太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

フォルクヴァルツ辺境伯と上級魔術師デイジー・マック

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「毎度ありー」

 全くもう、客をからかいおって!
 鼻息荒く憤慨しながら店を出ると、一呼吸置いた。そして広場に向かおうと歩を進める。
 様々な店が連なる歩道を進むと拓けた広場が広がっていた。青空の下にテントが張られており、その下で商品を並べて販売する商人たちの姿があった。他国の商人らしき姿もあり、彼らの首元には許可証が提げられている。
 特産品や美しい布、アクセサリーに怪しげな壺まで並んでいて、見ているだけでも楽しい。ほんとこんなに豊かに見えるのに、数年前までは荒れていたとは……領主と領民が力合わせて立て直したんだろうなぁ。

 この国は私の育ったエスメラルダとは異なる雰囲気だが、人種の違いはそこまでない。言語も貨幣単位も同じであるシュバルツ王国。他国なのには変わりないのだが、なんだか自分の故郷のように居心地が良かった。
 私の中でのシュバルツのイメージは先生が話していたシュバルツ侵攻後の散々たる惨状の話だけだ。……地獄と化したこの地を踏んだ恩師のビーモント先生が今ここに来たら、きっと驚くだろうなぁ。
 …私からお手紙を書いたらびっくりするだろうか。絵を路上販売している画家に町並みの絵を書いてもらって、手紙に同封したら驚くに違いない。
 画板に乗せた紙にスケッチをしている画家にそっと声をかけると、私は彼にこの市場の盛況している様子を描いてほしいとお願いした。「きれいな風景画やフォルクヴァルツ城の絵も描けますけど」と言われたが、この青空市場の風景がいいのだ。この空間には活気と人々で溢れ、幸せが満ちている。
 ビーモント先生が見た地獄は生まれ変わったんだって伝えたくなったのだ。在学中色々とご迷惑をおかけしたので、近況報告がてらね。
 私が自由気ままに旅して、ドラゴンに出会ったとか聞いたらきっと驚くだろうなぁ。

 3年間の学園生活を思い出し、私は目を細めた。ついこの間までは学生だった教え子が一人前の魔術師になってたくましく生きていると知ったら誇らしく思ってくれるだろうか。

「お嬢さん旅の人かい?」

 絵を描きながら画家の人が話しかけてきた。

「エスメラルダから来ました。今はビルケンシュトックに滞在中で、今日は仕事休みなのでここまで足を伸ばしたんです」
「いい街だろうここは。ちなみにビルケンシュトック隣のシャウマン領は食い物がうまいぞ」

 その画家も各地を巡ってこうして絵を売って生計を立てているそうだ。描く手は止めずに、おすすめの旅先を教えてくれた。その話を聞いていると私はワクワクしてきた。
 ブーツが出来上がる予定の来月はじめまではビルケンシュトックに滞在するつもりである。しかし、その次はまだ決めていない。次はどこに行こうか。私の時間は無限なはずなのに、何故か気が急いて仕方がないのだ。


 絵を描いてもらった後は目的もなく、何を買うでもなく、市場を見て回っていた私はある人物とすれ違った。

「あっ領主様、これ良かったら持ってってくだせぇ」
「…ありがとう、美味しくいただくよ」

 視察をしている風なその人はあちこちの人から親しげに声を掛けられ、挨拶を交わしていたのだが……どこか違和感があった。
 その人は無理やり笑顔を作って領民の声掛けに応えていたが、体調が悪いのか妙に顔色が悪かった。

「ぐっ…!」

 ──直後、何かを耐えているように歪めていたその唇が薄く開いたと思うと、魚が酸素を求めるようにパクパクと動かし、胸元を拳できつく握りしめてガクリと膝をついたのだ。
 その顔は苦悶に歪んだ。

「領主様!?」
「どうしたんですか! おい、誰か医者を!」

 目の前で倒れた人は領主様と呼ばれていた。
 つまり、このフォルクヴァルツの領主である辺境伯その人なのであろう。

 倒れた領主を囲んだ人々は野次馬したり、医者を呼ぶ為にどこかへと走っていく。お付きの人が「ゲオルク様!」と辺境伯の名前を呼びかけているが、本人の応答はない。
 胸を抑えていた彼は力なく倒れ込み、うめき声を漏らしていた。その顔色は徐々に青ざめていく。

 これは、まずいな。
 私は薬に精通しているが、病気に詳しいわけじゃない。怪我とは訳が違うのだ。どの病気かわからないのに薬を飲ませるわけには……あ、そうだ、私にはあれがあった。
 人混みを掻き分けてそこに割って入ると、辺境伯らしいおじさんの枕元にしゃがみ込む。

「我に従う水の元素たちよ、飲み水を生成せよ」

 手のひらに水を発生させると、懐から取り出した小瓶を持ってお付きの人に辺境伯の体を起こすように指示した。

「彼を起こしてください」
「娘、なにを」
「このまま放置していたらこの方、死にますよ。これからドラゴンの妙薬を飲ませます」

 周りの人たちは突然現れた私を警戒した様子だったが、時間の猶予はない。小瓶を傾けて辺境伯に妙薬を含ませると、水で流し込む。ゴクリと飲み込む音が聞こえたのでホッとする。よかった。
 妙薬の効き目はまだ試してないけど、おそらくすぐに効果が現れると思う。

「ど、ドラゴンの妙薬!? そんなもの、どこで…」

 付き人がなにか言っているが、私の視線は意識のない辺境伯へ向いていた。
 苦しそうに浅く息をしていた彼の呼吸が徐々に正常に戻る。さすがはドラゴンの妙薬。彼の表情が和らいでいた。

 辺境伯は何の変哲もない栗毛を持つ中年の男性だった。目元に色濃く残る隈と、カサついた肌が疲労を物語っている。…若い頃はそこそこモテたんだろうなって顔立ちをしていた。

「……?」

 ──辺境伯の顔を見ていると、なんとなく違和感を覚えた。会ったこともないのに何故だろうな。…いや、気のせいだな。
 私は謎の違和感を頭の中から振り払うと、お付きの人の顔を見た。

「おそらく過労でしょう。後はお医者さんの指示に従ってください。暫く安静にと言われるでしょうけど」

 辺境伯はもう大丈夫だろう。働きすぎだ、きっと。休め。
 私に出来るのはここまでだ。立ち上がってその場から立ち去ろうとした。

「もし! お待ち下さい! 主人がお礼をするかと思いますので、せめて主人が目覚めるまでは!」

 お付きの人に引き止められたが、私は日帰りでこの領に来ただけなので今日の晩にはビルケンシュトックの店舗に戻るつもりだ。
 そもそもここには観光に来たのだ。見ず知らずのおじさん(※辺境伯)が起きるのを待っていられない。

「礼なら不要です。薬を飲ませただけで大したことしてませんし」

 感謝するなら、貴重な身体を提供してくれた亡き老ドラゴンにするんだな。……貴族と関わるとろくなことないからお礼は結構。
 私がさっさと立ち去ろうとすると「せ、せめてお名前を!」と言い募ったので、仕方なく、マントに隠れていたペンダントを持ち上げて見せびらかした。

「私はエスメラルダ王国・上級魔術師のデイジー・マックです」

 自己紹介が終わったらもう用はない。
 後ろでワッと人々が喜びの声を上げているのが聞こえてきたが、私は振り返らずに前へ進んだ。
 流れで助けたけど、私は貴族にあまりいい印象がないのだ。なるべく関わらないのが自分のためである。

「ゲオルク様、あの娘が貴方様を助けてくれたんですよ!」
「時空を司る元素たちよ、我を転送し給え」

 なのに付き人が大声で言うもんだから、致し方なく人前で転送術を使っちゃった。仕方ないよね、面倒ごとから逃げるためだもの。


■□■


 ビルケンシュトックの臨時店舗には毎日たくさんの注文が来る。基本の薬草は問屋さんで手に入るけど、希少なものはなかなか手に入らない。

 そんなわけでやってきました還らずの森。
 ルルの背中に乗ってやってきたそこはつい最近まで散策していた時とそう変わらない自然が広がっていた。
 到着するやいなや、ルルは腹を満たすために主食の魔獣を食べに飛んでいってしまった。彼女は普通の獣よりも魔獣がお好きらしい。獣とは味が違うのだそうだ。

 一人になった私は薬草採集に集中する。
 還らずの森は人が気軽に入れない場所なこともあって、人の手で荒らされていないため薬草の宝庫なのだ。毒にもなるけど、使い方によれば薬にもなる毒草だったり、小さな花なのに驚くべき効果を発揮する草だったり……この森は私の知的好奇心をくすぐってくれる場所である。

 ざっくざっくと薬草や薬効のある素材を採取しては収納術で納めていく。薬作りや採集のおかげで私の手はマメだらけの傷だらけだ。自分の作った薬を使っているけども、治った側から怪我をするのでもう諦めている。
 私の薬で助かったと笑顔になる人の顔を見ると、なんだか自分の努力が認められた気がして、もっと頑張りたいと思えるのだ。

 最初は出自のわからない捨て子である自分の立場を確固たるものにしたかった。魔術師となって、誰も私を馬鹿にできないように、誰よりも高い地位につきたかったんだ。
 だけど今はそれだけじゃないのだ。人のために働くことが回り回って私のためになっていると気づけた。

「…義姉さんも二人目妊娠中だし、沢山稼がなきゃね」

 もうひと頑張りだ。私は額ににじむ汗を拭うと採集を再開した。険しい山道での採集だ。変な体勢になるので足腰が痛むが我慢した。
 あと少し、もう少しと自分に叱咤しながら…

「グルルルル…」

 地を這うような獣の唸り声が聞こえてきたのはその時だった。 
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