攻略対象の影薄い姉になったけど、モブってなにしたらいいの?

スズキアカネ

文字の大きさ
55 / 312
本編

コーヒーが苦いんじゃない。あなたがいるから渋い顔になるんです。

しおりを挟む
 ガヤガヤ、と賑やかな店内で私は気まずい気分でいた。

「…最近沙織さんがよく亮介を訪ねるようになってな。君はなにか聞いてるか?」
「…もう、終わった関係だとは言われました」
「…そうか」

 そう言ってブレンドコーヒーを飲むのは橘兄だ。
 …なんで私この人と茶をしばいてるんだろう?

 会話することないし。仲いいわけでもないし。
 私が休憩がてら入ったコーヒーショップについて来たんだよこの人。
 よくわかんないわ。

 苦々しい顔でコーヒーを飲んでいると、橘兄が私の方にシュガーポットを寄せてきたが…違う、そうじゃない。

「…中二の頃だったか。二人が交際を始めたのは。同じ委員会だったのがきっかけだったらしい」

 橘先輩と沙織さんの話を語りだしたので相手の意図がわからず私は黙って聞いていた。
 だけど聞きたくないよーな…気になるよーな…

「受験に支障がない交際をしていたと思う。二人も学業を優先していたし。だけどまぁあの落ち…弟が私立受験で高熱を出して本命校に落ちてしまって…それからすれ違いだな」

 今、落ちこぼれって言いそうになったのを言い直したな。まぁ目を瞑ってやろう。
 私は理由として考えていたうちの一つを上げてみる。
 
「…男のプライド的ななにかですかね」
「…それもあるかもしれないが…ほら沙織さんは美人だろう。同じ学校の男子生徒と一緒に帰ってる姿や仲睦まじい姿を幾度となく目撃したようで…二人の間でどんなやり取りをしたかまでは知らないが…二人の間に距離が生まれた」
「…あー…」

 あーなんかわかっちゃった。
 なるほど。
 …先輩真面目だからそれを見て考え込んでしまったんだろう。
 しかも負い目もあって沙織さんに問い詰めるのも出来ないと言うか……受験失敗したのが引き金になって自分に自信が持てなくなったのだろうか。
 目の前の橘兄とかも原因だとは思うんだけどね。
 
 男女の仲って難しいなぁ。


「最終的に音信不通の形で別れたと聞いてる。だから亮介はその気がないとは思う。…だが沙織さんは」
「…橘さん、大丈夫です。私そういうのは求めてませんから」
「は?」
「私は先輩が好きです。だけど想いを伝える気はありません。後輩として先輩の卒業を見送るつもりです」

 私の言葉に橘兄は目を見張った。
 まるで「何故」と問いかけているかのような表情に私は苦笑いする。だけどその問いに答える気はない。

「それにしても橘さんと私がこんな風にお茶してるのもおかしな話ですよね」
「…ああそうだな…俺はずっと君に謝ろうと思っていたんだ。…初対面のよく知らない人間に対して、大分失礼な発言をしてしまった。それに年長者としての態度ではなかった。許してほしいとは言わないが…済まなかった」
「……どうしたんですか? どこかに頭ぶつけたんですか?」
「…君も大概だな」

 いや本当にどうしたの? 
 なんでそんな殊勝な態度なの? 
 どうしてそんな友好的なの? 
 
 私は目の前の光景が信じられなくてフルフルと首を振って橘兄を見返す。
 橘兄は私の反応にムッと顔を顰めていつものムッスリ顔に戻った。

「…今まで君が返してきた言葉や態度に君という人物を見直したんだ。人を見た目で判断するのは間違っていたと反省しただけだ。…俺は検事になる目標があるというのに、偏見で視界を曇らせていた。自分で自分を情けなく思っている」
「橘さん…まぁ、水に流せるわけではないんですけど…私も大概失礼なこと言ってるんで。…私も年上の人に対して取る態度ではなかったです。すいませんでした」

 私が頭を下げて顔をあげると、橘兄は苦笑いしていた。
 この話は終わりとばかりに橘兄はさっきの話を蒸し返してきた。

「それで何故なんだ? 何故諦めるんだ?」
「なんすか橘さん恋バナに飢えてるんですか? マジウケる~」
「君な…」
 
 ワザとふざけた反応をしてみたのだが、橘兄は呆れた顔を向けてくる。
 私は冷めてしまったコーヒーを口にして顔を顰めた。「ほら砂糖入れれば良かっただろう」と橘兄が言ってくるが、違うんだ。冷めたコーヒーってあまり美味しくないだろ。
 

「…兄さんに田端…?」

 マグカップの中の冷めたコーヒーを睨みつけていた私だったがその声に顔を上げるとそこには制服姿の橘先輩と…沙織さんの姿があった。

 …橘兄はああ言っていたけど、やっぱり二人はお似合いだ。
 諦めるつもりなのに私は未練たらしい。 

 勝てるわけでもないのに沙織さんに嫉妬している。
 そしてもう終わったと言っておきながら彼女と一緒にいる橘先輩に腹を立てていた。

 なんて自分勝手なんだろうか。
 私いつからこんなわがままになったんだろう。
 

「…亮介? …それに沙織さん」
「恵介さん! 偶然ですね」
「試験はどうだったんだ?」
「…すべての力は出し切ったと思う」
「私もです…恵介さんは田端さんとお茶ですか?」
「あぁ。本屋で彼女が参考書を探しているのを見かけてな。それでその後………亮介、そこに座れ」 

 橘兄はアイツを思い出したのか一瞬で険しい顔になると、橘先輩にそこに座れと私の隣の席を指さした。
 なんだいきなり。とは思ったが、それは橘先輩も同様で橘兄の威圧感に負けて大人しく座っていた。
 
「…亮介、お前の学校の生徒会はどうなってる。お前は止めなかったのか? あの生徒副会長が就任するのを」
「…久松のことか?」
「名前は知らんが…公衆の面前で女性に向かってあんな…」

 橘兄はふかーいため息を吐いて私をちらりと見た。
「…あやめさんがちょっかいをかけられていたぞ。ふしだらな誘いをされて困っていたのを助けたんだ」
「……あやめ?」


 先輩が突っ込んだのはまさかの私の名前だ。
 まさか私の名前を覚えてないなんてことはないよね? 田端でインプットされてるわけじゃないよね?

 ていうか橘兄、私にとっても嫌な思い出だから思い出させないで欲しかったし、先輩にチクらないで欲しかった。


「…そこの彼女の名前だろう。まさか名前を知らないのかお前」
「知っているが……」
「とにかく、お前風紀委員に顔が利くんだろう。きちんとあの生徒副会長には注意するように周知しておけ。見た所、女にだらしがないようだからな」
「…分かった」

 素直に頷く橘先輩だが、何故か納得してない様子。ていうか試験が終わってお疲れなのに説教なんて可哀想じゃないか?

「ま、まぁまぁ。今度会ったら殴るから大丈夫ですよ!」
「…固まってたくせにか」
「いやだってアイツ苦手なんですよ…」

 久松を思い出すと私は不愉快な気分になった。眉間にシワができそうであるが渋い顔をやめられない。

「…田端、大丈夫か? 何もされてないか?」
「あ、大丈夫です。言葉だけだったし、お兄さんが助けてくれて…」
「……体調は、もう大丈夫なのか?」

 何だか橘先輩の表情が固くなった気がするが気のせいだろうか。
 疲れているだろうに私の心配…優しすぎるでしょ。
 そうそう私は風邪引いて…
 ………はっ!


「先輩! 私に近づいてはいけません!」

 私は慌てて口元を抑えた。
 いかん。マスク外していたんだ。
 治りかけが一番うつりやすいというのになんてことだ。

「今更だろう?」

 ワタワタとマスクを装着する私に橘兄が呆れた顔をして突っ込んでくる。

「いいんですよ! 橘さんは受験生じゃないから!」
「俺が保有したウイルスが亮介にうつるかもしれないのにか?」
「その可能性は考えてなかった! 橘さんちゃんとうがい手洗いしてくださいよ!」
「それだけ元気なら風邪菌も死んでるだろう」
「何屁理屈言ってるんですか!」

 橘兄が適当なこと言うから私は彼を睨んでおいて、隣に座っている先輩を見たのだが先輩は何だか思いつめたような表情をしていた。

「ちょ。先輩どうしたんですか!? もしかして本当に私の風邪がうつって」
「…そうじゃない…」

 そっけない返事をされてしまい、私も困ってしまう。
 何か気に入らないことがあるとでも言うのか。
 プイ、とそっぽ向いた橘先輩の肩を叩いてみたがこっち見てくれない。子供か!

 その様子を眺めていた橘兄がため息を吐くと私にこう言ってきた。

「あやめさん、申し訳ないが愚弟を送ってやってくれないか?」
「へ?」
「恵介さん、それなら私が」
「いや、沙織さんも疲れただろう。俺が送ろう。今日は早めに帰ったほうが良い」

 橘兄は私のコーヒーカップを取ってトレイに乗せると返却口に向かう。
 私は一体全体どういうことだと全員を見比べていたが、橘先輩は拗ねてるし、橘兄は何を考えてるかわからないし…沙織さんは私を睨んでいた。

 …私はその敵視にギクッとした。

 橘兄に言われるまでもなく、沙織さんが復縁を望んでいるのは見て取れた。…図書館で昼食を同席したときもなんとなく…邪魔者扱いされてるのかな? って感じていたし。
 …時々、視線が鋭いことがあったけど気のせいじゃなかったのか。


 私が彼女からの睨みにフリーズしている間に、私の膝の上に乗せていた重めの本屋の袋を橘先輩が持ち上げた。

 先輩、いつの間に席を立ったのか…ていうか私の本を持って帰らないでください!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

処理中です...