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番外編
パンク系リケジョと私【8】
しおりを挟む先輩と後輩を突き飛ばした勢いで大学を飛び出した私は、大学近くの駅までトボトボ歩いていた。
…先輩は私を追いかけてこない。泣く美女を優先したのであろうか。やはり先輩はああいう美女のほうが好きなのだろうか…私のような柴犬似(他称)よりも元カノと雰囲気の似た清楚な美女のほうが…。
それとも倦怠期で…私に飽きてしまったから美女に鼻を伸ばしているのだろうか…そんな暗い事を考えていると、じわりと目頭が熱くなった。私は滲んでくる涙をハンカチで押さえながら歩いていた。落ち着こうにも涙が溢れて止まらない。私が泣いていることですれ違う人の視線が刺さる。だけど涙は止まってはくれない。
「…どうしたの? 大丈夫?」
「あ、いえ、大丈夫です…」
私のことを心配したのか、通りすがりのおばさまに声を掛けられた。私は目元をハンカチで拭いて、相手になんともないとアピールした。
相手は心配そうな顔をしていたが「元気だしてね」と言葉を残して立ち去っていった。…見ず知らずの人にまで心配されて情けないな私。不甲斐なさに自己嫌悪していた。
「…田端さん?」
そんな私に声を掛けてきたのは、コンビニの袋を下げた谷垣さんだ。1時間ちょっと前に同じ実習に参加したばかりの谷垣さんも帰宅途中だったのだろうか。彼女は私の顔を見て目を丸くすると、小走りで近づいてきた。
「…どうしたの? なにか嫌なことがあったの?」
「彼氏が…」
私はすべてを話す前にまた泣いてしまった。谷垣さんはハッとして私の背中を擦ってくれた。そのまま背中を押されて、彼女が住んでいる部屋に連れて行かれた。
谷垣さんの住んでいる部屋は大学の近くで、賃貸マンションの3階。オートロックで部屋の鍵はカードキーのようだった。初めて谷垣さんのお部屋にお邪魔したが、私は彼女の部屋を観察する余裕がなかった。ハンカチに顔を埋めていたからだ。
谷垣さんが冷蔵庫を開けてお茶の用意をしてくれている間、私は三角座りをした状態でうぐうぐと泣いていた。
本当に浮気されたかどうかはわからない。だが先輩の態度にも、柏原さんの行動にも私は疑心暗鬼になっていた。…私の言っていることはわがままなのか?
谷垣さんはガラステーブルの上に氷入りの緑茶を出してくれた。私はお礼を言ってそれを手に取ると、一気飲みした。緑茶のスッとした清涼感にちょっとだけ落ち着いた。
お茶ボトルを傾けて、お茶のおかわりを注いでくれた谷垣さんは静かな声で問いかけてきた。
「…彼氏さんと喧嘩したの?」
その問いに再度私の涙腺が緩みそうになったが、なんとか堪える。先日から今日にかけて起きた出来事を順に説明し始めた。谷垣さんはテーブルに肘をついて手を組むと、その上に顎を置いた姿勢で私の話を聞いていた。
全て話し終えると、終始無表情・無言だった谷垣さんが口を開いた。
「…彼氏さんから電話は?」
「…わかんない…マナーにしたままだし…」
谷垣さんに言われて気づいた。実習の邪魔にならないようにスマホはマナーにして鞄の奥に押し込んでいたんだった。私がカバンの中からスマホを取り出すと、ちょうど着信中だった。液晶には【亮介先輩】と表示されていた。
私はそれに出るかどうか迷った。もしもまた先輩に窘められるような事を言われたら、私はまた頭に血が上ってしまうのが想像ついたから。喧嘩がしたいんじゃない。私は不安を訴えたいだけなんだ。先輩の声を聞いたら私はきっと冷静になれない。
私がスマホの画面を見て固まっているのを見ていた谷垣さんが「貸して? 私が話すから」と言ってきた。私が了承する前に谷垣さんは私のスマホを取り上げると、画面をタップして耳にスマホを持っていった。
そして開口一番にこう言った。
「…違いますけど。私は田端さんと同じ学部の谷垣です」
と淡々とした返事を返した谷垣さんは、その後もドライな受け答えをしていた。
「道端で泣いていたんで、私の部屋で保護しています……いえ、今は気が昂ぶっているから建設的な話し合いはできないかと思われます」
「男女間のいざこざは専門外なのでよくわかりませんけど、いくら友人の恋人相手だとしても、異性の相談事を聞くのは誤解を招きます。それに危険だと思いますよ。私から見てもその女性の行動は拙いと感じます」
「…もしかしてその女性と本当に浮気……ですよね、違いますよね。橘さんは少し頭を冷やすべきですね。相談された時点でその女性の彼氏に全て丸投げするべきでした。あなたが一番大事なのはどちらです? このままじゃ本当に愛想尽かされますよ」
その姿はいつもの谷垣さんだ。落ち着き払った安定のクールな谷垣さんであった。だけどその彼女の姿を見ていると、あんなに嫉妬で荒れていた自分の心が静かに落ち着いていった気がした。
谷垣さん側の会話しか聞こえなかったけど、私はそれを黙って聞いていた。…2人の通話時間はそう長くなかった。最初は冷静に第三者としての意見を物申していた谷垣さんだったが、私をちらりと見て、ため息を吐いた。
「それよりもあなたには先にすべきことがあるでしょう。その女性やご友人はどうしたんですか? …はぁ、そうですか……ちょっと待ってくださいね」
一旦会話を終えた谷垣さんが私に向き直った。私の様子を窺うように身を屈めて顔を覗き込んできた。
「電話代わりたいって。どうする?」
「…ん、ごめん」
谷垣さんが先輩と私の間に入って淡々と話してくれたおかげで私もちょっと冷静になれた。私もいつまでも泣いてないでちゃんと先輩と話そう。
彼女からスマホを受け取ると、電話の向こうの先輩に声を掛けた。
「もしもし…」
『あやめ? 悪かった。…俺が八方美人過ぎた』
本当だよ。私がお人好しな行動したら先輩は怒るくせに自分だってお人好し行動して余計に拗らせているじゃないか。…私だって本当はわかってんだよ、先輩が人に頼られたら断りにくい性格だってことは。友達の彼女だもんね。先輩の性格じゃ放って置けないのはわかるんだ。
…でも、嫌なんだよあんなの…
…美女のために尽力してさ…思い出したらまた悲しくなってきた。
「…先輩は…柴犬な私よりも、沙織さん似の清楚美女が良いんですかっ…?」
『はぁ? なんでここで沙織が出てくるんだ。だいたいお前柴犬扱いされるの嫌がっていたじゃないか。自称しても良いのか?』
「だって…」
だって、美女に柴犬は勝てないもの…元カノと同じ清楚系美女に似た女性に優しくしていたじゃない…
私は自分で言った言葉に凹んでいた…私は柴犬…人間にすらなれないのかと悲しくなってきた…
「ふふっ」
どこからか軽く笑う声が聞こえてきた。私はじろりとその笑い声の主に視線を向けた。
「…谷垣さん、今笑った?」
「…だって、柴犬似って自称する人、初めて見たんだもん」
クスクスと笑う谷垣さんは、いつものクールな表情から一変して無邪気な笑顔をみせていた。パンク系メイクはそのままだけど、笑った顔は普段の冷静で大人っぽい表情よりもあどけなくて、とっても可愛かった。
「…ごめん、思わず笑っちゃった……田端さんは素敵な子だと思うよ? 他の女に彼氏さんを奪われるって焦っているみたいだけど、大丈夫だって。たまたま間が悪かっただけだよ。今回のことで彼氏さんも反省するだろうから、2人だけでじっくり話し合いしなよ」
…そんな…あなただって素敵な女の子だよ。なんでそんなにカッコいいの。冷静でしっかりしてて自分を強く持っている谷垣さん。
「…谷垣さんも! とっても素敵な女の子だと思うよ! クールでカッコいいし、可愛いし、頭いいし、しっかりしてて、性格もいいし、それにそれに料理も上手で、自分を持っていてとても素敵! 私、憧れてるの! 谷垣さんみたいになりたいよ!」
先輩と通話中だというのはわかっていたが、私は溢れ出しそうなこの想いを彼女に伝えたかった。
谷垣さんは驚いた表情をして私を見ている。だけど私は今までたくさん彼女に助けられたんだ。
「テスト前に追い詰められていた時、谷垣さんの言葉で私は落ち着くことが出来た、それにバイト先で新しいパートさんに見下された時もカッコよく私を庇ってくれた、サークル活動で長篠君につきまとわれて困っている時もさり気なく助けてくれるし、今もこうして私が彼氏と喧嘩した時も私の話を聞いて仲裁に入ってくれた…」
私はもっとしっかりしたいのに、いつまで経っても子供な部分が抜けない。私はもっと大人になりたい。谷垣さんのように強くしっかりした女性になりたい。
彼女はジッと私を見ていたが、その頬がじわじわと紅潮していくのがわかった。そしてソワソワして、テーブルの上に置いてある、水滴のついたグラスを手で弄び始めた。
「か、買いかぶり過ぎだよ…それを言ったら田端さんだって……田端さんだけだよ、こんな格好した私に積極的に声を掛けてきたのは」
「そんなことないよ! だって谷垣さんは今たくさんの人に囲まれてるでしょ?」
やだ…照れてる谷垣さん可愛い…こんな彼女を見るのはレアかもしれない…
そりゃあ多少は…彼女のパンクな格好に気が引けていた人もいるだろうけど、今現在、彼女の周りに人が集まっているのは全て彼女の人望ゆえだ。彼女のこの格好は彼女の表現の仕方であり、それが私達の周りでは浸透している。今ではパンクが彼女の代名詞になっているくらいなのだから。
「それも田端さんのお陰…この格好は私が好きでしてるけど…人に怖がられて避けられるのはやっぱり悲しかったし…田端さんはそれをカッコいいって言ってくれたじゃない。私、嬉しかったよ。私が今胸を張って色んな人と交流を持てているのは田端さんが間に入ってくれたからだよ…」
そんな! 私がきっかけだとしても、その後は全て谷垣さんが魅力的な子だってわかったから人が集まってくるんだよ?
「今更だけど…ありがとう」
「ううん! 私こそいつもありがとう!」
「……ねぇ、名前で呼んでも良いかな?」
「いいよ! 私も蛍ちゃんって呼ぶね!」
私がそう言うと、谷垣さん…蛍ちゃんは頬を赤くして、照れくさそうに「うん…あやめちゃん」と返してきた。
なにこの子かわいいー! 名前呼びで照れちゃうのー!?
嬉しい! 更に仲良くなれた気がする! ずーっと名前で呼びたかったけどタイミング逃してたんだよね♪
「…そういえば…電話はいいの?」
嬉しくてニコニコしていたら、蛍ちゃんに指摘された。そうだ、通話中だったんだ。思い出した。
「あっ忘れてた! すいません先輩放置してました!」
『…あぁ…いや…仲良くなれたなら良かったな?』
慌てて電話の向こうの先輩に謝罪する。蚊帳の外の先輩は状況について行けていないようだった。
その後、先輩がここまで迎えに来てくれたので蛍ちゃんにお礼を告げた後、先輩の家に向かってじっくり2人で話し合いをして仲直りした。
話し合いの途中、地味顔がコンプレックスの私が柴犬ネガティブになっていると、先輩が「そこが好きなんだ。どんな顔をしていてもあやめは可愛い」と言ってきた。
それって…遠回しに柴犬って言っているの? 先輩は柴犬フェチなの…?
嬉しいことを言われたはずなのに私はなんだか複雑な気分に陥ったのであった。
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