太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

文字の大きさ
36 / 209
Day's Eye 森に捨てられたデイジー

身分の壁

しおりを挟む
 休暇中お世話になった王立図書館の中には沢山の本があり、私は目移りしまくったのだが、その中でも気になる本があった。
 それは古来の薬学本である。
 今となっては絶対に使わないであろう薬のレシピがたくさんあった。例えば、寝る前に飲めば会いたい人が夢に出てくる薬だったり、嫌いな人間が近寄ってこない香水の精製法だったり…。中には現代でも使用されている薬のレシピも書かれていたが、使いみちがあまりなさそうな薬の作り方がたくさんあって面白かった。
 中には魔力を持つ人間でなくては作れない薬もあった。大学校で薬学を学んだ人であれば一般人でも製薬許可が下りるのだが、どんなに道を極めても作れない薬というものがあるみたいだ。

 その本の中で私の目に止まったのは、変化薬だ。その名の通り、自分以外の何者かに変化する薬だ。調合に失敗したらみすぼらしい姿に変わってしまうと注意書きがあった。…とはいえ、命に関わる薬効が出ることは極めて稀らしいので、なんとでもなるだろう。
 ──なにかの事件や事故に巻き込まれた時、この薬があればその辺にいる野良犬・野良猫・野鳥に変化して逃げることが可能なのじゃないかと私は思うのだ。
 
 ここ最近の不自然な出来事の連続。
 幼馴染のミアが評判の悪い成金に誘拐されたこと、そこから露出した犯罪の数々。どこかに不正流出されていた薬草たち。そして違法薬物。
 1学期に起きたリリス・グリーンの黒呪術騒動に、謎の共犯者……解決したように見せて、全然何も解決していない。背後にはまだ何者かがいるはずなのだ。
 ──また、何かが起きるんじゃないかと私は胸騒ぎを覚えていた。不安でなにかせずにはいられなかった。

 私は魔法が使えるけど、家族はそうじゃない。
 家族はみんな獣人なので私よりも身体が丈夫だけど、相手が魔術師だったら絶対に負けてしまう。それこそ人道から外れた魔術師であれば平気な顔をして禁忌を犯すであろう。
 私の故郷はハルベリオンとシュバルツの国境沿いだ。何かあった時に私が絶対にそこにいられるわけじゃない。家族を守れる保障がないのだ。
 なので、私にでも出来る対策を練っておきたかった。この薬は変化したい生き物の体の一部を薬に入れて飲み干すと効果が現れる。
 一部と言っても体毛や爪でいい。それを入れると薬剤の中で溶ける。薬とともに体内に吸収されたら身体に変化が訪れるのだ。薬1回分でおよそ3時間の効能になるとのこと。
 逃げる手段はいくつでもあったほうがいい。他にも一度しか使えない転送術の魔法陣が描かれた紙だったり、目くらましの薬だったり色々準備している。
 …とはいっても、彼らは血気盛んな獣人。村にもしもならず者が攻め入っても正々堂々と、物理で追い返そうとするんだろうなぁ。

 その他にも色々使えそうな薬があったんだけど、流石に全部をメモするのは無理だったので、今度また王立図書館に行った際にメモしておこうと思う。


■□■


 私の前で複雑そうな顔をしたビーモント先生の姿があった。

「フレッカー卿からお前の飛び級試験の話を聞かされたんだが…」
「はい。今回も飛び級試験の煩雑な手続きを代行して下さるとのことでした」

 もうすでに試験に備えて勉強しているし、新たに借りた教科書で5年の予習開始している。ここ最近もっぱら特別塔の図書館に缶詰で、めちゃくちゃ頑張っております。
 私は自信満々に返したのだが、ビーモント先生は違った。彼はなんだか心配そうな、複雑そうな顔をして私を見下ろしていたのだ。

「お前が勉強家で努力家なのはわかってるんだが……焦り過ぎじゃないか? 青春時代は短いんだ。もう少しゆっくり学生生活を謳歌したらどうだ?」

 教師のくせしてカンナみたいな事言ってるぞ。教師が生徒を堕落に引き込もうとしていいのか。
 だがあいにく、私は学び続けたいのだ。知識を自分の血肉にさせて、早く家族に恩返しがしたい。自立した姿を見せて安心させたいのだ。「お言葉ですが」と前置きして、先生を見上げる。

「私の村の幼馴染は皆働いてます。青春どうのこうのじゃなく、皆生きるために働いていますよ。私は早く自立したいだけです。そのために私は今まで頑張ってきたんです。いけませんか?」

 だがな、と先生は口を挟もうとする。
 もしかしてあれか? 私が学友と全く親しくせずに勉強に夢中になってるのが心配だとでも言うのか?
 それは村にいた頃からずっとなので今更だ。私としては周りにいる人間すべてライバルなので、仲良しこよしするつもりはない。私は勉強するためにここにいるのだ。

「私だけ呑気に学生生活を送るのはなんかいやです。私は高給取りになりたいんです」

 いくら先生と言えど、私の夢への邪魔をするなら許さないぞ。不満を込めて睨みつけると、ビーモント先生は開こうとした口を閉じて大きなため息を吐き出していた。

「…そうか、お前の強い意志はわかった。これ以上は何も言うまい」

 そうだ、私は別に悪いことをしているわけじゃない。無理をしているわけじゃない。自分が望んで頑張っているだけだ。いくら先生といえどそれを止める権利なんてないんだぞ。

「…マック、これはここだけの話だが…お前、お貴族様に目をつけられているぞ」
「…まぁ、少し目立ってしまいましたからね」
「…お前に養子に来ないかと声がかかるのも時間の問題だと思う」
「……養子?」

 おかしな話だ。私はもうすでにマック家の養子なのに何を言っているんだ。

「貴族の祖先は優秀な魔術師だった。だけど子孫もそうとは限らない。…それなら、魔力に恵まれた人間を欲しがる、その血を求めるものなんだよ」

 …どうやらビーモント先生は私が目立つことによってお貴族様に囲い込まれるんじゃないかと心配していたようだ。
 いやー心配してくれるのはありがたいけど、流石に庶民、それも捨て子を養子ってなかなかないでしょ…
 私は笑い飛ばそうとしたのだけど、一方の先生は怖い顔をしていた。

「マック、お前は元捨て子だ。貴族にとっては都合がいいんだよ、その意味わかるか?」
「へ…」
「どんな扱いをしても、強く文句を言える相手がいないんだ。お前の養両親は獣人で村人だ。文句を言ったところで貴族がまともに取り扱ってくれるわけでもないんだぞ。養子という呪縛に縛られ、お前の人生も縛られてしまう恐れだってある」

 お前が今親しくしているファーナム様がたまたま庶民にもお優しい方なだけであって、その他の貴族も同じかと言われたらそうじゃないんだ。と先生はいつになく怖い顔をしていた。私も流石に笑えなくなって、静かに先生の話を聞いた。

「お前が飛び級を選択するのなら、それでいいんだ。お前の人生だから。…だけどな、貴族王族が関わると俺でも庇ってやれないんだ」

 先生の話はそこで終わった。飛び級試験の日程が決まったらまた報告する、と言って職員室の方向へと歩き去ってしまった。
 私はその場に取り残されて渋い顔をしていた。
 ……なるほど、そういうこともありえるのか。困ったな。私はそういう気はないのだが…。……偶然とはいえ、ファーナム嬢や王太子殿下と知り合いになってしまったのはあまり良くないことなのかも……。

「デイジー」
「!」

 考えごとをしていた私はいきなり名前を呼ばれてビクッと肩を揺らした。声のする方へ振り返ると、中庭の向こうからこちらへと歩いてきているファーナム嬢の姿があった。彼女が先程まで歩いていたであろう、特別塔側の渡り廊下には、貴族の令嬢方の姿。
 貴族友達と一緒なのに庶民に堂々と声をかけて大丈夫なのだろうか。

「ちょうど良かったわ。これから自由参加型討論会があるのよ、デイジーもいらっしゃいな」
「えっ…? いや、私はそっちの生徒ではないので…」
「大丈夫よ、あなたなら。きっと為になるわ」

 あろうことか彼女は私の手を引っ張っていき、特別塔へと誘導していくではないか。
 それを他の令嬢方は静かに見てるが、明らかに目が笑っていない。それにファーナム嬢は気づいてないようだけど。

「私のお友達のデイジーよ、とても優秀な子ですの。先日の長期休暇はタウンハウスに招いて一緒に過ごしましたのよ」
「えぇ、えぇ、存じておりますわ」
「先日の公開取り調べではお見事でしたわね」
「デイジーさんとおっしゃるの、…野に咲くお花ね。お名前がぴったりですこと」

 最後に至っては遠回しな雑草宣言じゃなかろうか。侮蔑の視線が突き刺さってくるような気もしている。先程のビーモント先生の話の直後だったので、先入観もあるのかもしれないけども……どう好意的に見ても、歓迎はされていない。
 未来の王太子妃に取り入るのに、邪魔な雑草めってところであろうか…肩身が狭い。

 気後れしながら参加した討論会だが、討論会会場である講堂で居合わせた殿下やフレッカー卿に話しかけられ、熱中し始めると周りのことは気にならなくなった。

 討論会自体は魔法魔術の発展、そして国政について真面目に討論する会のようで、結構勉強になった。お貴族様視点の話を聴くことはなかなかないので面白かった。
 いや、殿下、さすが未来の国王なだけあって博識で驚いた。(入学式の挨拶を省いた)初対面がアレだったので少々見くびっていたよ。ファーナム嬢もそのお相手として選ばれただけあって優秀だし、この国の未来も捨てたもんじゃないかもね。
 フレッカー卿との意見のやり取りは当然面白い。学問に恋をして、爵位を捨てただけある。2人でしばらく喋りまくっていて周りを引かせたくらいだ。

 ──討論会に夢中になりすぎて、私を異物視する人の視線に鈍感になっていた。
 王太子殿下や公爵令嬢に近づきたい人間なんか腐るほどいる。それなのに、その辺のちょっと勉強のできる村娘と親しげに会話しているなんて彼らからしてみたら許せないことであろう。
 ふと冷静になって周りの視線に気がついた時、自分の行動を悔いたが、やってしまったもんは仕方ない。普段は関わんないから平気だろう。

 そんなに羨ましいなら、彼らに気に入られるように努力したらいいのに。お貴族様だからってその肩書に胡座かいてちゃいつか寝首かかれちゃうぞ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~

小桜
恋愛
ルディエル・アレンフォードは森に住む麗しの精霊守。 そんな彼が、いよいよ伴侶を迎えようと準備を始めているらしい。 幼馴染という関係に甘んじていたネネリア・ソルシェは、密かにショックを受けていた。 そろそろ彼との関係も終わらせなければならないけれど、ルディエルも精霊達もネネリアだけに優しくて――? 「大丈夫。ずっと居たいと思えるような場所にしてみせるから」 鈍感なネネリアと、一途で奥手なルディエル。 精霊に導かれた恋は、本人だけが気づかない。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

処理中です...