともかく、舞台は始まったのだ。私はマッチ役となって、熱い三角関係を見守らせていただきます!
■□■
「…お見合い?」
ある日、お母様からお見合いの話を持ちかけられた。私は思わず口をへの字にしてしまった。
「そうなの。亜希子を見初めたって御人がいてね、是非にって」
「うーん……」
「先方さんには話したのよ? うちの亜希子は勉強家で、大学進学を目指す革新的な女子なんですって」
お母様も少し困った様子だ。
以前にも、ちゃんと説明した上でお見合いをしたというのに、いざお見合いの場で「女は家庭に入ってナンボ。女学校を退学しろ。嫁いだら夫と義理両親に尽くせ。子どもを沢山産め。女には学なぞ必要なし」と面と向かって言われたことがあるのだ。
家の格はあちらの方が上だったからそんな事を言ってきたのかもしれない。だが、財力で言えば我が家のほうが断然上。
何故、家の格が違うのに縁談が舞い込んだのかと言うと、あちらの家が没落寸前の華族だったのだ。その時は両親が怒って、お断りをしたんだったな……
大正時代風のこの世界では私のような女子は珍しいタイプだが、その両親も珍しいタイプだ。
女子は親に従い、嫁いだら嫁ぎ先と夫に従い、老いたら子どもに従うという考えなので、親の命令のまま嫁いでいくのが普通である。──私の両親のように、娘の意思を尊重してくれる人は少なかった。いや言い方が悪かったな……時代的に尊重する余裕のある人が少なかったのだ。
恵まれた大商家で、今も順調に業績を伸ばしている裕福な我が家だからこんな選り好みが出来るが、一般庶民にはそんな余裕なぞない。私はツイているのだ。
ドラマの世界に転生してしまったといえど、経済的に恵まれた家に生まれて、理解のある両親に愛されて…私は幸せものである。
「…私にはもったいない話だわ。ごめんなさい」
「…そうね、大学受験に向けて頑張っているところだものね。大丈夫、丁重にお断りしておくわね」
両親には悪いけど、優しい両親に甘えさせてもらう。
私の中で将来の目標はしっかり定まってはいるが、何も知らない赤の他人から女子たるものを説教されると、メンタルがひび割れそうになるんだ。これまでもお見合いの場で何度も同じ流れになったから、どうせ今回の人も女学校をやめさせて、良妻賢母になれと説教してくるはずだ。
あちらとしても時間の無駄であろう。
私は話が出た時点でお断りの返事をした。
そう……断ったはずだったのだが。
「亜希子さんは本当にお綺麗なお嬢さんですこと。革新的なお考えの持ち主だとお伺いいたしましたわ」
「これからの時代女性も賢くなくてはと私どもも考えております。うちのせがれは海外へ出張に出かけることが多く、家を空けることも多いので、お嫁さんにはしっかりした女性をと思っておりまして…」
先方の押しに負けて結局お見合いを敢行することになった。お相手のご両親は好意的な反応を示しているが、腹の中でどう思っているのかは定かではない。
相手のお家では軍需品を海外に卸す仕事を積極的に行っているそうだ。
…軍需品。
その単語を聞くと、この先で勃発する戦争のことを思い出してしまう。
忠お兄様は海軍軍人だ。戦争となれば出陣は免れない。
あのドラマの流れから行けば、日本は戦勝国の一員となるが……決して無傷ではない。たくさんの死傷者を出すことになる。ドラマの中では役者さんが演じていただけだけど、ここは現実だ。生身の人間がたくさん亡くなってしまうのだ。
あのドラマの世界に転生したと喜んでいたけど、これが現実である。ちょっと前の自分を殴りたくなってきた……
だけど戦争は避けられない。世界の流れを止める力など私にはない。こんなことなら転生したことを気づかなければよかったかも…。
ドラマの世界で時勢が変化し、【忠】が戦に行くと決まったときには【さくら】と【忠】は恋仲になっていた。
生きて帰れないかもしれないという彼に対し、彼女は「迎えに来るのをひたすら待つ」と誓った。
『いつまでもここでお帰りをお待ちしております』
純愛を貫いた彼らは初めて結ばれるのだ…
戦争が激化する中、吉原にいるさくらの耳にも戦争の状況が入ってくる。気が気じゃないが、さくらには仕事がある。遊女としてお客さんに買われ、一晩の夢を見せ続けなければならない。身も心も削れながらも忠の無事を祈った。
途中馴染客から身請けの話を持ちかけられることもあったが、どんないい条件も全てお断りして、さくらは健気に忠を待ち続ける。
戦争が勃発してから数年後。世界のあちこちで起きた戦はようやく終結する。
無傷とはいかないが、生還した忠お兄様をさくらが吉原の大門前で涙で迎える。遊女の彼女を身請けし、二人は夫婦になってハッピーエンドというストーリーなのだ。
白無垢に身を包んださくらは幸せそうに微笑む。幸せそうな結婚式だった。そんな終わり方でドラマが完結したときは泣いた。ブルーレイBOXも予約した。
……戦争は止められない。人が死ぬことを止められない。
それでも忠お兄様は生きているはずだ。そして運命の人と結ばれて幸せになれる。
生きて幸せになれるんだ、それでいいじゃないか。
……なのに、それを考えるだけで私の胃の腑はずしりと重くなるのである。
「……亜希子さん? お加減でも悪いのですか?」
「あっ、いいえ。いささか…緊張してしまいまして」
お見合い相手の青年に声を掛けられて私は慌てて笑顔を取り繕った。お見合い中に考え事なんて失礼も良いところだ。
その後は当たり障りのない受け答えを行い、お見合いは無事に終了した。
相手方は好感触だったけど、結局は女学校辞めて嫁げみたいなニュアンスだったので、縁談はお断りした。
この時代で私のような女が異端だから仕方ないけど……行かず後家になる可能性も覚悟しておかなきゃな。現代だったらそこまでないけど、ここでは後ろ指さされるから肩身狭い。
「あっ! 吉原の遊女! 忠お兄様、彼女のことは本当に良かったのですか?」
「見世のオヤジさんが身体を悪くしているところを介抱しただけだから、お礼を受け取るまでもないよ。大丈夫」
ブラックの苦いコーヒーを飲みながら微笑む忠お兄様。オトナな雰囲気が素敵です。
先程からカフェーの女給がお兄様に熱い視線を送っているが、お兄様はそれを全く気にしていない。昔からおモテになられていたけど、海軍の制服を身に纏うようになってからはそれが顕著になった気がする。でもわかる。衣装マジックも合わさって割増でかっこいいもの。
目の前にいる彼を見ると、アイスクリンにはしゃいでいる自分が急に子どもに思えてきた……
「ホントですかぁ? 鼻伸ばしていたじゃないですかー。亜希子お嬢さんがそれ見て『運命の出会い』って興奮してましたよ」
どさくさに紛れて着いてきた吹雪さんは図々しくもオムレツとポークカツレツを食べている。忠お兄様にごちそうになるからって……いや、彼くらい図々しいほうが生きるのが楽なのかもしれない。
彼の言葉を受けた忠お兄様はその秀麗な眉をひそめた。そして私を嗜めるように指摘する。
「…亜希ちゃん、また変な小説でも読んでいるの? そんな簡単に運命の出会いなんて訪れないよ? あれは夢物語なんだから」
「そんな! そんな事ないです! もっと自分の可能性を信じてください!」
今さっきその運命の出会いがあったんだよ! 気づいていないだけだよお兄様! 何故そんな呆れた目を向けるんだ。傷つくんですけど。
あなたには運命の女性が存在するんだ! 説明しろって言われたら困るけど。
このままでは私が頭の弱い子みたいになるじゃないか。
「そんなこと言って……変な男に言い寄られていただろう。雰囲気に流されてフラッと行くかもしれないじゃないか」
「それって俺のことですかぁ?」
あぁまたチクチクやり取りはじめた……忠お兄様は少々過保護がすぎる。それにその言い方は良くないと思うな。
「そんな言い方ないわ! 吹雪さんにはこれから素敵な人との出会いが待っているの!! そう、燻ぶるような苦しい恋がこの先待ってるの…。さっきのはきっと私をからかっただけなのよ!」
多少の下心はあっただろうが、吹雪さんは逆玉を狙っているだけ。多分私が嫌だと言えばあっさり引いてくれるに違いない。忠お兄様が思うほど悪い人ではないんだぞ!
2人の諍いを止めたくて、吹雪さんは悪い人じゃないんだよとやんわり説明したつもりであった。
だけど彼らは私を真顔で見つめ、その後なにやらアイコンタクトを交わして意思疎通していた。
「…悪かった」
「いや。わかっていたんで」
どうやら仲直りしてくれたようだ。良かった良かった。
それはともかく、舞台は始まったのだ。私はマッチ役となって、熱い三角関係を見守らせていただきます!
■□■
「…お見合い?」
ある日、お母様からお見合いの話を持ちかけられた。私は思わず口をへの字にしてしまった。
「そうなの。亜希子を見初めたって御人がいてね、是非にって」
「うーん……」
「先方さんには話したのよ? うちの亜希子は勉強家で、大学進学を目指す革新的な女子なんですって」
お母様も少し困った様子だ。
以前にも、ちゃんと説明した上でお見合いをしたというのに、いざお見合いの場で「女は家庭に入ってナンボ。女学校を退学しろ。嫁いだら夫と義理両親に尽くせ。子どもを沢山産め。女には学なぞ必要なし」と面と向かって言われたことがあるのだ。
家の格はあちらの方が上だったからそんな事を言ってきたのかもしれない。だが、財力で言えば我が家のほうが断然上。
何故、家の格が違うのに縁談が舞い込んだのかと言うと、あちらの家が没落寸前の華族だったのだ。その時は両親が怒って、お断りをしたんだったな……
大正時代風のこの世界では私のような女子は珍しいタイプだが、その両親も珍しいタイプだ。
女子は親に従い、嫁いだら嫁ぎ先と夫に従い、老いたら子どもに従うという考えなので、親の命令のまま嫁いでいくのが普通である。──私の両親のように、娘の意思を尊重してくれる人は少なかった。いや言い方が悪かったな……時代的に尊重する余裕のある人が少なかったのだ。
恵まれた大商家で、今も順調に業績を伸ばしている裕福な我が家だからこんな選り好みが出来るが、一般庶民にはそんな余裕なぞない。私はツイているのだ。
ドラマの世界に転生してしまったといえど、経済的に恵まれた家に生まれて、理解のある両親に愛されて…私は幸せものである。
「…私にはもったいない話だわ。ごめんなさい」
「…そうね、大学受験に向けて頑張っているところだものね。大丈夫、丁重にお断りしておくわね」
両親には悪いけど、優しい両親に甘えさせてもらう。
私の中で将来の目標はしっかり定まってはいるが、何も知らない赤の他人から女子たるものを説教されると、メンタルがひび割れそうになるんだ。これまでもお見合いの場で何度も同じ流れになったから、どうせ今回の人も女学校をやめさせて、良妻賢母になれと説教してくるはずだ。
あちらとしても時間の無駄であろう。
私は話が出た時点でお断りの返事をした。
そう……断ったはずだったのだが。
「亜希子さんは本当にお綺麗なお嬢さんですこと。革新的なお考えの持ち主だとお伺いいたしましたわ」
「これからの時代女性も賢くなくてはと私どもも考えております。うちのせがれは海外へ出張に出かけることが多く、家を空けることも多いので、お嫁さんにはしっかりした女性をと思っておりまして…」
先方の押しに負けて結局お見合いを敢行することになった。お相手のご両親は好意的な反応を示しているが、腹の中でどう思っているのかは定かではない。
相手のお家では軍需品を海外に卸す仕事を積極的に行っているそうだ。
…軍需品。
その単語を聞くと、この先で勃発する戦争のことを思い出してしまう。
忠お兄様は海軍軍人だ。戦争となれば出陣は免れない。
あのドラマの流れから行けば、日本は戦勝国の一員となるが……決して無傷ではない。たくさんの死傷者を出すことになる。ドラマの中では役者さんが演じていただけだけど、ここは現実だ。生身の人間がたくさん亡くなってしまうのだ。
あのドラマの世界に転生したと喜んでいたけど、これが現実である。ちょっと前の自分を殴りたくなってきた……
だけど戦争は避けられない。世界の流れを止める力など私にはない。こんなことなら転生したことを気づかなければよかったかも…。
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生きて帰れないかもしれないという彼に対し、彼女は「迎えに来るのをひたすら待つ」と誓った。
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無傷とはいかないが、生還した忠お兄様をさくらが吉原の大門前で涙で迎える。遊女の彼女を身請けし、二人は夫婦になってハッピーエンドというストーリーなのだ。
白無垢に身を包んださくらは幸せそうに微笑む。幸せそうな結婚式だった。そんな終わり方でドラマが完結したときは泣いた。ブルーレイBOXも予約した。
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それでも忠お兄様は生きているはずだ。そして運命の人と結ばれて幸せになれる。
生きて幸せになれるんだ、それでいいじゃないか。
……なのに、それを考えるだけで私の胃の腑はずしりと重くなるのである。
「……亜希子さん? お加減でも悪いのですか?」
「あっ、いいえ。いささか…緊張してしまいまして」
お見合い相手の青年に声を掛けられて私は慌てて笑顔を取り繕った。お見合い中に考え事なんて失礼も良いところだ。
その後は当たり障りのない受け答えを行い、お見合いは無事に終了した。
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