太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

ニオイ消しの香水と帰省

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「できた…」

 無色透明に見えるその液体を前に、私はホウ…とため息を吐き出した。数滴垂らしたそれをちょいちょいと手首と首筋に付けてみる。
 ……こんなんで自分の匂いが消えるのだろうか? 腕の匂いをクンクンと嗅いでいると、ちりんちりんと仮店舗の扉が開いた。
 やってきたのは郵便屋である。

「マックさん。エスメラルダから手紙が届いてるよ」
「ありがとうございます」

 家族に新たな滞在先を知らせると、この住所宛に手紙が届くようになった。店舗を借り、薬を生業にしてそこに住み着いていると手紙に書いたところ「旅は?」と質問されたのも記憶に新しい。
 郵便屋から渡された手紙を受け取り、中身を確認した私の口元が緩んだ。カール兄さん夫妻の第2子が誕生したとの知らせだったからだ。

「よし、薬の注文分作ったら店じまいしなきゃね」

 私は腕まくりをして気合を入れ直すと、店にあった黒板に『誠に勝手ながら15日をもって閉店させていただきます』と書いた。それを店の扉前に掛けておく。注文の受付も終了だ。
 現在注文分の薬を片付けたらこの店を引き払うぞ。もともと滞在期間中だけの臨時店舗だ。ベルさんの怪我の関係でブーツの納期が延びてしまい、なんだかんだで2ヶ月以上滞在してしまった。お世話になったビルケンシュトックに別れを告げて帰省しようではないか。

 店じまいを宣言すると、よく薬を利用してくれたお客さんがお店にやってきては閉店を惜しんでくれた。

「故郷にはいい人がいないんだろ? ここに住みなよ、うちの息子でよけりゃ紹介するし」
「ははは……機会があればまた立ち寄ります。お世話になりました」

 あーそっかぁ、私って世間からしたら結婚適齢期の娘なのか…。薬の製造・魔法魔術・試験勉強の毎日を送っていたので、感覚が鈍っていた。
 せっかくの申し出だが、どこぞの青年とお見合いみたいな形で結婚するほど結婚願望ないから遠慮しておく。

 閉店セールという名の在庫処分を始めると即日完売。これで心置きなくいつでも引き払える。その頃には注文していたドラゴン皮のブーツも完成したとの連絡が入った。

「履き心地はどうかな?」
「いいですね、これならどんなに険しい道もスイスイ進めそうです」
「またこの町に寄ることがあったら、うちの店においでよ。デイジーならいつでも歓迎するよ」

 ベルさん自らが手掛けてくれたというブーツは私の足の形ぴったりに作られていて、疲労を軽減する作りになっていた。形も重さも歩き具合も理想的…いや、期待以上の出来栄えである。注文してよかった。
 少しばかり割引された代金を支払うと、私はお店を後にする。

 ベルさんの火傷の痕は今ではすっかり消えてなくなった。彼女の治癒力の高さと火傷薬と美容クリームをこまめに塗っていたお陰だろう。役に立ててよかった。
 彼女は快活な笑顔で、お父さんと肩を並べて私を見送ってくれた。たった数ヶ月の付き合いなのに別れが惜しいと感じるなんて不思議だな。前の私なら他人にそこまで関心を持たなかっただろうに。

 私は国境の検問所を出るまではルルと徒歩で移動し、その後はドラゴン姿のルルと村までひとっ飛びで里帰りした。空を飛びながら後ろを振り返ると、どんどん町が小さくなって遠くなっていく。
 シュバルツ、悲劇に見舞われた国。この国にはなにかありそう、とは思っていたけど、知るには2ヶ月程度の滞在じゃ時間が足りなさすぎた。
 また今度、日を改めて別の町にも足を踏み入れてみようと思う。


■□■


 帰省するなり私を快く出迎えてくれた家族たち。長兄夫妻の元には小さな男の子と腕に抱かれた子熊の姿があった。
 生まれて数日の子熊は驚くほど小さくて可愛かった。

「ちっちゃいねー」

 長男のハロルドと対面した時はそこそこ成長した後だったので、ここまで小さくなかったんだよね。このサイズなら抱っこしても苦じゃない。

「デイジー姉ちゃん僕も、僕もだっこ!」

 数ヶ月会わないうちにハロルドは人化して話せるようになっていた。幼い頃のカール兄さんそっくりらしい彼の頭の上でピコピコ動く熊耳が可愛い。
 獣人は物心つくと獣型からヒト型に変化する。いつでも獣型に戻れるらしいが、基本的に手先が器用なヒト型で生活することが多い。
 それにしてもハロルド、抱っことは…いわゆる赤ちゃん返りでもしてるのかな?

「ハロルドは大きいでしょう、お父さんに抱っこしてもらいなさい」

 私には荷が重いんだってば。
 カール兄さんに抱っこしてもらいなさいと言ったら、「嫌だ!」と元気良く返された。それを聞いていたカール兄さんがちょっと凹んでいる。可哀想に。
 仕方ないのでタナ義姉さんに子熊の赤ちゃんをそっと返却すると、椅子に座って両手を広げた。

「今日は特別だよ。私はそんなに力持ちじゃないんだから」
「うん!」

 ぴょーんと私の膝に飛び乗ったハロルド。ドシーンと重みが膝に来る。勢いにうっと息を呑んだが、我慢である。
 自分も幼い頃リック兄さんに甘えてよく抱っこをねだっていたので、彼の気持ちもわからんでもないのだ。彼の場合はお兄ちゃんになったことで、周りの関心を弟に奪われた心境なのだろう。

「それでデイジー、今回はどんな旅だったんだ?」

 椅子に座った家族の視線が私に集まる。家族の関心は新生児だけではないらしい。私は肩をすくめると、今回の旅の流れを端的に説明した。

 還らずの森でしばらくルルと2人で自給自足しながら薬草や素材を採集して、その後シュバルツ王国ビルケンシュトック領に入国したこと。
 そこで出会った人たちの話。職人気質で荒っぽい人が多かったけど、裏表のない根がいい人ばかりだったこと。道具屋の娘が大火傷を負ったので、治療してあげたこと。靴の出来上がりまでの時間を利用して、薬販売するために店舗兼住居を借りたこと、沢山の人が薬を購入してくれたこと。
 日帰りでフォルクヴァルツ領にもお邪魔してそこで今の市場の光景を絵にして書いてもらい、恩師にそれを手紙と一緒に送ってあげたこと。
 そこでフォルクヴァルツの辺境伯らしき人が心臓発作を起こしていたのでドラゴンの妙薬を飲ませたことなどなど……

「それと、以前森で遭遇した狼一家が魔獣に襲撃されて助けを求めてきたから、治療してあげたら恩義を感じられて…ついこのあいだ狼姉弟を眷属にしたかな」

 私が話をするたびにどんどん家族の顔が強張っていく。特に後半辺り。

「んー…」
「…まぁ、人助けだからね…」

 お父さんとお母さんは仕方ないとばかりに苦笑いを浮かべていたが、リック兄さんは違った。

「人助けもいいけど、あんまり誰彼構わず助けようとするな、いつかお前が傷ついてしまうかもしれないだろ?」
「うーん…」
「魔術師の使命とやらもわかるんだがな。ドラゴンの妙薬に至っては、その貴族に利用される恐れもあるだろう? どんな相手か分からずに使うのは危険だ。使う相手を選ばなきゃ危ない」

 兄さんの言うことはごもっともである。緊急事態とはいえ、ホイホイ首を突っ込みすぎた気もする。

「怪我なく帰って来れたから良かったけどな。デイジー、お前の行動を制限したいわけじゃないんだ。だけどお前がいくら賢くても、世の中にはそれ以上にずる賢い人間がいるんだ。それを念頭に旅をして欲しい」
「…うん」
 
 優しいけど厳しいお言葉に私はしょんぼりしてしまう。いいことをしてきたつもりだが、それが彼らの心配の種になっているとは思わなかったのだ。……確かに私は自分の力をひけらかしすぎたかもしれない。
 心配してくれる家族がいるのだから、自分の行動に責任を持たなくてはだな。でなきゃ家族を悲しませてしまう。

「さぁさぁ、報告はこれまでにしてお食事にしましょ!」
「デイジーの好物を母さんが沢山用意してくれてるからな」

 リック兄さんのお説教を切り上げるように、長兄夫妻が明るく盛り上げてきた。それにリック兄さんは小さくため息を吐いて、背もたれにもたれかかっていた。

 お母さんが作ってくれた料理。恋しかったそれを目の前にしても私は食欲がわかなかった。
 自分という存在を確立するために始めた旅なのに……私はいつまで経っても頼りない弱い存在なのだな…少しくらい認めてほしかったなと、ちょっとばかし悲しくなってしまった。



 お母さんに頼まれてタルコットさんのお宅にお届け物をすると、玄関先で出迎えたのが間抜け面のテオであった。
 何を隠そう、タルコット家はテオの家である。

「……帰ってくるとか聞いてねぇぞ!!」

 久々に会った第一声がそれである。素直に「おかえり」と言えないのであろうか。
 何やら憤慨している様子のテオはスンスンと鼻を鳴らして、眉間にシワを寄せた。怖い顔である。そしてズイッとこちらに近づくと、人の首元をスンスンと嗅いできた。
 ぎょっとした私は後ろに飛び退る。

「なにしてるのやめて!?」

 幼馴染と言えど、レディの匂いを直に嗅ぐのはマナー違反だぞ!? 失礼にもほどがある!

「なんか、薬か何かでニオイ消したな…?」

 テオはグルグル喉を鳴らしながら私を責めるような目で睨みつけてくる。責められる理由などないのに何故文句を言われねばならぬのだ。

「それやめろ、お前の匂いがしなくて不快だ」

 えぇ…いいと思ったんだけどな…
 テオの言い分に私は渋い顔をしてしまう。

「そんな事言われても……匂いがすると言われると複雑なのよ」
「甘くて食べたくなるようないい匂いなんだし、いいじゃねーか」

 甘くて、食べたくなる…だと?
 その言葉に怪訝な顔をしてしまうのは仕方のないことだと思う。

「…あんた、子どもの頃に私に噛み付いていたのって食欲が増すって理由だったの?」

 追いかけては引っ倒してマウント取って、耳やら首やら頬に噛み付いてきた過去の悪行の数々…。てっきり嫌がらせだと思っていた。
 ここでわかった衝撃の真実。
 つまり、私はこいつにとって獲物、食料だったというわけだ…

「いや…あーまちがってはない…」

 テオはなにやら頬を赤らめて照れた顔をしている。…照れる理由がわからない。こっちとしては恐怖なのだが。

 カニバリズム…種族の違う人間と獣人でもその言葉が適用されるんだろうか。
 それは置いておいたとしてもだ…駄目だぞ、私を食べたら。人間の肉なんて雑味たっぷりだ、きっと。

「…あんたの歯、乳歯でも本当に痛かったんだからね。もう噛まないでよ」

 私は食べ物じゃありません。
 断固として抵抗するぞという意志を見せつけるためにもう噛むなと念押ししたのだが、テオはなんだかムスッとした顔をしていたのであった。
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