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番外編
パンク系リケジョと私【2】
しおりを挟む「助かった~ありがとう谷垣さん」
「…私はなにもしていないけど」
「ううん、たまたまにしても実習のことを教えてくれてありがと。本当に助かったよ」
無事に実習を受けることが出来た私は、帰り際に谷垣さんに声を掛けた。谷垣さんはやっぱりクールな反応しかしなかったけど、いつもよりも彼女とお話ができて嬉しかった。
私がニコニコしているのを不審に思ったのか、谷垣さんは首を傾げている。彼女はサークルには入っているのだろうか。趣味はなんだろう。一人暮らしかな? なんでパンク風の服なんだろうか。
「谷垣さんはいつも何処で洋服買っているの? いつも服装がかっこいいなと思ってたんだ」
話題の一つとして洋服のことを聞いてみたのだが、谷垣さんは淡々としていた。
「…ネットショップ…あまり店には置いてないから、大体ネットで購入してる」
「そうなんだ。この間網タイツはいていたじゃない。あれ可愛いなと思って、私も挑戦しようと思ったんだけど、寒くて断念しちゃった。谷垣さんはいつもおしゃれだよね」
11月に入ると急に寒くなってきて、折角購入した網タイツをタンスに仕舞ってしまった。だって寒いもん。普通のタイツならいいけど、網タイツ寒い。
「…田端さんこそおしゃれしているじゃない」
「そんなことないよ、私は洋服の組み合わせを変えているだけだもん。学業優先でバイトにそんなに入れないから洋服もそんなに買えないんだよね。バイトしまくって油断してたら成績落としちゃうもん」
その代わり長期休暇にガッツリ入るようにはしているけど、稼げるのも限界があるからなぁ…文系学科の人はなんであんなに時間があるんだろう…
「…バイトしてるんだ」
「うん。大学は学費も高いし、通わせてもらってるだけでもありがたいからせめて、自分のお小遣いくらいは自分でね」
「偉いね。…私は多分ダメだな。親がうるさいんだ。いい結果を出さないとうるさい人達だから」
「…そう、なんだ…」
どうやら谷垣さんの親は厳しいみたいだ。成績に関しては私の両親も言ってくる事があるけど、ソレとはちょっと違う意味合いで厳しいみたい。谷垣さんは飛び抜けて優秀だけど、それを維持するようにキツく言われているのだろうか?
「それにあの人達、お金だけはあるから、今のうちに脛かじっておこうと思って。将来どうせ親の面倒見なきゃならないんだし」
「あはは、そっか。でもその方が勉強に集中できるからいいと思うよ」
しかし親が厳しいのにパンクな格好したりしたら親は発狂したりしないのか? 私がギャルデビューした時は親が落ち着かなそうに辺りをうろちょろしていたけど。
「谷垣さんはサークルの先輩とかに過去問貰ったりした?」
「……私、サークルには入っていないから…」
「あ、そっか。…良かったらサークルの先輩から貰った過去問コピーいる?」
谷垣さんは頭もいいし、必要ないかな? とは思ったけど、そうでもなかったようだ。
「いいの? 助かる」
「いえいえお互い様だからね」
同じ学部学科なのだ。協力してなんぼである。特に理工学部はグループで実験したりすることも多いから、学生同士助け合いも必要だと思っている。
谷垣さんは困ったような表情を浮かべていて、いつも大人っぽい彼女が年相応に見えた。
「…本当は過去問入手とかツテを作るためにもサークルに入ったほうがいいんだろうけど…私ああいうのが苦手なんだよね…ノリに付いていけないというか…」
「そういう人もいるよね。サークルも良し悪しだもん、気が進まないなら入らなくてもいいと思うよ」
サークルに夢中になって学業が疎かになったり、女を食い物にしようとするサークルもあるしね…ホント…当たり外れが大きいよ。
「田端さんはどんなサークルに入っているの?」
「私は食べ歩き&実践がテーマのお料理サークルだよ。将来食品メーカーの開発として働くのが目標なんだ」
「へぇ…」
「谷垣さんは将来の夢ある?」
谷垣さんは頭が良いし、大学院まで進みそうだなぁ。理工学部生は大学院まで進む人も多いし、大学院卒だと就職の幅も広い。彼女はどんな仕事を志しているのだろうか。
「…私は…大学院に入って……」
だけど、谷垣さんはそう言ったっきり口ごもってしまった。もしかして彼女は以前の私のように将来したい事が何もないのであろうか?
「…私は高2の最後まで、大学進学を渋ってたんだよ。したいことが無くて、就職しようと思ってた」
懐かしいな。あの頃は親や先生と衝突しまくって、進路のことで悩んでいた。
私の話に顔を上げた谷垣さん。彼女はもしかしたら、親の命令通りに生きてきたのだろうか? それこそ先輩のお母さんである英恵さんの若い頃のように。英恵さんも、自分の親の敷いたレールの上を歩いてきたと語っていた事がある。
「大学見学してもピンとこないし、目的もないのに通うのはどうかと思ってた。そんな時に同級生に言われた一言で、自分が好きなことを仕事にできたらなと思ったんだ。理系じゃないから険しい道のりだったけどね」
一時期ノイローゼにもなったし、本当に大変だったよ…
だけど谷垣さんは根っからの理系みたいだし、選択の幅が広そうだ。これから見つけても遅くないと思う。目的があれば突き進む方向がブレないし、やり甲斐も出てくるよきっと。
「大学院まで進むならまだまだ考える時間があるし、谷垣さんがこれからの長い人生を生きてく中で深く付き合っていく仕事のことだもん。じっくり考えていいと思うよ」
目的なく大学通ってる人のほうが多い現状だ。それに、まだまだ私達は1年生だから猶予はある。一生に関わることだから、自分の納得できる選択をすればいいと思う。
「…ありがと」
「どういたしまして。大した話できてないけど」
会話しながら私達は駅まで歩いてきたが、谷垣さんはどっち方面なのだろうかと思っていたんだけど、同じ電車に乗り込んでいた。
「谷垣さんは…」
どこの駅なの? と聞こうと思ったら、私の言葉を遮るようにして谷垣さんは言った。
「私これからライブに行くんだけど、一緒に来る…?」
「えっ?」
「Invincibleっていうガールズバンドなんだけど、高校生の時から追っかけてるんだ」
「アンブ…?」
「フランス語で無敵の、不屈のって意味があるの。無理にとは言わないけど…」
そう言ってしょん…としてしまった谷垣さん。もしかして勇気出して誘ってくれたのであろうか。
バンド名を聞いたことないからインディーズバンドなのだろう。私は流行りの歌手の歌を聞く程度で、好きな歌手は特にいないのだが、これは谷垣さんと仲良くなるチャンスだ。私は二つ返事でOKした。
■□■
谷垣さんに連れてこられたのは、繁華街の端の方にある小さなライブ会場。建物の上にはダンス教室があって、ライブ会場は地下に位置している。
3千円のチケット代金を払えばワンドリンクがついてくる。私はウーロン茶を頼むと、谷垣さんと一緒にステージ近くまで進んでいった。ライブ開演30分前だが、既に会場内には観客が大勢入っていた。
観客の人数の割に会場が狭すぎる気もするが、谷垣さん曰く、バンドメンバーが観客と一体感を楽しむのを大切にしたいと考えているから敢えて小さなライフ会場で行っているとか。
私はへーっと納得した。バンドのことを話す谷垣さんはいつもより饒舌だ。テンションが上がっているのだろう。
開演時間になると、バンドメンバーの愛称を叫ぶ観客が出てきた。もうすでに盛り上がっていらしゃる。会場内がバッと一気に暗転すると、ステージだけがスポットライトで照らされ…
その直後ハイテンションなベースの音が地響きのような振動となって体の芯に突き刺さった。
私は間近で感じるライブの迫力に目を丸くして固まっていた。
「リオー!」
間奏部分で隣にいる谷垣さんが誰かの名前を叫んでいた。歌のサビ部分ではボーカルと一緒に歌っていた。心からライブを楽しんでいるのがわかる。こんなに楽しそうな谷垣さん初めて見た。
私にとっては知らない歌なので、盛り上がることもできずに、ただ流れる歌詞を耳で追っていた。歌詞は全体的に少し過激な表現だが、応援ソングのようにも聴こえる。陰欝した日々をぶっ飛ばせみたいな歌。
ライブの迫力に圧倒されていて、しばらく気が付かなかったが、ガールズバンドのメンバーは谷垣さんのようなパンク衣装を身に着けている。ボーカルがラベンダーヘアカラーのショートカットだったので、多分谷垣さんは好きなメンバーとお揃いにしているんだろうな。
この会場に集まった観客は一体となり、すごい盛り上がりを見せていた。皆で一体となってウェーブをする時は参加してみたが、うまく出来ただろうか。
しかし谷垣さんの趣味がライブとは。頭が良いから読書かなとか思っていたけど、年相応にはしゃぐ事もあるんだね。なんだか可愛い。
ミステリアスな谷垣さんの一部分を知ることができて、私はなんだかうれしくなった。
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